第10話(諏訪ちゃん視点)持田さんと私

「諏訪ちゃん、ご飯食べよ!」


 昼休みになると、持田さんがすぐに私の席までやってくる。

 少し前から、当たり前のように一緒に昼食をとるようになった。


「はい」

「午前中疲れたよね。そうだ。諏訪ちゃん、今日は残業とかありそう? よかったら夕飯もどこかで食べてかない?」

「いいですよ。今日は定時で上がるつもりですし」

「やったー!」


 大袈裟にはしゃぐ姿は、28歳という実年齢よりもだいぶ若く見える。

 それが痛く見えないのは、彼女が可愛らしい容姿をしているからだろう。


 持田さんは美人で可愛くて、職場の人気者だ。私とは全く違うタイプの人で、一生交わることなんてないと思っていた。

 それなのに今はこうして仲良くしている。


 人生って、なにがあるか分かんないな。


「諏訪ちゃん? ぼーっとして、どうかした?」

「いえ」

「今日の夜どうする? なにか食べたい物とかある?」

「肉か魚で言えば、肉ですかね」

「いいね。じゃあ、焼肉とかどう!?」

「いいですよ」


 持田さんと仲良くなってから、食費や交際費にかかるお金が圧倒的に増えた。でも、減った財布の中身を見ても、全く嫌な気持ちにはならない。

 飲み会に参加させられた翌日は、財布を見て憂鬱な気持ちになっていたのに。


「持田さん」

「なーに?」

「最近できた焼き肉屋が気になってたんです。ちょっと高めなんですけど、どうですか?」


 言いながら、気になっていた店のホームページを検索する。

 生肉や肉寿司のメニューも充実していて、店の前を通るたびに美味しそうだと思っていたのだ。


 とはいえ、一人では入る気になれなかった。

 一人で焼き肉屋に行けないわけじゃない。たいていのことは一人でやってきた。


 だけどこの店を見た時、頭の中に持田さんの顔が浮かんだのだ。


 一緒に食べたら、きっと楽しいだろうな、と。


「美味しそう! 行こ行こ! なんか夕ご飯が焼き肉って決まったら、午後も頑張れそうな気分になってきた!」


 ね! と持田さんが満面の笑みを浮かべる。私と違って表情が豊かな人だ。


 職場で友達を作ろうなんて思っていなかったし、どうせ無理だと思っていた。

 お金が必要だから働くだけの場所。そこに、楽しさを期待したことなんて一度もなかった。


 でも今は、毎日職場へ行くのが苦じゃない。





「持田さん。次のコススタ、よかったら一緒に行きません?」

「コススタ?」


 カルビを焼きながら、コススタのホームページを持田さんに見せる。


「はい。ほら、初めてコスプレ姿で会った日もコススタだったんですよ。街ぐるみのイベントで、ココスタの日は外や特定の施設でのコスプレが認められるんですよね」

「あ、だからあの日、街中にコスプレしてる人が多かったんだ……!」

「そうです。普通の日にやってたら、マナー違反で炎上しますよ」


 トングをおいて、持田さんがすぐにスマホでココスタについて調べ始める。


「楽しそう! 街中だと、いろんな撮影スポットがあるし」

「そうなんです。特に制服コスとかだと、それっぽい写真がいっぱい撮れますよ」

「うわ、いいね!」

「次のココスタ、制服コスで参加します? リリアも、魔法学校の制服ありますし」

「最高……!」


 制服コスならクレープとか食べたいかも! とか、ゲームセンターもいいかも! と持田さんが次々にアイディアを出してくれる。

 こうやって前向きにいろいろ考えてくれるのはすごくありがたい。


 前のココスタ、一応参加はしたけど、一人じゃあんまり楽しくなかったんだよね。


 一人だとほとんど自撮りしかできないし、せっかくのイベントを十分には楽しめなかった。


 持田さんと一緒なら、絶対楽しいだろうな。


「じゃあもう、チケットとっておきますか?」

「うん! 絶対行きたい!」


 持田さんが笑顔で頷いた瞬間、ぴこっ、と持田さんのスマホからLimeの通知音が聞こえた。

 そしてあっという間に、持田さんの顔がひきつる。


 明らかに「何かがありました」という顔だ。


「持田さん、どうしたんですか」

「……Limeがきたの」

「それは分かりますけど。誰からですか? なにかあったんですか?」


 持田さんの真っ青な顔を見ていると心配になってくる。


 まさか、家族が病院に運ばれたとか……?


「あれだったら、お会計とかは私がやっておくので、持田さんは今すぐに……」

「ち、違うの、そういうんじゃないの!」


 私の言葉を遮ると、持田さんは深呼吸をし、かたい表情のまま口を開いた。


「……元カレからなの。久しぶりに会いたいって」


 こんな時、どんな顔で、どんなことを言うのが正解なのだろう。

 友達が極端に少ない上に、恋愛経験のない私には分からない。


 分からないから、とりあえず……。


「いったん、肉食べながら考えません?」


 なにそれ! と急に笑顔になった持田さんの取り皿に、私はそっとカルビをおいた。

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