第24話 君が連れて来てくれたんだよ

「……私はさ、ハセガーのことカッコいいって思ってん。バスケしてるとこは見てないけど、きっと凄くカッコ良かっただろうな」


 隣の布団からニシザーの声がする。目を瞑ると、バスに並んで座ってるみたいだった。


「はは、そんなことないよ」


「だから、私が共感するのは、ハセガーでも翠さんでも、ハセガーを妬んだ人たちでもなくて」


「……?」


「ハセガーに憧れてバスケをしていた子たち。……きっと、いたよ。1年生とか2年生に」


 わたしは目を開けて天井を見て、後輩たちのことを振り返る。

 争ってタオルを渡そうとしてくれた子たち。わたしの隣に座りたくてもじもじしていた子。バレンタインにチョコレートをくれた子。

 色々な後輩がいたことを思い出したけど、同時に、彼女たちに余り興味を持たなかったことも思い出した。


「ハセガーがミドリさんに憧れたみたいに、たくさんの子たちがハセガーみたいになりたいって憧れてたって思うん」


「そうかな……」


「そうだよ。もし、ハセガーがその子たちに気付いて、ミドリさんの後ろを追い掛けるんじゃなくて、誰かの前を走ることに気が付いていたら」


 ニシザーがわたしの方を向く気配がして、わたしもニシザーの方を見る。


「ハセガーは、まだバスケをしていたんじゃないか、って思った」


 ニシザーが手を伸ばしてきた。


「もし、私がハセガーの後輩だったら、絶対に、追い掛けた」


 わたしも自分の手を伸ばした。でも、ニシザーの手を取る直前で 腕を伸ばすのをやめて拳を握った。


「じゃあ、ニシザーも、わたしがバスケをやめたの勿体ないって思う?」


「……思わない」


 ニシザーが握りしめたわたしの拳を伸ばした手で包み込む。


「私は、今のハセガーしか知らないから、中学校のときのハセガーは関係ない」


 手に指を絡められた。




「私は、ただ、今のハセガーとサッカーがしたい」

 


____



「おはよ」

 わたしの隣の布団で、ニシザーが上半身を起こして、目を覚ましたばかりのわたしに声を掛けた。

 わたしはまだ眠たくて布団に潜る。しかし、無情にも内線電話がうるさく鳴る。ずるずると体を引きずって、内線電話を取った。

『朝御飯食べに降りといでー』

 受話器からのお母さんの声はニシザーにもはっきり聞こえただろう。

「おかーさん、声、おっきくてゴメン」


 ニシザーは、朝御飯も堪能し、また、おかわりをした。

 その食べっぷりに、お母さんも気を良くして、にこにこしている。

「おー、起きたかあ」

 ダイニングにお父さんがふらっと現れた。

「お、おはようございます!」

 お父さんの突然の登場でニシザーが慌てて立ち上がって、お辞儀をし、それからお父さんを見上げて、見上げた首がほぼ上を向く。ニシザーの大きな目が丸くなる。


「うち、お父さんが大きすぎんだよ。5mくらいあるからね」

「盛るなよ、190くらいしかないぞ」

「しか!!?」

 ニシザーが声を上げた。

「お兄ちゃんたち、お父さんより大きいよ」

 ニシザーは長谷川家の遺伝子に驚いているようだ。


「この子が西澤雅にしざわまささんだよ」

「西澤です。昨晩から良くしていただいてありがとうございます!」

 わたしがお父さんにニシザーを紹介したので、ニシザーもぺこっと頭を下げて自己紹介した。

すずの写真のサッカー部の子だね。写真で見る印象よりちっちゃいね」

 お父さんはわたしの撮った写真でニシザーの姿を知ってる。

「いや、私これでも平均よりは高いんですが……」

「うちで、一番小さいのがわたしだからねえ」

 お母さんは、それでもニシザーより10cmくらい大きい。


「ねえ、お父さん、お母さん」

 わたしは茶碗をテーブルに置いて、両親を呼んで、二人の顔を見渡した。


 

「わたし、サッカーやりたい」



「ハセガー!?」

 ニシザーが一番最初に反応した。

「ゼロから始めるチャンスを、ニシザーにもらったから、サッカー部に入ってゴールキーパーになりたい」

 お父さんもお母さんもきょとんとしている。


 半年前、泣きながらバスケをやめた。

 1ヶ月前、写真を撮り始めた。

 そして、今、サッカーをやると言い出した。

 親たちは戸惑いを隠せない。


「ワガママばっかでごめんなさい。でも、サッカーも写真も3年までちゃんとやる。」

 わたしは頭を下げた

「いきなりサッカーなんてできるの?バスケとは全然違うでしょ」

 お母さんの問いに答える。

「わたしのこと、下手くそな1年生だって監督の先生が言ってた。そしたら、練習したら巧くなるって先輩が言ってくれたんだ。そんなこと言われたのも、先生も先輩も優しいのも初めてで、嬉しかった」

「……涼、そういうことを聞いてるんじゃなくて」


「ハセガーは、す、涼さんは、凄いカッコいいゴールキーパーにきっとなります!!」

 ニシザーが大きな声で割り込んだ。

「私も、まだスタメンになったばっかしだから、偉そうなことは言えないけど」

「ニシザー……」

 

「涼さんと同じユニフォームを着て、同じピッチに立ちたいです」

 ニシザーは強い目をわたしの両親に向けて、そう言うと、頭を下げた。



「お父さん、わたし、この子たち連れて、スポーツショップ行きたいけど、いい?」

「え?俺が行くよ。俺の方が母さんよりサッカー詳しいし」

「父親より母親でしょ?」

「いや、運転は俺のが上手いし」

「お父さんは、今日は北の茶畑でしょ?」

「朝のうちに行ってきたし」

 

「ごめん、ニシザー。うちの両親、わたしに甘すぎるんだ」

末娘すえっこだもんね」

 ニシザーの目が細い三日月になった。


 その日の昼間、わたしはニシザーも一緒に両親と郊外の大きなスポーツショップに行き、スパイクやグローブを始め、必要なものを買い揃えた。それから、大久保先生に連絡を取り、キーパーを目指しての入部の意志を伝え、早速、明日の日曜日から練習に参加することが決まった。

 写真も続けなさい、と大久保先生の方から言ってくれたのがとてもありがたかった。



____




 茶畑のある山が西にあって、わたしの家は日が暮れるのが少し早い。

 買い物から帰って、もう暗くなっていて、ニシザーが帰ろうとすると、お父さんが車で家まで送っていこうと申し出てくれたものの、ニシザーはそれを全力で遠慮した。せめて、わたしがバス停まで送っていくことにした。

 二人で並んで歩いて、バス停に向かう。 


「もう一晩、泊まってけばいいのに」

 バス停に並んで立って、わたしは、半分冗談、半分本気で誘う。

「明日部活なかったら泊まってったけど。でも、ハセガーのうちのご飯が食べたいから、また泊まりに行かせて」

 

 バスは、まだ来ない。


「ニシザー、わたしさあ、バスケだけでなくって」

「うん?」


「誰かを好きになることも、もうないと思ってた」

 こんなに早く、また誰かを好きになれるなんて、ほーんと予想外。

「うぉあ」

 ニシザーが動揺した。わたしが告白していたことを忘れてたな。


「ニシザーが、空っぽのわたしのところに、サッカーと……好きを連れてきてくれたよ」

 告白されている側のニシザーの方が顔が赤くなって照れた。

「私、そんなつもり、なかったけど」


「ありがと」


 わたしの礼に対して、照れ臭そうに髪の毛をいじりながら、うん、とニシザーが頷いた。

 そこにバスが来て、雅はバスに乗り込んだ。



「また、明日!」

 

 

 

 

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