第19話 飯三杯大盛りで
「大きな家だ…」
ニシザーがわたしの家を見上げて、ふわああと声にならない声をあげた。うちは、ぱっと見、立派な和風建築の大きな一軒家で、庭も広く、バスケットゴールまで建てられている。
わたしの祖父母と両親は農業を営んでいる。
戦争の前には豪農だったってお祖父ちゃんが言ってた。だから、とにかく家屋は大きいけど、住んでいるのは、今となっては、わたしと両親と祖父母の5人だ。年の離れた兄が二人は既に独立していて、この家にはいない。
「みんな、そー言う。でも、ただの昔の古い家だよ。しかも、中はリフォームしちゃって、なんだっけ、こ、こみんけ」
「…古民家?」
「そう、それじゃないから、大した価値はないんだってさ。ただいまー、友達連れてきたー」
「おかえりー、すぐ夕飯にするから、荷物置いたら二人でダイニングにおいでー」
「はあい」
大きな声で奥に声を掛けながら、からからっと玄関の引き戸を開けると、玄関の奥の台所から、お母さんの声がした。ニシザーは少し緊張して、おじゃましますと挨拶をしながら、靴を脱いだ。
外からの見た目は古そうでも中身は近代住宅だ。壁と床はしっかり張り替えられて、特に、家族がよく使用する台所や居間、風呂とトイレはすっかり今風だ。ただ高い天井には、元の建物から移築された立派な梁がそのまま残してある。わよーせっちゅーとかいうのかな。
ごく普通のマンション住まいだと言うニシザーは、農家に入ったことがなく、物珍しそうに、あちこち視線を動かしている。
「わたしの部屋は、納屋の上だよ」
広い家には子供部屋もあるのだが、わたしは中学に入学した頃から別棟の倉庫代わりの納屋だった建物の2階を自室にしている。親より昔気質のおばあちゃんがうるさくて、おばあちゃんから逃げ出すためだった。
母屋に取って付けたような渡り廊下の先に納屋がある。納屋の隅にある、急で狭い階段を上ると、屋根の低い10畳くらいの和室がある。六畳と四畳半の二間のふすまを取り外して一部屋にしたので、わたしが一人で使うにはかなり広い。ただ、背伸びをすれば頭が天井に付きそうなくらい屋根が低いので、それほど広くは見えない。
「広いなあ、いいなあ」
それでもニシザーには羨ましい広さらしい。
わたしには部屋を飾る趣味がなく、和風の時代モノの箪笥と本棚、鏡台、学習机の代わりの卓袱台、座椅子くらいしかない。押入れの中には色々入っているが、15歳の女の子の部屋にしては殺風景な方だと思う。それも部屋が広く見える理由だ。
「ハセガーはベッドじゃないんだ」
「うん、布団派。ちゃんと毎晩布団を敷いて、毎朝畳んでるよ。唯一自慢できるところ」
「いや、その身長と運動神経は自慢じゃないん?」
ニシザーの突っ込むに片手をひらひらさせて全然自慢にならないと答えた。
すると、部屋の中にある電話が鳴った。
「あ、これは、内線だから」
と説明して電話をとる。
『ご飯、食べにおいでー』
受話器から涼のお母さんの大きな声が聞こえた。
「行こ、ご飯食べよう」
ニシザーが荷物を置くと、すぐまた母屋に戻った。
「うち、わたし以外は夕飯は5時頃に食べちゃってるし、他の家族はいないから気にしないでいいからね」
遠慮しそうなニシザーに最初から声を掛けておく。
そして、廊下を歩いて、ダイニングに向かう途中にある小部屋のふすまを開けた。
「わたしなんかより、お兄ちゃんたちの方がずっとずっとスゴい」
そこには大きな棚があって、トロフィーやらメダルやら盾やら何やらが飾られていた。
「上のお兄ちゃんは実業団で、下のお兄ちゃんは体育大学でバスケやってるんだ」
ニシザーの口が空いた。
「すごい……」
ここに飾られているものの半分が長男、もう半分が次男、ちょっとだけ一割かニ割がわたしのだ。
175cmのわたしでも小さく見える、兄妹3人で並んでいる写真もあった。
身長も運動神経も、全国大会出場も特に自慢にならないとわたしが思ってる理由が伝わっただろうか。この兄たちと比較していればそうなる。
「あはは、長谷川三兄妹って、デカくて近所では有名だよ」
「そんなことよりバスケットボールの界隈で有名なんじゃないん?」
ニシザーが呆れたように言う。
「……でも、わたしはバスケやめちゃったから、もう、ここにメダルとか飾れなくなっちゃった」
「これからサッカーでもらえばいいじゃん」
けろっとニシザーが言った。
「もらえるわけないじゃん」
無理無理と顔の前で手を振る。
「一緒にもらおうよ」
にかっとニシザーが不適に笑ったけど冗談でしょ、と聞き流した。
「っ!!」
ニシザーがご飯の美味しさに驚いて言葉を失った。
「うちで獲れたお米だよー、おいしいでしょ」
お母さんがニシザーに微笑みかける。
「はい!」
ニシザーの元気な返事に、お母さんは目を細めた。
「お代わりしてね。秋になったら新米食べにおいでよ」
わたしがおかずを頬張りながら言う。
「今は、新茶のシーズン。これ、今年の新茶」
お母さんがそう言いながら雅の前に湯飲みを置いた。
「わああ」
「ニシザー、うちのご飯、食べると背が延びるのかもしんないよ」
わたしのそんな冗談にニシザーの目が光り、ニシザーはその日、ご飯を大盛り3杯食べた。
「食べ過ぎだよ、ニシザー」
「…だって、美味しいんだもん」
わたしの部屋に戻って、ニシザーは膨らんだ胃を撫でながら仰向けに転がった。
そんなニシザーに呆れつつ、初めての訪問による緊張がほぐれたらしい様子に安心した。
「ハセガー」
「ん?」
ニシザーが寝転んで天井を見ながらわたしを呼んだ。
「そろそろ話してよ。私、お腹一杯で眠くなっちゃうよ」
ぎょろん、と大きな目がわたしを射る。
「なんでバスケやめたの?」
わたしは座椅子に座って、背もたれに寄り掛かると、長い手で膝を抱えた。
「……大好きだった人がいて」
そう言うと、ニシザーの眉が寄って口がへの字に曲がった。
「バスケが巧すぎて、みんなに妬まれてとか、じゃないの?」
「あはは、確かに妬まれたけど、陽湘のバスケ部は中1から高3までレギュラー争いが厳しくて、巧い人が妬まれるのなんて当たり前の話だったよ。仲間は、仲間だけどお互いライバルだったし、でも、ま、本気で勝ちたい、優勝したいって思う気持ちは同じだったから」
わたしは中学校時代の部活のメンバーの顔ぶれを思い出した。みんな高校でもバスケを続けているだろうか。
「みんなのこと、仲間だった、と今なら思えるかな。あの頃は、チームワーク、チームワークだって仲良い振りしてるだけだったけど」
「ハセガー、本当はバスケ続けたいの?」
「いや、本当に無理」
ニシザーの質問をわたしはバッサリと切った。
そして、最大の秘密を伝えた。
「わたしさ、中学校のとき4歳上の女の先輩と付き合ってたんだ」
ニシザーの目が丸くなって、それから少しだけ頬を赤くした。
「付き合うって……」
「うん、恋人。大好きだった。付き合うって言っても、わたしもその人もバスケの練習ばっかだったよ」
「そうなんだ」
ニシザーは困ったような顔を向けた。恋愛未経験者には付いていけない、という顔だ。
「……セックスは、した、してたけどね」
ニシザーは一瞬きょとんとした顔をして、それから、ぼんっと顔を真っ赤にした。
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