第7話 君がご機嫌になるコーナーキック
「サッカー、初めて見たけど、面白い。バスケとは全然違うなあ」
広くて陽の当たるフィールド。コートと違って、空が見えて風が吹いている。
この解放感が一番大きな違いかもしれない。
「そおか、やっぱりハセガーはバスケやってたんだね」
うんと頷いた。そういえば、まだニシザーに言ってなかったな。
「やってたのはバレーかバスケかなぁと思ってたんだけど、今日のハセガー、バッシュみたいなハイカットのスニーカー履いてるから、そうかと思って」
ああ、と言いながら自分の足元を見た。普段使いのために実用性よりファッション性重視で買ってもらったバスケットシューズだった。
「でも、バッシュでバレーやる人もいるらしいよ」
「えええ、そうなん? 混乱させるなあ」
春の風は少し強い。
「ニシザーってさ、わたしに何にも聞かないんだね。わたしの身長のこともバスケのことも」
「……そうだね」
「わたしに興味ない?」
苦笑いをしながら尋ねると、ニシザーは首に掛かっているタオルマフラーを弄る。
「実は、ハセガーには凄く興味あるん。ハセガーのこと色々一杯知りたいし、教えてほしいん」
その言葉に軽く驚いた。わたしに興味あったんだ。
「でも、ハセガーが何も言わないから、聞かないん」
また風が巻き上がったので、ライトグリーンの帽子を押さえた。
「わたしが何も言わないから?」
「ハセガーに限らないけど、言いたいことがある人や聞いてほしいことがある人は私が何も言わなくても勝手に話し出すしょ。でも、あえて言いたくない人は何も言わないから、興味があっても自分からは聞かない」
「そか」
「でもね、聞いてほしいと思ってて私が尋ねるのを待たれる場合は困る。私、そこまで勘が良くないからさ」
ニシザーがが大きな目をきょろんと動かしてわたしを見た。
「ハセガーは何も言いたくないの? それか私に何か聞いてほしいの?」
逆に訪ねられると戸惑う。
「ああー。んんと、バスケのことは今は言いたくない、かなあ。でも、ニシザーに聞いてほしくなったら言う。バスケ辞めた話」
「うん、待ってる」
「で、身長は175cm」
身長だけは一気に告白した。ニシザーが目を丸くする。
「170は越えてるとは思ってたけど」
「大きい、って言っていいよ」
バスケを辞めてしまった今、身長はコンプレックスだ。……まだ伸びてるし。
「いや、カッコいい!!」
ニシザーは、ばっとわたしの方を振り向いた。
「椅子から、すくって立ったときのハセガーってすっごいカッコいい!にょきにょきって感じがするんだよ」
ニシザーの頬が上気しているのを見て照れてしまう。
そこにフィイ-ッという高いホイッスルの音がして、後半戦が始まったことが分かり、わたしたちは再びピッチのボールを目で追い始めた。
後半は、目の前で何度も選手同士がぶつかり合った。激しくボールを奪い合い、ラインの側、ニシザーの言う右サイドは厳しい状況だった。もう、ニシザーは興奮しっぱなしで、完全にわたしの存在を忘れてヒートアップしてる。ニシザーはこれを見たくて、ここに座ったに違いないと悟った。
前半と後半で陣地が入れ替わるので、今度はライトグリーンのユニフォームの地元チームのコーナーキックを間近で見ることができる。
「…ニシザー、コーナーキックまだ?」
そう尋ねると、ニシザーは顔をしかめた。
「いや、そうは言われましても」
ニシザーが応援する地元チームは果敢に攻め込み、点を入れられないまでもコーナーキックのチャンスは3度あって、うち2回は二人がいるスタンドとは反対側から蹴られ、その2回とも敵は得点を許さなかった。
そして、ようやく3度目のコーナーキックがわたしたちの目の前で行われようとしていた。
17番の背番号を付けた少し小柄な選手がボールを置いて位置を決める。大きく蹴るのか、近くに蹴るのか、浮かすのか、転がすのか、観客がじっと見守る。
わたしは焦りながら、17番の選手の全身がカメラのフレームに入るように大体の構図を当てはめ、ピントをボールの辺りに合わせる。
春の午後の日差しは明るいから、シャッタースピードは上げられるだけ上げる。
カメラが連写モードでシャシャシャと音立てる中、ぱんっと音を立ててボールがゴールの方向に上がった。次の瞬間、カメラのファインダーから目を離してボールを直接目で追った。今のでピントがズレたかもしれない、頭の中をそんなことがよぎったが、それよりボールの行方の方が心配だった。
ゴール前に集まっていた選手たちが一斉に背伸びをするようにボールを追う。
ふわっと上がったボールを敵キーパーの指が弾くと、そのボールをライトグリーンのユニフォームの選手が頭に当てて、キーパーの足元に打ち付け、ボールは跳ね上がってネットに吸い込まれた。
「ったああ!」
ニシザーが立ち上がって両腕を天に上げて吠える。
わたしもそのゴールの瞬間をなんとか目で追えた。
初めて見るサッカーのゴールだった。
「かっこ、いい」
口に出さずにはいられなかった。
結局、その点が決勝点になり、1対0で地元チームが勝った。駅に向かう帰りのシャトルバスの中でもニシザーはまだ興奮していた。
「すごいね、ハセガー、初観戦で勝利を見れたよ!」
その発言はこのチームが余り勝てないという意味だけど、ご機嫌なニシザーは気付いていない。
わたしはわたしでバスの座席でカメラを確認し、そのコーナーキックの瞬間が思った以上に格好良く撮影できたことに気付いて嬉しさが込み上げてきた。スポーツ写真を撮り慣れている人から見たら、まだまだ素人だろうとは思う。でも、ボールが左足にから飛び出す瞬間が切り取れている。
ニシザーがそれに気付いた。
「わああ、これ、プリントアウトできるん!!??」
ニシザーの推しは、コーナーキックをした背番号17番の選手だ。
ニシザーと二人で駅の近くのコンビニに飛び込み、早速、その写真をプリントアウトする。
その写真を見てニコニコしているニシザーを見ながら、今度はニシザーを撮るんだと決意をした。
ボールを蹴るライトグリーンのユニフォームの17番
その姿が、まぶたの下で、
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