第9話 走っている君はもう止められない
サッカー部の撮影初日は、とりあえず練習を見学するつもりだった。ニシザーを撮ると決めたはいいけど、どんな風に撮ればいいか、全くイメージできていなかった。
そもそも、サッカー部ってどんな練習するんだろう?
大体30人弱の部員たちが集まって軽くミーティングをすると、準備運動やストレッチをして、下半身の訓練を中心とした基礎の体力トレーニングが始まった。その時間は思うより長い。なかなかボールが出てこない。
滑りそうな土や芝生の上で、全力ダッシュしたかと思うとぎゅんっと曲がる。土ぼこりが舞う。
サイドステップならわたしも得意だ。でも、土の上だとどうだろう?
体がむずむずする。
分かっている。本当は、わたしだって見ているより動いている方が好きだ。
分かっていて、敢えて動かないことを選んでいる。
カメラは、自分が動かないで見ていることを正当化する手段で、私の体の拘束するものでもある。カメラを持つことで、動きたがる体をなんとか抑えている。
そのうち、ニシザーとゴトゥーがキャッチボールをするみたいにボールを互いに蹴り合ってパスをし始めた。全員がコンビを組んで蹴り合っている。
サッカーはドが付く素人のわたしから見ても、1年生なのにニシザーとゴトゥーの二人が飛び抜けて巧いことが分かる。二人で軽々とボールのやり取りをして、変なところにボールが転がらないし、まず、ボールを受け損ねることがない。
少し遠いかなと思いながら、ベンチから土手に移動して雅の顔が見える位置を陣取る。カメラを構えて、ズームレンズを伸ばして、ニシザーの顔が大きく見えるようにした。
お、楽しそう。
ここ半月くらい捻挫で練習できなかったニシザーが、練習に復帰して確かまだ2、3日。ニシザーがボールを蹴るのをどんなに楽しみにしていたか、わたしは知っている。
それにしてもよく動く。当たり前だが、ちっとも大人しくしていてくれないので、ピントを合わせるのが難しい。
ようやく、ニシザーの顔にピントが合った。ファインダーの中で笑っている。
楽しそうだ。
でも、瞳は怖いくらいぎらぎらしてる。初めて見るボールを追うニシザーは見たことのない
次は試合形式の練習が始まった。
ニシザーは、ピッチの右側をボールを蹴りながら走っていく。右サイドでゴールに向かって攻撃を仕掛けていく、それが右ウィングというポジションだと言っていた。
器用に足で小刻みにボールを蹴って、追い付いて、また蹴って、走っていく。
もともと俊足なのだろう。下手をすると普通に走っている選手よりも速い。
「何あれ、凄い」
カメラを覗くのをやめて目で追った。
走る
走る
走る
しかし、流石は先輩たちで、そんな真っ直ぐすぎるドリブルの隙を突き出す。ニシザーからボールを奪おうと左右前後から先輩たちが襲ってくる気配がした。
「一本調子すぎるよ、ニシザー」
拳を握りしめる。
速い、速いけれど、素直すぎる。直線的に向かう場所がゴールだと分かっているから襲いやすい。フェイントを掛けるとか、何か、何か技があるだろう。
すると、足から滑り込んでボールを奪おうとした先輩を、ニシザーはふわっとジャンプして空中で避け、左側、フィールドの中央へとボールを蹴り上げた。
「なーいす♪」
軽い声がして、そのボールをゴトゥーが軽く足で受け取った。
ゴトゥーも先俊足のドリブルで先輩を振り切って行く。ゴトゥーってボールを持っていない時はあんなに変なのにボールを持つとスゴい。足捌きが独特でぬるぬるした感じで先輩たちを避け、先輩たちはボールを奪うことができない。
ゴトゥーがシュートを蹴るが、さすがにゴールネットに届く前に先輩にボールを横から獲られる形でシュートは防がれた。「おおう」とゴトゥーがっかりと膝をつき、その向こうでニシザーも苦笑いしながら足を止めて肩をすくめた。
ああ、そうだった。自分でシュートするとは限らないんだ。パスすればいい、自分でできないことは仲間ができれば構わないんだ。バスケと同じだ。
腕でボールを投げても思い通りの場所にボールを運ぶことは難しい。
それをボールを足で蹴りながら、これだけの距離を運んでいく。
ついバスケと比べてしまうけど、女子高生のサッカーは女子高生のサッカーで面白そうだと思う。
こないだ見たプロの男子と比べると、高校生の女子だから不器用で未熟だけど、そこが不安定要素になっていて先が見えない。面白い。
その中で、やっぱりニシザーが目を引く。
「ニシザー、思ってたより、ずっとスゴいじゃん!」
ゴトゥーと肘を突っ付き合いながら元いた立ち位置に戻っていくニシザーを目で追っていると、わたしに気付いたニシザーが手を振り、ゴトゥーが腰を振った。ぶっと吹き出してしまった。
「あなたが写真部の物好きな1年生かな?」
後ろから、やや低めの大人っぽい女性の声がした。
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