第18話 君とじっくり話せる場所は
バスケを投げるようにやめた自分が、何もなかったようにサッカーを始めていいのだろうか、と迷う。その迷いが、素直に「サッカー部に入ります」と言う言葉を出させてくれない。
サッカーがやりたい、というより、ニシザーやゴトゥーや先輩たちと一緒にピッチに立ちたいという気持ちは湧いているのに。
「ハセガー?」
ニシザーが手を握ってくれた。
「先生、わたし、サッカー始めていいんでしょうか?」
わたしはその手を握り返しながら先生に尋ねると、先生は肩をすくめながら微笑む。
「長谷川、ここはバスケ部じゃない。サッカー部なら今の長谷川はただの下手くそな1年生だ」
テストに合格したのに、下手くそって何だよ、と心の中で文句を言うが、なぜか悪い気持ちはしない。
「長谷川が何を決めかねているのか分からないけど、自分で自分のやりたいことは何か、よく考えなさい。長谷川はキーパーでもマネージャーでもサッカー部に入っていいし、入らないで今までどおり写真を撮りに来るだけでも構わない。好きにしていい」
テストを見ていた部員たちは、もう体を動かしていて、何もなかったように、いつもの練習風景が広がっている。気にしてるのは、もうゴトゥーだけで、ちらちらと視線を送っている。
「長谷川、顔と手を洗って今日は帰りな。明日からの土日、ゆっくり入部するかどうか考えておいで」
先生がわたしの肩を叩く。先輩二人とキャプテンもそれに続いて肩や背中をぽんぽんと叩いて、それから練習している他の部員の中に溶け込んだ。
「西澤も長谷川と一緒に帰っていいよ。その代わり、西澤が長谷川をサッカー部に誘ったんだから、しっかり話を付けなさい」
はい、とニシザーは先生に頷いた。それから二人で荷物を持って更衣室に向かった。
「後藤、お前は練習だから」
「ひやああ」
涼と雅の後ろの方で、先生の冷たい声とゴトゥーの叫び声が聞こえて、ぶっとわたしとニシザーは吹き出した。
「ゴトゥー、どさくさ紛れに一緒に帰ろうとしたな」
雅がやれやれというように肩をすくめた。
「ニシザー、なんであの子はゴトーじゃなくてゴトゥーって呼ばれるの?」
尋ねると、ああ、あれ、とニシザーが思い出し笑いをする。
「最初の自己紹介のときに、『あたしの名前は、Go Toの後藤でーす♪ 』って言うから、最初はゴートゥーって呼ばれてて、それが縮まったん」
ゴトゥーの話が出て力が抜けた。ニシザーの口真似が意外に似ているのも笑えた。
高校前の駅と反対方向に向かうバス停には、数人しかいなかった。制服に着替えたわたしたちもバス停に立つ。夕方より少し前。授業は終わっているけれど、部や委員会は活動していている時間だから、そもそもこの時間にバスに乗る人は少ない。
「ごめん、ニシザー。練習したかったよね」
謝ると、ニシザーは首を振った。
「うん、練習には出たかったけど、練習より大事なことってあるじゃん」
「そんなに大事?」
「大事だよ、ハセガーがちゃんと気持ちを整理するのは。うちの部に入るにしろ入らないにしろ」
サッカーが好きで練習も好きなニシザーに、練習より大事だよと言われてしまい、一瞬怯んだ。それから、にわかに嬉しくなってしまい、照れ笑いする。
「……ねえ、ハセガー、うち来る? 狭いけど」
ニシザーに言われたその言葉が、唐突すぎて頭に入ってこない。
「え?」
「ちゃんとじっくり話そうよ」
ニシザーは道路の反対側にある駅の方に向かうバス停を見ながら言った。
「ニシザーは、自分から話をしない人には聞かない主義じゃなかった?」
「だって、ハセガーは、サッカーをやるかどうか決めるために、バスケをやめた話、私に言いたくなってるでしょ。分かるよ」
分かるんだ、と涼は思った。少しずつ胸が熱くなってくる。
「……じゃあ、どうせならうちに泊まりに来る? わたしの部屋ならけっこう広いよ」
思い切った提案をした。
その発案にニシザーが大きな目を丸くしてわたしの顔を見上げた。
「い、いいけど」
「けど?」
「襲わないでよ」
襲わねーよ、とわたしは体を軽くぶつけた。
「今日は、普通に友達のニシザーと話すんだよ」
丁度、そこにバスが来て二人で乗り込んだ。
いつもどおり先にニシザーがバスを降りて、支度をしてから、また学校とは逆方向のバスに乗り、わたしが使うバス停でバスを降りる。わたしは、そのままバスに乗って一旦帰り、親に報告して支度してバス停まで迎えに行く。
そういう約束をした。
小学校の頃は、わたしの家に友達が遊びに来ることは少なくなく、お泊まり会になることもあった。しかし、中学校時代は部活が忙しかったし、そんなに親しい友達ができなかったので、誰も泊まりに来ることはなくって、ごくまれに小学校のときの友達が遊びに来るくらいだった。
そのため、友達が家に泊まりに来るなんて久しぶりだった。もちろん、高校の友達ではニシザーが初めてだし、
好きな人が家に来てくれるのも初めてだった。
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