第23話 君はわたしのこと嫌いになってしまうだろうか

 準決勝。本来だったら楽勝の筈。

 


砂の上をドリブルして、10m上のゴールにシュートしているような気分。

 誰にパスしてるのか分からない。誰もわたしにパスしてくれない。

 とにかく、パスカットして一人でボールを運ぶ。

 いつもの半分もシュートが決まらない。

 そんなんで勝てるわけがなかった。


 わたしの中学校最後の大会は、全国どころか、県大会の準決勝で敗退した。惨敗だった。県内最強と言われていた陽湘中等部バスケ部が全国大会に行けなかったのは8年振りだった。



 

 _____

 



「何?何なん?」

 ニシザーが非難めいた目をわたしに向けるので、自分が責められているようだった。

「みんなバスケばっかりで恋愛に憧れる中学生の女の子ばかりだよ。きれいで格好良くて憧れの先輩に迫られたら飲み込まれちゃうよ。……と言っても、みどりが誰に何をしたのか知らないんだ。分かってるのは、何人かをその気にさせて、準決勝の前に、翠の恋人はわたしだって全員を振ったってこと」

 ニシザーが顔を歪めた。

「うええ。それって、みんなは玩ばれた上に、ハセガーがみんなに憎まれちゃうじゃん」

「うん、準決勝の後、ほぼ絶交になっちゃった子もいたよ」

「何がしたかったん?!」

「ぇえ……あぁー、わたしを、なんて言ってたっけ、おとす?おとすめ……?」

「貶める?」

「そう、それ」

「ハセガー、もしかして、ミドリさんから、貶めてやりたかった、って直接言われた?」

 頷いた。

「憎たらしくて……汚して貶めて……? あと何だったかな。わたしバカだから、何を言われたか全部は覚えてないよ」




 準決勝でわたしは中学校のバスケを引退することになり、もう練習には行かなくなった。

 そんなある日、翠に待ち伏せされた。

 わたしも翠に言いたいことはあったから、いつもキスしてた公園に行った。

 何か言いたくて、何も言えなくて、ただ翠の顔を睨みつけた。そんなわたしの顔を何か勘違いして、翠の顔が近付いてきたから、肩を押して突き放した。

「もう、嫌だ。ずっと嫌だった。翠はなんでこんな…?」

「大好きだからだよ、すず、本当に」

 そう言うと、翠が顔を歪めて、言葉を並べ始めた。


 翠がそのとき言っていたのは、こんなことだったと思う。


 高等部に進学して、自分が平凡な選手であることに気付かされて打ちひしがれているとき。

 小学校時代にかわいがっていた涼が中等部に入ってきた。

 涼は、小学生のときと同じで、子犬みたいにまとわりついてくる。

 可愛いのに、憎さと恨めしさが止まらない。

 体格も才能も、おそらく将来も恵まれている涼が恨めしくて、生意気で憎たらしかった。潰したかった。

 苛められたくらいでは涼は挫けなかった。

 だから、涼の気持ちを利用して、バスケより自分に夢中にさせようとした。

 それから、抱いて汚して貶めてやろうとした。

 けれど、却って、涼のバスケは研ぎ澄まされる結果になってしまった。

 大学に入って、自分はいずれ選手として潰れるのは見え始めていた。

 なのに、涼は、まだ中学生なのに、下手をすれば大学生の自分よりも巧い。

 全国大会で優勝すれば、涼はどれだけ高く評価されるだろうか。

 せめて全国大会に出させないようにするには


 涼より周りを落とす方が容易かった。




 _____

 



「ミドリさんのやったことって問題にならなかったん?」

「うん、監督に泣きついた子もいたから、翠がしたことは学校に発覚してね。翠は大学を辞めたよ。……その頃には、もう翠は大学のバスケットボール部についていけなくなってて、バスケの推薦で入った大学だから、どっちにしろ辞めるつもりだったんだって。なんか別の遠くの大学に入学し直したみたい」

 わたしは座椅子に寄り掛かり、首を後ろにそらして天井を見上げた。


 翠の最後の言葉は誰にも言えない。


 


 _____

 



「こんな私の言うことを涼はもう信じないと思うけど、私なりにあんたのことを好きだったし、あんたがどこまで強くなるのか期待していた」


 嘘だ


「嘘じゃない。こんなに憎たらしいのに大嫌いなのに、こんなに大好きだよ、涼」


 やめて

 わたしも翠が本当に好きだったのに


「高等部に進級したら、もう誰も邪魔はしないから、涼は行けることころまで行きなね」


 バスケをして、翠に憧れて、好きになった。

 でも、バスケのせいで、翠に嫌われて、憎まれた。


 

 わたしは、翠もバスケも、好きで嫌い。


 でも

 

 

 こんな自分のことがいちばん大嫌いだ



____



 「ニシザー、わたし、こんな感じでバスケやめた。へへ、誰にも言えなかったことまで含めて、ほとんど全部しゃべっちゃった」

 ニシザーはいつのまにか、わたしの前であぐらをかいて座り、じっとわたしを見ていた。わたしはわたしで、天井を見上げたままだった。


「……ホントは、やめたんじゃなくて、できなくなっちゃったんだ。あんなに自分の中で一杯だった、えっと情熱? それが、なくなって空っぽになっちゃって、コートに立つのも無理だった」


「うん」


「もう、バスケから逃げるしかなかった。なのに、特待生進学が決まってるのにとか、県大会で負けたくらいでとか、こんなところでやめたら勿体ないとか、みんな言うんだ。それで余計に嫌になっちゃって」


「うん」


「もう何もかも全部が嫌で、学校にもちょっとの間行けなくなって、バスケをやめるだけでなくて高等部進学もやめて、家から近い今の高校を受験することにした」


「うん。……おかげで、ハセガーと一緒の高校に通えて、私は嬉しいよ」

 ニシザーがそう言ってくれたので、少しほっとして天井から視線を落としてニシザーを見た。



 ニシザーの大きな目と視線が合った。

 ニシザーはじっとわたしを見詰めて続けていたようだった。

「ハセガーが泣くんじゃないかと思った……」

 ニシザーは安心したように息を吐いた。

「あはは、去年、すごく泣いたから、もう泣かないよ。泣きたくないよ」

 わたしの目尻で急に涙が膨れ上がったが、すぐにそれを手首の上でこするように拭いて、誤魔化すように笑い顔をニシザーに見せた。


 布団を並べて敷いて横になる。

「ハセガー、襲わないでよ」

「まだ言う!それ。襲わないって」

 灯りを消す。



「……ニシザー」


「ん?」


「わたしのこと嫌いになってないよね」


「なってないよ、もちろん」


「……じゃ、さっきの話、どう思ったか、教えて」


 闇の中、窓の外からは虫の声が聞こえている。夏を呼んでるみたいに。

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