第15話 昨日の敵は今日の友

 露骨に避けると波風が立つので胡桃や文乃が同席するときは普通に接してはいたが、二人キリになることを極力回避したのである。ペアを組む授業では胡桃や文乃など別の友人と組むことにし、たまたま二人キリで話す機会ができればトイレなどを理由に席を立つ。

 文乃は元々人見知りなので友人関係の変化の機微には鈍感だった。胡桃は真百合の意思を尊重して調子を合わせてくれている。だから傍から見れば真百合がリリィティアを避けているようには見えなかった。

 しかしそんな態度が毎日続けば流石に本人が感づかないわけがない。

 ある日、リリィティアが教室でいきなり嗚咽し始めた。


「どうして……どうしてよ、一緒に遊んだりしたのに……」


 唐突に涙を流す彼女に教室中の視線が釘付けとなる。当然、真百合の想い人である誠也も心配そうに様子を伺っている。

まさか泣かれると思ってなかった真百合は激しく狼狽した。


(まずい、このまま私が泣かせたと知られれば誠也君からの好感度が暴落する!)


 真百合は、リリィティアを気遣うふりをしながら彼女を教室の外に連れ出した。他に人目のないことを確認するとハンカチを差し出す。


「ご、ごめんね。ちょっと色恋沙汰が上手くいかなくて悩んでただけなの。それで冷たくしちゃったかもしれないけど、他意はないの!」


 まだ告白されてもいない相手に対して「好意を持たれると困るから距離を置いていた」とは言えない。仮にタイムリープの話を今打ち明けたところで質の悪い冗談だと激怒されかねないだろう。苦し紛れの言い訳だった。


「ちょっと八つ当たり気味になっちゃったのは謝る。ほら、リリィと誠也君は仲が良いからさ。嫉妬してたっていうか……」


「私、誠也から身を引くって言ったよ? ちゃんと約束守ってるし……」


「……うん。それは分かってるんだけど、誠也君から急に距離とられちゃったからさ。もしかしたら彼、リリィに気があるのかと思って。リリィは美人だしさ!」


 恋愛脳で不器用になっていただけで自分を嫌った訳ではないと分かったリリィティアは涙を拭った。段々と落ち着きを取り戻していく。

 やがて安心したリリィティアは自分を避けないことを条件に謝罪を受け入れてくれた。


「もう、真百合は誠也のことになると周りが見えなくなるんだから」


「ごめん。彼との仲が進展しないことに焦っちゃって」


「仲なら進展してるよ。……誠也は親密になった人なら誰にでも一旦距離を置くわ。だから真百合はちゃんと前に進んでるし焦らなくていいよ」


 仲良くなったら急に距離を取るのは真百合だけではなかったのだ。一度振られているリリィティアも同じ経験をしていた。考えてみれば誠也は誰とでも仲良くなれる代わりに特定の親友という立場を作っていなかった。意図して作ろうとしていないのだ。

 真百合はそこにこそ自分が振られるヒントがあるのではないかと仮定した。


「なんか視界が開けた気がするよ」


「そう、よかった。私は貴女の恋を応援してるから」


 彼女は一度誠也に失恋している。それでも真百合の力になろうとしてくれているのだ。そんな彼女が自分に惚れているかもしれないと誤解し、避けていたことが恥ずかしくなった真百合は埋め合わせを兼ねて遊びに誘うことに決めた。


「ありがとう。リリィティア、仲直りの印にまた今日遊びに行かない? 今度は私が奢るし」


「え? いいの?」


「うん、誠也君の思い出話とか聞かせてよ」


 その日の放課後真百合はリリィティアと町に出かけた。

胡桃と文乃も誘ったがどちらも都合がつかなかったので、結果的に二人キリになってしまった。胡桃はまた恋愛フラグが立たないか心配そうだったが、問題ないと笑い飛ばした。


「リリィは私の恋を応援してくれるってさ」


「それならいいんだけど……何かあったら連絡してね」


「胡桃は心配性だなぁ……でもありがと。気持ちだけ受け取っておくわ!」


以前遊園地に誘われた時も好意を向けられたかと焦っていたが結局杞憂で終わった。

今までが特殊だっただけで女の子同士で恋に落ちることは滅多にないのだ。

文乃は友達付き合いに慣れていないために友情と愛情の境界線が曖昧になっていただけであり、香織は元々同性愛者だった。そして二人共窮地を救われるというつり橋効果があって想いが爆発しただけなのである。


(リリィティアは元々誠也君を狙っていたわけだし、女の子は恋愛対象外のはず。普通に接すればいいのよ)


 間違いが起こるはずがない、と自分を納得させて歩を進める。

 実際隣を歩くリリィティアからは恋慕のような感情を感じることはなかった。

 手も繋いでこなけえれば、不必要なスキンシップもなかった。

 一度距離を置かれた経験から遠慮しているようだ。

 おかげで余計な懸念を抱くことなく、ただの散歩が心地よかった。


「改めて見てみるとこの町にもいろいろなものがあるわね」


「そりゃあね。人口の多いところにはそれなりの店が充実してるでしょ」


 リリィティアはポケットを弄って何かを取り出した。


「そう言えばいつか返し損ねてた髪留めがあるんだけど」


「あぁそれ? 別にいいよ返さなくても。欲しけりゃあげるし」


「そう? このデザイン気に入ってるから、ありがたくもらっておくわ」


 リリィティアは真百合の髪留めをそのままはポケットに仕舞いこんだ。


 それから真百合達はショッピングやカラオケ、ゲームセンター等、女子高生定番のスポットを巡った。互いに似合う衣装を探し合ったり、恋愛ソングを熱唱したり、取れそうで取れないUFOキャッチャーに一喜一憂したりと濃密な一日を満喫した。


「リリィっていい奴だったんだね」


「あら、今頃気づいたの?」


「うん。でも……だからこそ自信なくなっちゃうなぁ。美人で性格も良いリリィですら振られちゃうんだもん。今の私が誠也君に告白しても玉砕しそう」


「……そればっかりは誠也次第だからね。ただ一つ言えることは誠也は何か隠してるってこと。私を振ったのも、他人と深く付き合おうとしないのもそれが理由だと思う」


「隠すって何を?」


「それが分かれば苦労しないわ。彼の隠し事さえ分かれば真百合の恋も成就するかもね」


 誠也が隠す事情を知り、彼の心まで理解したものだけが彼と結ばれるのだろう。

 だからこそ誰かを頼ることはできない。自分自身の力で真相に辿り着かなければならないのだ。神妙な顔で悩む真百合の背中が叩かれる。


「大丈夫! 真百合ならきっと彼のハートをゲットできるから! 明日からの恋愛を頑張るために今は英気を養いましょう!」


 真百合は差し伸べられた手を取る。

 笑い合う二人には確かな友情があった。


一通り楽しんだ真百合達はカフェで休憩することにした。

有名なフランチャイズ店であるためオーダーに迷うこともない。真百合は「抹茶オレ」リリィティアは「カフェオレ」を頼んで席に着いた。

 オーダーを取った店員さんが去っていくと、リリィティアが小声で尋ねてきた。


「抹茶オレって日本に来てからよく見るけど……美味しいの?」


「あ、そっか。リリィは海外暮らしが長いから馴染みないかもね。結構海外でも普及しだしてるはずだけど……」


「抹茶って渋くて苦いイメージがあるから嫌厭してたの」


「それは損してるよ~。私のお気に入りなんだから」


 しばらくして二人の飲み物が運ばれてきた。リリィティアの視線は自分が頼んだカフェオレではなく、抹茶オレに釘付けだった。真百合が口をつけ始めた時でさえもリリィティアは真百合が飲んでいる緑の飲料水を凝視していた。


「そんなに気になるなら飲む?」


「いいの!?」


 目を輝かせたリリィティアはむしゃぶりつくように真百合のストローを咥えた。

「ちょっ! 自分のストロー使ってよ」


「んんしぃー(おいしい!)」


「リリィ! それ私の!」


 止めている間にもコップの水嵩はみるみる減っていく。

彼女がストローから口を外したのは全てを飲み干してからだった。


「Sorry. あまりに美味しかったから……」


「むー……」


 食い物の恨みは恐ろしいというが真百合は親の仇でも見るかのような目でリリィティアを睨み付けた。


「か、代わりに私のカフェオレをあげ……」


 リリィティアが言い終わるよりも前に彼女のコップを強奪すると、真百合は一気に飲み干した。だが抹茶オレは諦めきれなかったようで結局二杯目を頼んでしまった。

 過剰な水分摂取が膀胱に襲い掛かるのは時間を置いてからである。

案の定、店を出てから近くの公園を通過する頃に尿意を催してしまった。


「うぅ……ごめん、ちょっとトイレ……」


「仕方ないわねぇ。早く終わらせてよ」


公衆トイレがあるタイプの公園だったのが幸いだった。


リリィティアは真百合が戻るまで近くのベンチで休むことにした。

そして真百合達との思い出を懐かしむようにここ数日の出来事を回想する。


「ふぅ……。真百合と出会ってからいろんなことがあったわね……」


はじめは誠也に好意を寄せているのが丸わかりの子だと思った。自分が以前誠也に振られていたので少し揶揄いたくなってしまった。その結果ライバル視されたようで何かと張り合ってくるようになった。自業自得ではあるが、少し意地悪な子という認識に至った。

認識が変わったのは遊園地で遊んでからだ。


真百合は病院での妹に手術を踏み切らせるために色々と頑張ってくれた。自分の隠していた醜い感情さえ受け止めてくれた。おかげで姉妹仲は以前よりよくなり、妹も元気に学校に行くようになった。今では一家で日本の生活を楽しむようになっている。


「改めて付き合ってみるといい子だね」


 思い返せば真百合は行動力のある子だった。リリィティアには心を開ききらなかった文乃も真百合が手を引くことで心を開いた。一緒に遊んだ時には、以前には見せなかった笑顔も見せてくれるようになった。

さらに、恩のある先生が悪い男に引っかかるのを最善の方法で阻止したこともあった。


「でもなんで真百合は私の実家が資産家のことも、先生のお見合いにお金関係が絡んでいたことも知ってたんだろう?」


 察しの良いところもあるのかもしれない。積極性があってミステリアスな部分もある真百合といると退屈することはなかった。幼馴染の胡桃がいつも一緒にいる理由もわかる。


「早く帰ってこないかなぁ。折角二人キリなんだからもっと楽しみたいのに」


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