第5話 交換条件じゃなくたって
「ごちそうさま!」
話しながらなこともあって、私たちはかなりの時間をかけてアフターヌーンティーを完食した。
アフヌンあるあるだけど、映える分、味はいまいちだったりする。
私だって、美味しい物を食べようと思ってアフヌンにきているわけじゃない。
「そろそろ行く?」
「本題がまだですよ、本題が」
「本題?」
「持田さんのやりたいことに付き合ったので、次は私のやりたいことに付き合う番です」
にや、と諏訪ちゃんが笑った。
私はもう、アフターヌーンティーに行きたい! というやりたいことに付き合ってもらっている。
だから、諏訪ちゃんのやりたいことを断ることはできない。
まあ、そんなにやばいことを言われるとは思ってないけど……。
「諏訪ちゃんのやりたいことって、なんなの?」
「コスプレです」
「コスプレ?」
「はい。合わせがしたいんです!」
「……合わせって、何人かで合同で撮るやつだよね?」
コスプレをしたことはないけれど、長年二次元オタクをやってきたから、そこそこ知識はある。
複数人で同じジャンルのコスプレをして撮影するのを『合わせ』って呼んでいた気がするんだよね。
「そうです。推しCPの合わせとか、好きなコンビの合わせとか、めちゃくちゃやりたいんです……!」
諏訪ちゃんの瞳がきらきらと輝き出し、声の圧が増した。
「やったことないの?」
「ないわけじゃないんですけど、リアルにコスプレ友達なんていませんから。持田さん、ネットでちゃんとした人に出会う大変さ知ってます?」
「……まあ、ちょっとは?」
インターネットを通じて仲良くなって、未だに交流が続いている友達もいる。
だけど諏訪ちゃんの言う通り、インターネットでちゃんとした人に出会うのは、結構大変だ。
常識が通じない人も結構いるしね。
「本当、今まで散々でしたよ。合わせ当日にも衣装が間に合わない、ウィッグが間に合わないなんてのは序の口で、お金を払わないとか時間を守らないとか、撮影場所のルールを守らないとか、もう色々……!」
こんなに表情豊かな諏訪ちゃん、初めて見た……!
当時の怒りを思い出したのか、諏訪ちゃんが重い溜息を吐く。ゆっくりと深呼吸をした後、諏訪ちゃんはじっと私を見つめた。
「というわけで、リアルな知り合いにコスプレ友達になってほしかったんです。身元が割れている相手に対して、変なことはしないでしょうし」
ネットでトラブルが多い理由の一つは、お互いの身元を知らないからだろう。
リアルな知人であれば、ある程度気を遣った振る舞いをするはずだから。
「それに」
「それに?」
諏訪ちゃんはガシッ! と私の肩を掴んだ。力強くて、思わず顔を顰めてしまう。
「持田さんは可愛いので、絶対コスプレが似合います!」
可愛い、と言われることは、もちろん初めてじゃない。
だけど、なんていうかこう……曇りのない瞳で、こんな風に言ってもらえたのはいつぶりだろう。
婚活で会った男たちから告げられる『可愛い』には、いつも下心が込められていた。
付き合いたいとか、ヤりたいとか。
諏訪ちゃんだって、私を褒めるのは私にコスプレをしてほしい、という気持ちがあるからだろう。
だけど、それだけじゃない。諏訪ちゃんの瞳が、そう信じさせてくれる。
「……私、コスプレやったことないし、衣装とか作れるほど手先も器用じゃないよ?」
コスプレにちょっと興味を持った時期に、本格的に始めなかった理由の一つがそれだ。
「大丈夫です。持田さん。そういうのって大体、お金の力で解決できますから」
「……確かに?」
「大人こそ、コスプレをするべきなんですよ!」
拳を握り締め、諏訪ちゃんが高らかに宣言する。
私は高給取りじゃないし、貯金がすごくあるわけでもない。だけど学生時代に比べたら、自由に使えるお金は大量にある。
そっか。
大人になったから、より全力で趣味を楽しめるんだ……。
「ねえ、持田さん。せっかく可愛いんですから、その美貌、コスプレに活かしましょう。私、持田さんが好きなジャンルに合わせますし」
「……諏訪ちゃん」
きっと今コスプレをしなかったら、私は一生コスプレなんてしないだろう。
昔抱いていたほんのりとした憧れは、いつの間にか消えていくはず。
だけど。
せっかく諏訪ちゃんが誘ってくれて。
私も今、ちょっとやってみたいなって思ってる。
だったら、始めない理由なんてなくない?
「……ていうか、交換条件でしたし、今さら断れても困るんですけど」
ぼそっと呟いた諏訪ちゃんの手をぎゅっと握る。びっくりしたのか、諏訪ちゃんが目を見開いた。
「誘ってくれてありがとう! 私もコスプレ、やってみたい!」
「持田さん……」
「交換条件っていうのは、それはまあそうなんだけど……そうじゃなくても、一緒にやりたいなって思ったから!」
ありがとうございます、と頭を下げた諏訪ちゃんがなんだか泣きそうな顔をしている気がして、理由なんて分からないけれど、私まで泣きそうになってしまった。
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