第9話 承認欲求って、悪いもの?
「このジャンルでこのいいね数はかなり熱いです」
「そうなの?」
「はい。それに持田さんって、アカウントも作りたてでフォロワーも私だけだったじゃないですか。その状態からこれはすごいですよ!」
「……そうなんだ」
枕元で充電していたスマホを起動し、私もSNSを開く。いいね数に見合った、大量の通知がたまっていた。
「あっ、リプもきてる……!」
『可愛い!』
『これでコスプレ初心者とかマジ??』
『顔面力やば』
ざっと見たところ、好意的なリプライばかりだった。
どくん、どくんと心臓がうるさい。にやけてしまうのをおさえられない。
だって、知らない人からこんなに褒められることってないもん!
もちろん、念入りに加工した写真である、ということを忘れたわけじゃない。だけどそれにしたって、ここまで褒められたら嬉しくなってしまう。
「この勢いで、アップしてない写真も追加します? 今あげたら、たぶん反応きますよ」
「あげてみる」
慌てて追加で写真をアップすると、諏訪ちゃんの言う通りすぐにいいねがついた。
リプライやアカウントのフォロワー数もどんどん増えていっている。
どうしよう、これ、ハマっちゃいそう。
更新するたびに増えているいいねの数、見知らぬ人たちからの褒め言葉。
日常では感じることのできない種類の喜びが癖になってしまいそうだ。
「……まずいよね」
「なにがまずいんですか?」
「なんていうかその……承認欲求にとりつかれちゃいそうで……」
SNSが発達した現代、そういった話はよく耳にする。
注目を集めるために炎上するような問題行為をする人もいるし、過激な露出写真なんかを投稿しちゃう人もいる。
そういう人たちも、最初は普通の投稿をしていたのかもしれない。
承認欲求が大きくなるとろくなことにならないよね。
「別に、ちょっとならいいと思いますけど」
「え?」
「人に見てもらいたいとか、評価されたいっていうのは自然な感情じゃないですかね」
「諏訪ちゃん……」
「私だって、だから必死に画像加工したり、ちょっとでも盛ろうと思って照明器具買ったりしてるわけですし」
諏訪ちゃんの笑顔がやけに大人びて見えて、なんだか、少し自分が恥ずかしくなった。
周りに合わせて婚活を始めなきゃ! とか、承認欲求はとにかく危険だ! とか、私は固定観念を持ちすぎているのかもしれない。
「程よく付き合っていけば別に、承認欲求を満たそうと頑張ったって悪くないですよ。だって、誰にも迷惑かけてないじゃないですか」
「確かに……!」
いいね数が欲しくて、いろんな人に褒めてほしくて、頑張って盛れた写真を撮ってネットにアップする。
諏訪ちゃんの言う通り、別に誰にも迷惑はかけていない。
「でしょう? それより、お腹空きません? 食パン焼きます?」
「うん、食べたい」
「チーズのせます? それともジャムで食べます?」
「あー、チーズがいいな。お願い」
「了解です」
立ち上がって、諏訪ちゃんがてきぱきと朝食の用意を進める。
その背中を見つめながら、諏訪ちゃんの言葉を脳内で何度も繰り返す。
『だって、誰にも迷惑かけてないじゃないですか』
きっとこの言葉は、いろんな状況で使える言葉だ。
「……考え過ぎなくても、いいのかも」
周りと違ってたって、周りにどう思われたって。
迷惑をかけないなら、好きにやっちゃっていいのかもしれない。
「持田さん、焼けましたよ」
「ありがとー! 今行く!」
諏訪ちゃんは私に、いろんなことを教えてくれるなぁ。
◆
「ふふ、またいいね増えてる……!」
仕事の合間に、トイレでSNSをチェックするのが日課になってしまった。
気にしすぎるのはよくないのだろうけど、今のところは、元気の源になっている。
新しい写真もあげたいし、ショート動画もアップしたいな。
諏訪ちゃんの家で撮るとしても、家でちょっとした振りくらいは覚えていこうかな。
なんて考えつつ、トイレを出る。ちょうど昼休みになったから、家から持ってきたお弁当を持って、諏訪ちゃんの席へ向かった。
「諏訪ちゃん」
名前を呼ぶと、諏訪ちゃんがびっくりした顔をする。
そして驚いているのは、諏訪ちゃんだけじゃない。
私と諏訪ちゃんが仲いいこと、みんなは知らないもんね。
「一緒にお昼食べない? 二人で」
「持田さん……」
「ほら! 行こうよ」
半ば強引に諏訪ちゃんの手を掴んで歩き出す。少し歩いたところで、あっ、と諏訪ちゃんが声をもらした。
諏訪ちゃんの視線は、私のお弁当袋に向けられている。
「気づいた? これ、買うだけ買って使ってなかった、『まほメカ』のグッズなの」
『まほメカ』というのは、『魔法少女・プリンセスメイカー!』の略称である。
「……いいんですか。それも、私とお昼食べるのも」
「いいの! だって別に、誰にも迷惑かけてないじゃん」
ね? と笑いかけると、諏訪ちゃんは照れたように目を逸らした。
「……まあ、そうですね」
諏訪ちゃんの口角が上がっていて、喜んでくれているのが分かる。
それを悟られないように、必死に無表情を保っていることも。
「明日もお昼ご飯、一緒に食べようね!」
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