第4話 最高に楽しい日

「お待たせ、諏訪ちゃん!」


 待ち合わせ場所にやってきた諏訪ちゃんは、昨日のエドワード王子姿とは違って私服姿だ。

 だけど、いつも職場で見かける、地味な諏訪ちゃんじゃない。


 眼鏡じゃなくてコンタクトだし、たぶん、グレー系のカラコン。コスプレ用の物ほど発色はよくないけど、諏訪ちゃんによく似合ってる。

 服装だって、レザージャケットにタイトなパンツという、目立つ格好だ。


 ……まあ私の服装は、それを上回る派手さなわけだけど。


「持田さんって……ロリータ、好きだったんですか?」


 今日の朝、クローゼットの奥にしまい込んでいたロリータのワンピースを引っ張り出してみた。

 社会人になって初めてもらったボーナスで奮発して買った、8万円のワンピースだ。


 あの時はロリータを着て一緒に遊ぶ友達もまだ何人かいて、よくここのカフェにもきてたんだよね。


「うん。着たのは久しぶりだけど。実は今日の朝、美容院でヘアメイクもしてもらったの」

「持田さん、すごいですね……私、時間通りにくるだけで大変でしたよ」


 昨日の夜、アフターヌーンティーの予約を済ませた後も、私は諏訪ちゃんに絡み続けた。

 その結果、諏訪ちゃんが帰ったのは終電ぎりぎりだったのだ。


「まあね。今は全然だけど、前は夜行バスで帰ってそのまま出社するくらいの体力はあったから」

「……結構オタクですね」

「もう知ってるでしょ」


 昨晩はマッチングアプリや婚活の愚痴から始まったものの、それ以外の話もかなりした。


 久々にオタクと話せたのも、すごく楽しかったなぁ。


「行こ、諏訪ちゃん!」


 諏訪ちゃんの手を引っ張って、カフェへと急ぐ。ちょっとだけ諏訪ちゃんの足がふらついていたのは、きっと二日酔いのせいだ。





「わー! やっぱり可愛い! ね、諏訪ちゃん、ここ最強でしょ!?」


 目黒区にあるこのカフェは、スイーツが可愛いのはもちろん、店内の内装も華やかなことで有名だ。

 しかも写真映えのために、ライトまで貸してくれるありがたい店である。


 そのおかげで客のほとんどはSNS映えを意識した女性客だ。


 アフヌンとかカフェ巡りとか、映え目的の行動は男ウケが悪いからやめましょう……って、本当、うるさい! って感じだよね。


 婚活向けの情報サイトの内容を思い出し、心の中で毒を吐く。


 他人のために自分の趣味を変えるなんて馬鹿らしい。

 やっぱり私、どうかしてた。


 取り繕った自分で婚活したって楽しくないし、ずっと猫を被ってるのは無理なのに。


「はい。いいですね。ここ、ロリータとも親和性高そうですし」

「そうなの。やっぱり可愛い服着たら、可愛い写真撮りたくなるじゃん」

「その気持ちは分かります。せっかく時間かけて準備するわけですしね」

「そうそう!」


 相手の会話に心の底から『分かる!』なんて思えたのはいつぶりだろう。


「私も実は、ロリータはちょっと興味あるんですよね」

「本当!?」


 思わず立ち上がると、諏訪ちゃんが笑った。諏訪ちゃんのこんな笑顔を見るのは初めてで、なんだかどきっとしてしまう。


 諏訪ちゃんって、こんな顔で笑うんだ……。


「はい。まあ、持田さんみたいなのじゃなくて、王子ロリータですけど」

「いいじゃん! 絶対似合うって!」


 王子ロリータというのは、その名の通り、王子様みたいなロリータ服のことだ。

 スカートじゃなくてパンツで、可愛いというよりは格好いい系。


 昨日のエドワード王子姿も似合ってたし、似合うに決まってる。


「ね、今度一緒にロリータのお店行かない?」

「いいですよ。基本平日はいつでも空いてますし、土日もイベントない日は空いてます」

「私も基本空いてる!」


 じゃあ……と諏訪ちゃんが言って、すぐに日程調整が始まる。

 このスピード感のある感じも、本当に久々!


 予定を決めるのに、友達の旦那とか子供のスケジュールを確認しなくていいのが、こんなに嬉しいなんて……!


 私が感動していると、料理が運ばれてきた。可愛らしい店内にぴったりな、いかにも映えそうな料理たち。


「じゃあ、さっそく写真撮りましょうか。持田さん、写真アプリ好きなのあります?」

「あ、最近はミラクルカムを使うことが多くて」

「了解です、じゃあそれで撮りますね。後は良い感じに加工してください」


 ああもう、だめ。今は何にでも感動できちゃいそう。

 このテンポ感、最高すぎる……!


 自分をよく見せようとか、女性らしさや家庭的さをアピールしようとか、そんなことは一切考えなくていい。

 なんて最高な時間なんだろう。


「諏訪ちゃん」

「なんです?」

「私、今日、最高に楽しい!!」

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