第6話 諏訪ちゃんの家

「持田さん! 今日飲み会あるんだけど、一緒にどう?」


 金曜夜、仕事終わり。

 飲み会に誘われることは珍しくないし、行きたくなくても、行った方がいいかな? と参加することは多い。


 だけど。


「ごめんなさい! 私、今日は用事があるんです!」


 にっこりと笑って頭を下げ、小走りで会社を出る。向かう先は、会社の最寄り駅だ。


「お待たせ、諏訪ちゃん」

「持田さん」


 先に駅に着いていた諏訪ちゃんが片手を上げる。

 今日の諏訪ちゃんは会社スタイルで、眼鏡に地味な服装、そして地味なメイク。


 やっぱり、だいぶ印象変わるよね。


 いつも可愛くしていればいいのに、と思う反面、そうする煩わしさも分かる。

 手抜きメイクと本気メイクじゃ、朝の準備にかかる時間が全然違うしね。


「っていうか、わざわざ駅で待ち合わせなんてしなくてよかったのに」


 私と諏訪ちゃんは、同じ会社の同じフロアで働いている。

 仕事が終わる時間も一緒なんだから、待ち合わせをする必要なんてなかったのに。


 それなのに諏訪ちゃんが、頑なに待ち合わせを主張したのだ。

 私たち二人が一緒に会社を出るのは周りから怪しまれる、と。


「いいんですよ。私と仲良くしてるなんて思われたら困るでしょう」

「いや、困らないけど……」

「気にしなくていいので。こっちです」


 諏訪ちゃんに指示されるがまま、改札をくぐってホームへ向かう。今日は諏訪ちゃんの家でコスプレをする予定だ。


 家でするコスプレのことを宅コスという。スタジオ等の撮影可能な場所を確保する必要がなく、練習感覚でできるのが利点らしい。


 宅コスとはいえ、私にとっては人生初のコスプレ……!


 必要な物は全てネットショップで購入し、届け先を諏訪ちゃんの家にしている。

 コスプレ用のコスメ等は貸してくれるらしいし、なにより、諏訪ちゃんの家には撮影用のライトなんかも置いてあるらしい。


 正直、朝からずっとわくわくしてた。


「持田さん」

「なに?」

「夕飯、どうします? なにか食べて帰ってもいいですし、出前とってもいいですけど」

「……あっ」


 夕飯のこと、完全に忘れてた!


「もしかして、お腹空いてませんか?」

「……いや」


 首を横に振った瞬間、ぐぅ……と私のお腹が情けない音を出した。

 その少し後に、音を立てて電車がやってくる。


 もうちょっとだけ早かったら、お腹の音だってかき消されたはずなのに!


「あ、乗ります、これ」


 電車に乗った後、諏訪ちゃんは少しだけ考え込むような顔をして私に言った。


「近所に美味しい定食屋さんがあるんですけど、どうです? あんまり店内綺麗じゃないですし、お洒落でもないですけど」

「え、行きたい。私、定食屋好き!」


 若い頃はありがたみが分からなかったけれど、今は定食屋のよさがよく分かる。


 家で主菜も副菜も全部作ろうと思ったら、めちゃくちゃ面倒くさいんだもん……!


「分かりました。いつも空いてるので、たぶん入れます」

「やったー! 諏訪ちゃん、ありがと」

「……いえ」


 ちょっとだけ顔を背けて、諏訪ちゃんが照れたように笑う。


 言葉選びが下手だったり、愛想がなかったりするけど、諏訪ちゃんっていい子だよね。

 休みの日にいきなり愚痴に付き合ってくれて、その上、こうして仲良くしてくれるわけだし。





「ここが私の家です」


 諏訪ちゃんの家は、駅から10分くらい歩いたところにあった。

 大通りに面しているし、オートロック付き。結構、いいところだ。


「どうぞ」


 中に入り、靴を脱いで部屋へ上がる。綺麗に掃除された廊下を通り、リビングへ入った瞬間、かたまってしまった。


「わ、なにこの部屋……!」


 部屋の隅に、大きな照明機材や撮影器具が設置されている。反対側の壁にはフィギュアを飾っている大きな棚、その隣には漫画や小説がたっぷり詰まった本棚。


「すごい……!」

「どうも。なにか飲みます? お酒もジュースもそこそこありますよ。ちなみにつまみも」

「最高過ぎるんだけど……!」

「撮影が終わったら、一緒にお酒飲みましょうか。とりあえずメイク落とします? 洗面所、案内しますね」


 至れり尽くせりというか、完璧なおもてなしというか……!


「持田さん? ぼーっとして、なにかありました?」

「ううん、ただその……めっちゃ楽しいなって!」


 こうして諏訪ちゃんと仲良くするようになって、楽しい! という感情を久しぶりに思い出せた気がする。


 本当、諏訪ちゃんが言った通り、好きでもない男に時間を使って馬鹿みたいだったな。


「宅コスも本当に楽しみ! 誘ってくれて、本当ありがと!」


 相手が気に入ってくれそうな言葉も考えなくていい。心の底から、好意的な言葉を口にできる。


 なんて気持ちいいんだろう!


「じゃあ私、メイク落としてくるね!」


 諏訪ちゃんが相手なら、すっぴんを見せることに抵抗もない。


 これからのことを想像してわくわくしながら、私はメイクを落とし始めた。

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