第4話 わたしは君にとっても初めての友達かもしれない
「ニシザーを撮らせて」
わたしの唇から、自分でも考えていなかったような言葉が飛び出た。
え?わたし何を言ってんだ? 内心でちょっと焦りながらもそのまま続けた。
「……怪我が治ったら、サッカーやってるとこ、撮らせてもらえないかな?」
ニシザーが大きな目をぎょろんとさせる。
「なんで?」
「撮りたくなったから」
「なんで?」
「分かんない」
「なんで?」
「だから、分かんない」
「……なんで?ハセガーが自撮りした方がよっぽどきれいな写真が撮れると思うん」
逆に理由を尋ねられてしまって、自撮りなんかしたくなくて、今度はわたしが尋ねる。
「なんでよ?」
これでは会話が成立しない。
「ニシザーが嫌なら諦める」
わたしがため息をつくとニシザーがぐるっと目玉を回す。
「絶対に嫌ってわけじゃないけど。ねえ、撮るのはサッカーやってるとこ?」
「うん。可愛い服着てなくても裸にならなくてもいいよ」
にやっと笑って言うと、ばーかとニシザーが歯を見せた。
「ハセガーってカメラ始めたばっかじゃん。実際問題、初心者のハセガーに撮れるん?」
!!
動いている人、それもサッカー。
グラウンドでボールを蹴ってパスし合っている人たちに軽くカメラを向けてみた。
「うぅ」
思わず唸り声をあげた。
遠い。小さい。速い。ボールも人も止まってくれない。ピントを合わせようにも、カメラのファインダーの小さな視界からはすぐにいなくなる。
「……難しそう」
しょげたわたしを見て、ニシザーがくすっと笑う。
「そうだ、ハセガー、今度の日曜日の午後って暇?」
「え? 暇だけど」
「プロのサッカー見たことないしょ?見に行こうよ、J3。カメラ持って」
じぇいすりー?
「ジェイス・リーさんって中国人のサッカーの人?」
その質問に、ニシザーは一瞬沈黙してから、ぶーっと吹き出し、腹を抱えて大笑いをした。あんまりにも笑うので、恥ずかしいようなむかつくようなで困ってしまった。
「それくらい、わたしサッカーのこと分かんないんだけど、それでもいいならいいよ。行こう、次の日曜ね」
ふーっと1回息を吐いて、改めて誘いに乗った。すると、ニシザーの大きな目がくりんと一回り大きくなる。ちょっと驚いたらしかった。
「嬉しいなあ」
ニシザーがにっこりする。何が?と首を傾げる。
「断られると思った。友達とサッカー見に行くの初めてなん。サッカー好きな友達、中学校ん時には誰もいなくて」
「そうなんだ」
『友達』『初めて』というワードが混ざっていたのがなんだか嬉しくて、お腹がもじもじするような気がしながらも、表情は平然を装った。
「捻挫なんかしていいことないって思ってたんだけど、ハセガーと友達になれたのだけは良かったって思う」
さすがに平然を装えなくて、顔が真っ赤に染まるのを感じた。
「こうゆうの、『一期一会』って言うんかなあ」
ニシザーが腕を組んでしみじみと言う。
「ねえ、その言葉、たまに聞くけど、なんで『苺』が関係あるの?」
そう尋ねると、再びニシザーが笑い転げて階段からズルっと滑り落ちた。
流石に、わたしはふてくされて、階段下でも笑ってるニシザーを放って帰ることにした。
でも、手を振るくらいはしてあげた。ニシザーも笑いながら手を振り返してくれた。
許してやるか、可愛いから。
サッカーしている人を撮ってみたいとお父さんに相談してみると、お父さんは突然サッカーに興味を持った娘に驚きながらも、望遠レンズを貸してくれて簡単に使い方を教えてくれた。
「かっこいー」
いつものカメラに望遠レンズを取り付けると、なんだか凄く本格的な感じに見えて、少し嬉しくなった。しかし、その分扱いが難しくなった。視野が狭くて対象を追い掛けるのが大変だし、ピントも思うように合わせられないのだ。
しかも、重い。
思っている以上に難しいことにチャレンジしようとしていることに改めて気付かされた。でも、動き出さなければ何にも変わらない。わたしは、やると決めたら新しいことでも物怖じしない。
土曜日の夜、カメラバッグを兼ねているディバッグにカメラとレンズ、その他の必要な荷物をしまっていると、ちょっと本格的な撮影の感じにわくわくした。
それから、スマホの画像データを開いた。実は、河川敷のグラウンドで写真をニシザーをこっそり撮っていた。1枚だけ。いわゆる隠し撮りだ。
それは、グラウンドをじっと見る横顔。
伏せた目が悔しそうに見える。早く走りたいとその瞳が語っている。
その写真データをカメラから自分のスマホに転送したのだった。
「ニシザーを撮らせて」
河川敷の階段で、思わずそんなことを頼んでしまった。なぜ、そんなことを言ったのか、自分でもよく分からない。
高校に入学して、ようやく同じクラスに話し相手もでき始めた。でも、誰に対しても写真を撮りたいとは思わない。
ニシザーだけだ。
とすれば、わたしはニシザーのこと……
頭を振って、そのことを思考から追い出し、さっさと寝ることにした。
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