第3話 サッカーをしている君の写真を撮ってみたいんだ
「サッカー、大好きなん」
自分の好きなことをさらっと恥ずかしがらずに言えることが羨ましいと思った。
バスが高校前で止まったので、ニシザーから鞄を受け取った。二人で話しているとバスの時間は短かくなるんだ。
「この重いのはカメラなん」
「そう、カメラ。あ、足、大丈夫? 立てる?」
「ん、平気」
松葉杖を使わずにヒョイっと立ち、そのままピョンピョンと片足跳びで降り口に向かっていく。杖を持つと片足でぴょんとバスのステップを飛び降りて着地した。少しもぐらつかなかった。
やっぱり体幹強いな。
「杖なくたって平気なん。大袈裟だよね」
顔だけ振り返ったニシザーは少し恥ずかしそうだった。確かに松葉杖は目立つし。
「無理すんなってことでしょ」
「それ! 無理するなってもう何回言われたか分かんないん」
「ニシザーって無理しちゃうんだ」
そう言うと、図星を付かれたらしく、ニシザーは照れ笑いをした。
バス停近くの校門を通り抜け、並んで歩いて下駄箱へと向かう。ニシザーがサッカー部の話をぽつぽつ話し、わたしはそれを聞いて頷く。サッカーのことは何も分からないけれど、ニシザーの話を聞いているのはなんとなく楽しかった。下駄箱の前で靴を脱いだ時、誰かと一緒に登校したのは高校に入って初めてだったことに気付いた。
1年2組の教室の前で別れる。
「バスの席、ありがとね」
「うん、気にしないで」
ニシザーは手を振ると教室に入って行った。それをチラッと見送って、わたしは顔を上げて自分の教室に向かった。
また、話すことがあったら、友達になれるかな。
____
翌朝のバスでも、またわたしはニシザーに席を譲って、お礼代わりに鞄を持ってもらうことになった。
だから、わたしにとって、
なんでかな
何かが、わたしに、いきなり飛び込んできたような
そんな、感じ。
わたしを見る、あの大きな黒い目。
あれは、わたしの何を見ているんだろうか。
わたしが写真部で使っているカメラは、お父さんから借りているものだ。
なかなか思ったような写真が撮れない。大抵は、いわゆるピンボケ写真で、何が写ってるのかよく分からないものが撮れることが多い。
写真部のパソコンには高価な画像加工ソフトがインストールされているから、わたしが撮った素人丸出しの写真でも、ある程度見れたものになるのはありがたい。しかし、それに頼っていたら、写真が巧く撮れるようにはなれない。
始めたがばかりだけど、巧くなれない、てのは悔しい。
放課後は、一人であちこち歩き回って写真を撮ってから帰る。たまに部室に顔を出して、先輩に加工ソフトの使い方を教わりながら撮った写真をいじる。
始まったばかりの高校生活は、そんなふうにちょっと地味で一人ぼっちだったけれど、それはそれで心地良い静けさがあった。
物足りなくない?
自問自答する。
まだ分かんないけど、つまらなくはないよ。
中学校時代は、部活で走り回っていたら、最後には心が擦り潰された。
技術が上達するのは好きだけど、さして仲の良くない仲間たちとのチームワークに囚われるのは面倒だった。そして、最後は思いもよらないことが起きて勝てる筈の試合に負けた。
だから、辞めた。
いや、もうできない。
高校に入った今、なんとなく写真部に入って、カメラのファインダー越しの世界を覗きながら、何かを探してる。
わたしって何がしたいんだろう?
サッカー、大好きなん。
ふと、ニシザーの言葉を思い出した。わたしには、中学校時代に自分の好きなことに打ち込んでいたと自信を持って言えない。
今日もわたしはカメラをもって校舎を出た。今日は高校の敷地に接している川に向かう。高校は郊外にあり、その近くには1級河川が流れている。
川のある風景、或いは鳥か花か、何か面白いものが撮れないかな。
土手を上がり、川を見下ろすと河川敷のグラウンドがあった。
そのグラウンドの方でからイチニッサーンというカウントを取る女子たちの声がする。
それは、女子サッカー部が練習しているところだった。
ニシザーが河川敷のグラウンドが練習場だと言っていたことを思い出して、わたしはグラウンドを見渡して、見学してるであろうニシザーを探した。
すると、グラウンドのベンチではなく、土手からグラウンドに降りるセメントの階段の途中でグラウンドを見下ろすように座っているニシザーを見付けた。
つまんなさそう
ニシザーの横顔を見て思った。
ニシザーは朝のバス通学の間だけの友達。ニシザーがバスに乗ると、わたしは席を譲り、後はそれぞれの高校の教室の前まで、とりとめのない話を二人で交わす。出会って1週間ほど過ぎると、ニシザーは松葉杖を持たなくなり、ぴょこぴょこと捻挫した方の足になるべく体重を掛けないようにして歩くようになった。
足が治ったら朝練に出るので同じバスには乗らなくなる。ニシザーと話す機会がなくなるのは寂しいけれど、元気にサッカーをしているとこも見てみたかった。
「ニシザー」
声を掛けると、土手の階段に座っていたニシザーは振り向いて、少しだけ目を大きくしてから笑って手を振ってきた。
「ハセガー、何?撮影しに来たん?」
頷く代わりにカメラを見せた。
「バス以外で会うの初めてだね、隣座っていい?」
盗撮女とか、馴れ馴れしいとか、思われてたら嫌だなあ。そんなわたしの不安をよそに、ニシザーは隣に座れと言うように腰を横にずらして座るスペースを空けてくれた。
「ハセガーは、どんな写真を撮るん?」
「んんー、まだ始めたばかりだから、どんなって言われてもね」
スマホを出して、加工した写真を見せる。
学校や自宅周辺で撮った桜や空。
水浴びするスズメ
「こんな感じの」
「……へえ、きれい」
ニシザーがわたしのスマホを覗く。耳に掛かっていた髪が落ちると、また耳に掛ける。
「時間を切り抜くみたいなん」
そう呟いた。
日に焼けた肌。大きな目。制服のスカートからはみ出た筋肉質の足。
ひと目で分かる体育会系の外見なのに、少しそぐわないような口調と言葉遣いをする。
そういう自分も中学校までは運動部で、そのせいだけではないけど、どうにも言動が粗野で、女らしさというか繊細さを欠いている。運動部だから、なんていうのは偏見だって分かっているけれど、それにしてもニシザーは、外見と中身に少しギャップがある。
少なくともわたしが遣う言葉より、ニシザーの遣う言葉の方がきれいだし、独特の言い回しがなんだか可愛い。この1週間、バスで話しててそう思うようになってた。
「ねえ、ニシザー」
声を掛けると、ニシザーは、スマホの写真から顔を上げてわたしを見た。
「ニシザーを撮らせて」
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