第23話 結ばれた二人

 ――リリィティアが死ぬかもしれない運命の日。

 真百合はリリィティアと行動しなかった。代わりに誘ったのは胡桃だった。


「真百合ちゃん、今日なんだよね、リリィティアさんの身に何か起きるのは……」

「うん。でも今日は胡桃を誘ったんだから今はそのことは忘れよう。胡桃との時間を大切にしたいから」


「真百合ちゃん……」


 実際の所、リリィティアのことも気になるが、自分が側にいれば却って危険な目にあわせてしまうかもしれない。文乃の話が本当なら真百合に告白した時点で彼女の命運は尽きてしまう。だったら今は胡桃のことだけを見つめようと考えたのだった。


「じゃあ私と真百合ちゃんとのデートだね」


「デートって……」


 いつもなら何馬鹿なことを言ってるのと茶化すのだが、今日はなぜか赤面して言葉が出てこなかった。


「真百合ちゃん、どこか行きたいとこない?」


「私は別に……。ただ胡桃と二人で遊ぶのもいいかなと思っただけだから。胡桃が行きたいとこあるならついてくよ?」


「そう? じゃあこっち」


 そう言って胡桃は真百合の手を引いた。彼女と手を繋いで歩いた幼少期を思い出す。あの頃は引っ込み思案だった胡桃の手を引いて真百合がしょっちゅう連れまわしていた。

 「今日は逆だな」などと考えている間に胡桃の足は止まった。


真百合達が顔を上げると、すぐ近くにある中学校があった。真百合達の母校である。グラウンドでは部活動にいそしむ生徒が見える。


「中学生になったら何か変わるかもって思ってたけど……何も変わらなかったよね。私達……」


「うん、胡桃がいつも一緒にいたから。でも中学生になってから胡桃男子からモテるようになったんだよねぇ」


 ジト目で胡桃を見つめる真百合。お転婆だった真百合は異性というより気の知れた友達という風に見られていた。反対に女の子らしい胡桃は男子たちの憧れだった。影から胡桃が告白されているのをよく見ていたし、ラブレターらしきものが靴箱にあったのも確認した。だからこそ今回もラブレターを貰ったのだと思った。だが今回は中学の時より危機感があった。幼馴染に嫉妬してるとかではない。どこか遠くに言ってしまうような気がしたからだ。


「私はいつ胡桃に彼氏ができるか気が気じゃなかったんだけどね。何で彼氏作らなかったの? 先輩からも告白されてたでしょ」


「私は……興味なかったから」


 胡桃は視線を合わさずに言った。


「ふーん。でも昨日貰ったラブレターにはすぐに反応してたじゃない?」


 ちょっと意地悪に言ってみると胡桃は驚いたように目を見開き、そして笑った。


「あははは、真百合ちゃん。あれはラブレターじゃないよ」


「嘘だ。すっごい可愛い封筒だったじゃん」


「だから差出人は女の子だよ?」


「はっ! まさか胡桃も女の子とフラグが……。お互い苦労するよね」


「違うよ。そういうのじゃなくて、差出人は真百合ちゃんのよく知ってる子だよ」


真百合はまだわからないようで首をかしげる。


「リリィティアさんだよ」


「へ? リリィ?」


 意外な人物の名前が出て真百合は言葉を失った。


「どうしてリリィが胡桃に手紙を?」


「ちょっとお話してただけだよ。実を言うと今日真百合ちゃんを誘おうと思ったのもリリィティアさんに背中を押してもらったからなんだ」


「そう……なんだ」


「うん! 文乃ちゃんやリリィティアさんと親しくなってから、真百合ちゃんと二人きりの時間ってあんまりなかったでしょ? だから気を遣ってくれたみたい」


 そう言うと胡桃はまた真百合の手を引いた。


 二人は思い出をなぞるように住み慣れた町を歩く。

 次に二人が訪れたのは小学校だった。もう下校時間はとうに過ぎているので小学生の姿はなかったが、たまたま校長先生が二人を見つけたので中に入れてもらえることになった。


「二人ともすっかり美人になったわねぇ」


 お婆さんの校長先生は真百合達の成長ぶりに満足したようだった。


「園崎さんはお転婆だったのに」


「今でもお転婆だけどね」


「こら、胡桃……」


 真百合は顔を赤くしながら幼馴染に突っ込んだ。


「あらあら……」


 そんな二人のやり取りを見て校長先生は楽しそうに笑った。

 真百合達は現在の小学生の習字や図工の作品を見ながら廊下を歩く。


「改めて小学校に入ると物が小さいね。天井も低いし……」


「そうだねー。小人の国に迷い込んだみたい」


「ふふふ、それはあなた達が大きくなった証よ」


「そう言えば胡桃はよく男子にちょっかいかけられてたっけ……」


「うん、いつも真百合ちゃんが守ってくれたよね」


「昔から男の子というのは好きな子にチョッカイをかけたがるものよ」


 ふと見ると、廊下に出された机に落書きがあった。それは机を削って書かれた相合傘だった。相合傘のマークの下には真百合と胡桃の名前があった。


「ふふふ、私も子供の頃に好きな子の名前で書いたりしていましたが、あなた達は意味を知らずに『仲良しの証』にやってましたよね。意味を教えてあげたら赤面しちゃって」

「先生……昔のことはいいです」


 真百合達は過去の間違いを指摘されて恥ずかしがった。

 それから世間話をして校長先生とは別れた。


「変わってなかったね先生」


「うん、良い先生だった」


 歩いている内に一軒家の前を通った。その家の庭では鎖で繋がれたヨボヨボの老犬が大人しくしている。


「ここの犬……怖くて前を通れなかったんだよね」


「あー、いっつも吠えてたなー。それで胡桃が泣いちゃって」


「真百合ちゃんが木の枝で追い払ってくれたんだよね」


 当時を懐かしみながら老犬を見つめた。


「あんなに吠えてた犬が今ではこんなに大人しくなっちゃって」


「時が経つのってはやいね」


 二人は犬の前を通って駄菓子屋さんに来た。

 店主のおばちゃんは真百合達が子供の頃に来ていたときより老けていた。


「いらっしゃい」


 しかしその朗らかさは相変わらずだった。


「あ、真百合ちゃん。このお菓子覚えてる?」


 胡桃が差し出してきたのは駄菓子屋の中では高いお菓子だった。その代わり当たれば何円か分別のお菓子を貰えるというものだ。


「懐かしいなー。一人では買えないからって二人で出し合って買って半分個したんだっけ」


「そうそう。それで当たりが出て二人でどのお菓子にするか悩んだんだよねー」


「結局当たり分をオーバーするくらい選んじゃっておばちゃんにオマケしてもらったんだよね」


 胡桃はそのお菓子を買ってきた。


「また半分個しよっ!」


「いいけど」


 期待半分でくじを確認すると『はずれ』の文字が記載されてあった。

 昔と同じようにはいかないようだ。


「今日はハズレだったね」


「でも思い出はプライスレス」


「ふふっ、何それ」


駄菓子屋の次に連れてこられたのは公園だった。子供の頃よく遊んだ公園である。見てみると、遊具の数が減っている。だが変わらず残っている遊具もあった。


「真百合ちゃん、覚えてる?」


「うん? ここで胡桃とよく遊んだよね」


「そうじゃなくてこの公園は……」


 胡桃は視線を動かしながらもぞもぞしていた。この公園に何かあったかと思ったが、よく思い出してみると自分たちにとって重要なイベントがあった。


「そう言えば胡桃と初めて出会ったのもこの公園だったっけ」


 ずっと昔、小学校に上がるか上がらないかくらいの時。

 真百合は母親によくこの公園に連れてきてもらっていた。そして同じ年頃の子達と鬼ごっこやらなにやらして遊んでいた。その時、砂場で一人泥団子を作っていたのが胡桃だった。真百合は最初邪魔しないようにしていたが、彼女が時折自分達の方を羨ましそうに見つめているのに気が付いた。


「一緒に遊ぶ?」


「……うん!」


 誘ってみると彼女は嬉しそうに笑った。


「あれから私は皆の輪に入ることができた。真百合ちゃんが誘ってくれたから」


「話してみると結構おしゃべりな子で驚いたっけ」


 胡桃は真百合の手を握る。

 真百合もその手を握り返した。


「今日は自分の気持ちを確かめたくて子供の頃のスポット巡りをしようって思ったの」


「自分の気持ち……」


 それは真百合も同じだった。真百合も心の中のモヤモヤの正体を探るために胡桃を誘ったのだ。そしてその正体は徐々に分かりつつあった。


(私は胡桃のこと……)


「真百合ちゃん」


 胡桃は潤んだ瞳で見つめてきた。その視線が何かを求めるようで。真百合はそっと顔を近づける。安心したように目を閉じる胡桃。

 自分に全てを委ねる幼馴染の巣がを間近で見た真百合は突然我に返った。


「ごめん! ちょっとトイレ。すぐ戻るから!」


 いつも一緒にいることが当たり前になっていた幼馴染。だが一度意識すると変な緊張感があった。


「リリィティアのことも気になるし、大丈夫かな」


用を足して公園のトイレから出ると、見慣れた金髪の少女が立っていた。


「リリィ……?」


「どう? 胡桃とのデートは?」


「デートって……そんなんじゃ……」


「少なくても胡桃はそのつもりよ」


「胡桃をけし掛けたのはリリィね。一体どうしてこんな……」


 すると、リリィティアは突然真百合の肩をガッシリとつかんだ。


「真百合! ごまかさないで! ちゃんと見つめてあげて胡桃の瞳を。ちゃんと聞いてあげて胡桃の声を」


「でも……」


「自分の気持ちに正直になると楽になるわ」


 確かにリリィティアの言うように自分の気持ちに素直になれたら胡桃との関係は楽だろう。だがそれで楽になるのは真百合と胡桃の二人だけだ。何度失敗しても助けたかったリリィティアは蚊帳の外だ。どんなにやり直しても真百合を好きになってくれた彼女は一人になってしまうのだ。そう考えると言葉にせざるを得なかった。


「でも……リリィ。私はある人を助けないといけないの。その人を置いて幸せになるなんて……私にはできないよ。その人は何度も私を愛してくれた。好きだと言ってくれたんだ」


 この期に及んでリリィティアの心配をする真百合にリリィティアは驚いた。だから微笑みかけた。


「大丈夫。その人は十分幸せだから。それにあなたが助けたい〝その人〟はあなたに告白しなければ助かるはずよ。だったら〝あなたが本当に好きな恋人〟を作れば全部上手くいくはずよ」


「リリィ……もしかして……」


 何か言いかけた真百合だったが途中で口を噤んだ。ここで追求するのは無粋だというのは分かっていたからだ。


「ありがと。リリィ」


 短くお礼を告げた真百合は胡桃の下へ駆け出していく。

その時、ふと脳裏に思い出が蘇ってきた。

最初はこの公園で胡桃と遊ぶありふれた光景だった。

だが公園で遊ぶ幼少期の真百合達が縁結びの神社へ向かう光景が徐々に再生されていく。笑顔で話す二人は何かに文字を書いていた。


「まゆりちゃん、おおきくなったらケッコンしようねっ!」


「うん。くるみをわたしのおよめさんにするぅ」


「そうだ……私はあの時……」


 過去の情景を鮮明に思い出した真百合は胡桃の腕を無理やり引っ張った。


「真百合ちゃん!?」


「ごめん。胡桃。今度は私に付き合って!」


 遠い日の思い出を追いかけて二人は公園から出て行く。

 きっと二人しか理解できない世界に向かったのだろう。

 リリィティアは真百合の背中が見えなくなるまで見送ると深い溜息をついた。


「あーあ、振られちゃった……」


 涙が頬を伝う。想いを伝える前に終わってしまった儚い恋を偲ぶように。

 せめて自分の気持ちを言葉にできればよかったが、言葉にしてはいけなかった。けれど真百合はその想いを理解してくれているはずだった。この世界ではない自分が何回も真百合に告白したのだから。


「でもいいんです。貴女はどんな時も〝リリィ〟と呼んでくれたから」


たまたま文乃が公園の傍を通った時、すぐに号泣するリリィティアの存在に気づいた。

 公園で一人泣いている外国人のリリィティアは目立っていたのだ。


「リリィ、どうしたの? 悲しいことでもあったの?」


 文乃はハンカチで涙を拭ってくれる。

リリィティアはたまらず彼女の胸に顔を埋めた。


「Sorry. 少しだけこのままでいさせて……」


 リリィティアの失恋は今までになかったことだ。

 タイムリープ前には告白に返答する前に彼女の命が潰えていたのだから失恋のしようもなかった。今までになかった運命が動きだしていた。

真百合が向かったのは神社だった。胡桃が願って真百合の度重なるタイムリープのきっかけとなった縁結びの神社だ。


「真百合ちゃん、ここって……」


「思い出したんだ。今やっと」


 真百合はいつか見た古ぼけた絵馬がかけられた場所まで行く。文字が掠れて読めなかった絵馬だ。その絵馬を取って『結婚できますように』と書かれた文字をじっくり眺めた。


「これ……。私と胡桃で書いたヤツだよね」


「真百合ちゃん、覚えてたの?」


「今、思い出したんだよ。小さい頃、結婚って制度自体を理解していなかったときに「ずっと一緒にいよう」って願いを込めて一緒に書いたんだよね」


「うん。あの頃から私は真百合ちゃんが好きだった」


「胡桃……」


「でも女の子同士だし、この感情はおかしいと思って心の中に押し込めてたの。周囲にどう思われてもかまわないけど、真百合ちゃんにだけは嫌われたくなかったから」


 そうだとしたら胡桃は誠也との恋愛相談をどんな気持ちできいていたのだろうか。考えると胸が締め付けられた。


「気持ちを打ち明けて嫌われるくらいなら仲の良い友達同士でいようって……。でも私……、心のどこかで真百合ちゃんを誰かに取られたくなかった。だから遊園地以来リリィティアさんと真百合ちゃんが仲良くなってるのを見て嫉妬してたの」


 胡桃は涙をぬぐいながら言った。

 そんな胡桃を見てリリィティアの「自分に正直になれ」という言葉を思い出した。


「私もそう。胡桃のこと……大切に思っていたのに、幼馴染っていう気持ちに全部押し込めちゃってた……」


 自分の心境を語る真百合を胡桃が抱きしめた。


「真百合ちゃん、大好き。出会った頃からずっと」


「私も大好きだよ。出会った頃よりずっと」


 見つめ合う二人はどちらからともなく顔を近づけ、そっと唇を重ねる。

 近すぎたが故に交わらなかった二人の運命が交差した瞬間だった。

 どれだけそうしていただろうか。小鳥の囀りで時間の流れを思い出した少女達はハッとして笑い合う。愛を確かめ合った二人はしばらく手を繋いで座っていた。

真百合は空いた手に握りしめた絵馬を見て一つの提案をした。


「胡桃、もう一度絵馬を書こうよ」


「え?」


「今度は消えないようにさ」


「うん!」


 二人は遠い昔に書いた絵馬の名前部分を自分の名前で上書きしていく。それは色あせた思い出を彩るように同じ決意だが昔よりも強い意志で自分の名前を書いた。

 書き終わった二人は笑い合って絵馬を二人でかけ直した。


「誰かに見られても構わない。私はこの決意を恥ずかしいなんて思わない」


「うん。今なら私も胸を張れるよ」


 その絵馬は昔とは違い、一番目立つ位置に掛けられていた。自分たちの強い意志を世界にアピールするように―――。


『真百合と胡桃が結婚できますように』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る