第13話 そんなにわたしにくっつかないで

 よし、今日はカメラを持ってかないで、ちゃんと試合を見よう!

 5月の連休の最終日。この街では昼間の日差しは、もう夏だ。タンクトップに、薄手のシャツを羽織って袖をまくり、五分丈のパンツを履く。日焼け止めはしっかりと。髪は後ろで緩く縛った。


 2回目のプロのサッカー観戦。

 今回は、試合前に地元チームの選手のプロフィールをホームページで確認した。残念ながら強いチームではないらしくて、18チームあるJ3リーグで、現在12位。そして、ニシザーの推しの17番はベテランで、若い頃は日本代表に選ばれたけど、年齢が上がって今のJ 3のチームに移動してきた。選手としてのピークは過ぎたが、そのコーナーキックの精度は芸術の域だと書いてあった。

 若くて得点を決める目立つ選手が推しではないところがニシザーらしいな。


 前回と同じく、中央駅の改札口前で待ち合わせだ。

 お父さんが自動車で送ってくれるって言ったけど断って、いつもの通学バスに乗った。駅は高校よりも少し先にある。わたしの家は街外れの田畑のある地域にある。休日の昼間のバスは空いてる、というより、乗ってるのはわたしだけだ。

 その後も人が乗らないまま、ニシザーが利用するバス停にバスが止まった。


「ニシザー!」

「あれー、ハセガー、今日はバスなんだ?」

 ジャージの短パンと半袖のTシャツ、また小学生の男の子みたいな格好のニシザーがバスに乗り込んできた。そして、そのまま、ちょこんとわたしの隣に当たり前のように座った。

「今日はカメラ持ってきてないん?」

「うん、今日はね、試合を真面目に見ようかと思って」

「ハセガー、サッカー好きになってくれた??」

「うーん、好きかって言われると困るかなあ。でも、面白いと思うよ」

「うんうん、いいじゃん、いいじゃん!こっちの沼においでよ」

「サッカーって沼なの?」

「私、もう抜けられない。ハセガーもこっちに来て来て」

「地縛霊かよ」

 などと笑いながらサッカーの話をしてるけど、雅の足に目に吸い付けられてしまう。

 パンツとソックスの間は太い線みたいに日に焼けているのに、脛と腿は白い。くっきりとした日焼けの色分けのラインが目立つ足をニシザーは余り気にしていないらしい。

 足の筋肉が浮き上がったかと思えば消える。足そのものが生き物のようだ。

 ニシザーがしゃべったりバスが振動したりするのにつれて、むき出しの足と足が、腕と腕が、時折ぺたっと触れ合う。

 当たると、バスの空調で冷えた手足は、湿って冷たい。



 冷たいのに熱く感じる。



 動揺を雅に知られたくなくて、背中に汗をかく。

「あ、ごめん、ハセガーって、くっつくの嫌い?」

 わたしの表情はニシザーにあっさりと読み取られてしまう。

「えええ?そんなことないよ」

「さっきから変な顔してる」

「変な顔はもとからだよ」

「え?ハセガーは変じゃないよカッコいいよ」

 また話題が迷子になり始めた。


 そこでバスは高校前につき、部活が終わったらしい生徒たちが数人乗り込んで、バスの中は少し賑やかになったので、ニシザーにだけ聞こえるような小さい声で言う。

「くっつくの嫌じゃないから」

 ニシザーはその言葉に返事をせず、ぴったりとくっつくように体を寄せてきた。

「うおぁっ」

 変な声が出たわたしの顔を見て、ニシザーがへへへっと笑った。

 そんな顔見たら、くっつくのホントは好きだって言いたくなるじゃないか。


 駅で電車に乗って最寄駅で降りて、競技場に向かうシャトルバスに乗り込む。ライトグリーンのレプリカユニフォームやTシャツを着ている人が同じシャトルバスに何人も乗っている。自然と気分が上がってくる。

 ニシザーは窓の外ばかり見ていて、競技場に近付いていくのが嬉しくて仕方がないみたいだった。


「今日はこっちでゆっくり見るんだよ」

 競技場に着くとニシザーがわたしの手を取って引っ張る。

「え?」

 スタンドに上がらず、ゴールの後ろの方に向かう。

「ゴールの裏はガッチガチの応援団サポーターがいるんだけどね、その後ろは…」

 長方形のフィールドの長辺側は椅子のあるスタンド席。短辺側であるゴールネット側の応援席は、芝生席だ。芝生の植えられた土手みたいなもので、どこでも自由に座れるみたい。芝生席の前の方、ゴールの近くには、レプリカユニフォームを着て旗やら太鼓やらを持ったガチの応援団が集まっているけど、その後ろは、普通に観客がのんびりと足を伸ばして座っている。スタンドの方がフィールド全体を見渡せて試合を見やすいんだけど、芝生席はピッチから少し遠い分、空いていてピクニック気分だ。

 ニシザーはゴールの斜め後ろに謎のキャラクター柄の入ったビニールシートを敷く。

「ここでいい?」

「ニシザーがいいならいいよ」

 ガサガサと音のするシートの上に靴を脱いで座って足を伸ばす。

「あ、これ着てくれる」

 前に試合を見たときと同じライトグリーンのレプリカユニフォームを渡される。

「はいよー」

 Tシャツを受け取って、あぐらをかいた膝の上にそれを置き、上着代わりのシャツを脱ぐと、一瞬上半身がタンクトップだけになる。

「うおぁっ」

 今度は、ニシザーが変な声を上げた。

「なに?」

「いきなり脱がないでよ」

「脱がないと着れないじゃん」

「そんなことないん。大きいから着れるよ」

「ダメなの?」

「わざわざ脱がなくても着れるサイズなのにハセガー脱ぐんだもん、上半身かっこよすぎるんだもん!!前の試合のときもドキっとしちゃったんだもん、上着を脱いだとき」

 ニシザーがモンモン喚くけど、何を文句言ってるのか分からないままレプリカユニフォームを着る。

「ニシザー、褒めてくれた、んだよね?」

 赤い顔をしたニシザーは頷いた。

「カッコ良くなんかないよ、みっともないよ、筋肉と肩幅、半端なくない?」

 人より長い腕をぐっと曲げて力こぶを作って見せると、自分でもその逞しさにうんざりする。バスケをやめて半年が経過して、さすがに筋肉は少し落ちたが、それでも腕の筋肉だけなら運動部男子並みだと思う。悲しいや、筋肉ゴリラ。

 ニシザーは、その力こぶを見て、頬を赤くしたまま目を丸くする。微かな「すご…」という呟き声に苦笑いした。


「…ハセガーって、本当、カッコいい…」


 そのうっとりとした声が予想外で、今度はわたしの顔が赤くなる。

 ライトグリーンのレプリカユニフォームが、二人の赤い顔を際立たせていた。

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