第12話 わたしは君にそそられちゃうんだ
ゴールデンウィークを前に、女子サッカー部は練習試合が続き、いつもの河川敷や他校のグラウンドで試合を繰り返した。わたしは、河川敷での試合には応援と撮影に駆け付けていた。
撮影の方は少し慣れたので、お父さんがもう一段長い望遠レンズを貸してくれて、それを取り付けるとカメラは小さい大砲のようになった。これが重いわ扱いが難しいわで、かなり苦戦することになっている。
ピンぼけならいい方で、謎の物体とか、芝生や川らしき色とか、何を撮っているのか撮った自分すら分からないものばかりで、徐々に人間らしきものが撮れるようになってきたような気がしないこともないというところまできた、かもしれないというのが今のところのレベルだった。
「あんたの実力じゃあ、あたしの専属カメラマンにはなれないわ♪ 」
謎のポーズを付けてゴトゥーが言う。
「ははあ、ゴトゥー様のおっしゃるとおりです」
河川敷でわたしは深々と頭を下げた。
「ゴトゥー!1年生は片付けが先!!」
すると先輩の怒鳴り声がして、わたしの隣から跳び跳ねるように後藤が離れて逃げてった。ひゃああ、という悲鳴を漫画ではなく現実で叫ぶ人がいるとは。ゴトゥーはおかしいけど、気軽に話し掛けてくれるし、面白いし、仲良くなりたいかもという気持ちが湧く。
「ハセガーもゴトゥーをさぼらせないでよー」
サッカー部の先輩たちもわたしが練習や試合の場にいることにすっかり慣れて、先輩たちからは準部員のような扱いを受けるようになっていた。それは、いつの間にかわたしがドリンクの用意を手伝ったり球拾いをしたりするようになったからで、だから周りがなんとなくわたしのことをマネージャーみたいに扱うようになるのは当然のことだろう。
怒られてばかりいるゴトゥーだけど、ニシザーと二人、1年生ながら入学して1ヶ月でリザーブとしてベンチ入りして試合にも出ていた。得点チャンスに強いゴトゥーが試合に出ることが多いけど、試合によっては、トリッキーなゴトゥーよりも安定しているニシザーが選ばれることがある。
試合にも出るし、1年生らしく試合の準備や片付けもするしで、ニシザーとゴトゥーは大忙しだ。
わたしも中学校のときに1年生からベンチ入りしたのはいいけれど、下級生として雑用もこなさなくてはならなくて、くたくただった時期がある。実力と学年は別物だ。それがいいのか悪いのか今でも分からない。
そして、手伝いをしていると、余りにもサッカーの知識がないわたしに、何かにつけて部のみんながサッカーについて教えてくれるようになった。おかげで、前よりもルールが理解でき、ルールが分かってくると試合が面白くなってきた。
ニシザーがなりたいと言っていた右ウィングの意味も分かった。ただし、右ウィングは現主将の原先輩が務めているため、ニシザーのウィングとしての出番は主将の引退後になりそうだ。今日の練習試合でも、ニシザーは違うポジションで途中出場した。ボランチというポジションで、攻撃も守備もやるらしいけど、ニシザーは監督から守備的な動きを指示されていたらしく、敵の攻撃を防いでボールを奪うことに集中して、そのポジションをしっかりとこなしていた。ただ、どうしても得点には絡みにくいので、わたしには地味に見えた。
サッカーは守備でも活躍できるけど、ニシザーはゴトゥーみたいに、ばんばんシュートを打とうとするわけではない。だから、目立たなくて損だな、なんて思う。
「1年生のくせに、いぶし銀みたいな渋くていいプレイをするよね、西澤は」
大久保先生が、ニシザーを褒めているのを聞いて少し驚いたわたしに大久保先生がくすっと笑う。
「なんだ、長谷川。西澤が1年で一番巧いから写真を撮ろうと思ったんじゃないの?」
「え、一番巧いのはゴトゥーじゃないんですか? 」
「はは、長谷川にはそう見えるんだ。得点を入れるだけがサッカーじゃないからね。西澤はどこのポジションでも器用にこなせるから、これからチームが重宝する選手になる」
「そうなんですか」
先生がニシザーを褒めているのを聞くと嬉しくなる。
「あと、まあ、後藤は天才肌だから、あれはあれでいいんだけど。……いや、いいのかなあ? 」
そして、ゴトゥーのことは微妙に褒め切れないでいる先生がおかしかった。
いちばん巧いから、撮りたくなったわけじゃない。
自分が
わたしのスマホには、「nsz-」という秘密の画像フォルダがあって、自分以外の誰にも見せたくないニシザーの写真が数枚保存されている。隠し撮りではないが、撮られたニシザーにも見せていないから隠し撮りとさして変わらない。
最初に撮った河川敷の階段で練習を見ている横顔に始まり、部活中にこっそり見付けたりたまたま撮れたりした自分好みの顔やポーズのニシザーだ。
今日も試合に出たそうな顔をしながら、ピッチの外でビブズを付けてアップしていた時の写真にいい表情が撮れている。ボールを追いかけている時の顔よりも、試合に出たくても出してもらえない時のもどかしそうな顔の方が気に入っている。
笑ってる顔もいいけれど、こういう切ない顔もいいんだよなあ、こういうの何て言うんだっけ…
そうだ、あれだ。
「そそる!」
「何がそそるん?」
「わああ!」
ニシザーが横から顔を出してきて思い切り驚いた。
「ごめん、脅かしたかな?」
「はは、大丈夫大丈夫」
「で、何が、そそるん?」
「……いやあ、それは」
言えないよー
困っていたら、ちょうど大久保先生が集合を掛けたので、ニシザーは先生の方に行ってしまった。ほっとして、カメラをバッグにしまい、一足先に帰るかと腰を上げた。
部員じゃないから先に帰るのであって、雅の追求から逃げるわけではないよ、自分で自分に言い訳する。
「ひゃっほー♪ 」
背中側に集まっている部員たちの方から、なぜかゴトゥーの奇声が聞こえた。それが気にはなるけれど振り向かず、河川敷から高校前のバス停へと向かい、一人バスに乗り込んだ。
家に帰り、お父さんのパソコンを使って、まず、今日の試合で撮った写真を確認する。ひどい写真を削除する、というか、ひどくない写真を探す作業だ。削除する方が圧倒的に多くて泣きたくなる。残った僅かな写真を検討し、人に見せられる出来とそうでないものを選別する。それで、また残す写真が減る。
「まだまだだなぁ」
両腕を上げて、背筋を伸ばした。
そのタイミングで、スマホが振動してニシザーからメッセージが届いた。
『明日の練習試合なくなって休みになった。ハセガーも暇なら、また試合見に行かない?』
ゴトゥーの奇声の理由は休みになったからか。
わたしも心の中でゴトゥーみたいにひゃっほーって喜びの声を上げながら、『行こう』と返信した。
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