第8話 あいつが突然現れてくるくる回っていた。

 初めてのサッカー観戦の週明けの月曜日。

 放課後、わたしは写真部の部室に向かっていた。試合で撮った写真をパソコンの画面で見るつもりだった。

 写真加工ソフトを使ってもっといい写真になったら、プリントアウトしてニシザーにあげようと思い付いたからだ。


 そして、廊下で顔見知りと目が合った。

 中学校時代に何度かバスケの大会で試合したことのある選手だ。うっすら見覚えがある。特に避けてるつもりもなかったけれど、クラスが離れていたこともあって、話す機会はこれまでなかった。

 昔の自分を知っている人に会いたくなかった。背筋が冷えるような気分になる。


長谷川はせがわすず!」


 前から歩いてきた顔見知りは、いきなりフルネームを呼び捨てた。失礼だな、と嫌な気持ちになる。

「なんでこの高校にいるの?」

 彼女は、やっぱりバスケ部のジャージを着ている。そして挨拶も自己紹介もなしに質問攻撃だ。

「……何でって、家から近いし」

 彼女の前で作り笑いをした。波風を立てることはしたくない。

「推薦入学?」

 バスケをやるために、わざわざ無名の県立高校に推薦入学するくらいなら、もといた強豪の私立の中等部から高等部に普通に進学するよ。という言葉を飲み込む。

「……バスケやめたから。もう陽湘ようしょうにいる意味がなくなっただけ」

 つくり笑いを見せたまま答えた。

 陽湘大学附属陽湘学園中等部。わたしが通っていた中学校、スポーツに力を入れている私立の名門校だ。

「どっか故障したの?」

 エスカレーターの学校から抜けるなんて、割とセンシティブなことだと思うのに、全く気に掛けてもらえず、さらに、質問が重ねられる。そんな人の相手はしていられない、と少し腹が立ってくる。

「そんなとこ」

「どこが悪いの?治るの?治ったら、うちのバスケ部入らない?」

「ありがと。考えとく」

 矢継ぎ早の彼女の問いに対して、嘘をついて会話を終わらせた。

 考える余地なんかない。もう、バスケはやらない。……できない。


 会話を終えて、すれ違ってから、背中の方向から彼女とその隣にいたバスケ部の子と話す声が聞こえてしまった。

「あの大きい子、陽湘中等部の長谷川? なんでうちの高校なんかにいるの、勿体ない。いいな、身長何cmあるんだろ」

「故障だって言ってたじゃん。やめなよ、聞こえるよ」


「いちいちうるさいんだよ」

 もう声が聞こえないところまで来て、毒を吐いてからため息をついた。

「わたしだって、軽い気持ちでやめたわけじゃないよ」

 

 あえて言いたくない人は何も言わないから聞かないん


 そう言ってくれたニシザーの言葉がいかに貴重だったのか身に染みた。

「なんだかニシザーに会いたいな」



 数日後、河川敷のグラウンドのベンチにわたしは座っていた。


 なんと写真部とサッカー部の顧問の許可を取ったのだ。これでニシザーの写真を堂々と撮れる。

 撮った写真をSNSにアップロードする気はさらさらなく、せいぜい文化祭での展示とコンテストへの応募くらいにしか使わないつもりだったので、サッカー部の撮影は簡単に認めてもらえた。

 わたしの身長の高さを見たサッカー部の先輩達は、部に勧誘してきたけど、ボールを全く蹴ったことがなければ、テレビでサッカーの試合を見たこともないと言うと早々に諦めてくれた。変わり者の写真部の1年生がたまたま女子サッカー部に目を付けたらしい、という程度に受け止めてくれたようだ。心が広い。というかサッカー部に入らないなら興味はない、くらいの雑な扱いだ。却って清々しいくらいだった。


 顧問の許可を取ったとはいえ、練習の邪魔だって思われたら嫌だなと少し不安に思いつつ、土手の階段からグラウンドに足を踏み出した。


 その途端、ザザザっとスパイクの音を立てて目の前に走り込んでくる選手がいた。

「あたしを撮ってよ♪」

 そう言って、写真を撮れと話し掛けてきたのは、ゴトゥーと呼ばれる後藤という一年生だった。

 なんだ、この変なやつ、というのが第一印象だった。

「いいけど、わたし超初心者だから、下手くそにしか撮れないよ」

「今日のあたしは今日しかいない♪ だから撮って」

 ゴトゥーはわたしの前で腕組みをして、偉そうに訳の分からないことを言ったかと思うと、ウィンクを決めて、腰を少し捻りながらポーズをとった。色っぽいつもりなのか、可愛いつもりなのか測りかねる。

 ゴトゥーの見た目は可愛い、と思う。が、色々と台無しだった。それでも、とりあえず手に持っているカメラを構えてシャッターを切って写真を撮ってやる。

「やった♪ 」

 たった1枚。それで満足したらしく、くるくる回りながら後藤はいなくなった。


「なんだ、アレ?」


「ゴトゥーは、……色々残念な子だけど、シュートの決定率が高いん。勘がいいんだよ」

 後ろからニシザーが話し掛けてきた。

「……そうなんだ」

 グラウンドの端でゴトゥーはまだくるくる回っていた。そして、気持ち悪くなったらしく地面に手を着いて四つん這いになったかと思ったら、そのまま地面に転がった。シュートが決まるんならあんなヤツでもいいのか、と首を傾げた。


 それがゴトゥーという謎でなんだか可愛い生き物との出会いだったんだけど、まぁ、どうでもいいや。

 

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