第14話 悪魔の尻尾
――放課後、四人は学校からそのまま真百合宅へ直行した。
玄関の扉を開ける真百合達を出迎えたのは真百合の家族ではなかった。
「あ、お姉ちゃん」
「アリアンナ? なぜあなたが真百合の家に?」
「百合菜とお友達になったんです」
どうやらアリアンナは百合菜と同じ学校に進学できたようである。会釈する百合菜が真百合の妹であることは一目瞭然であるため紹介はスムーズに終わった。
アリアンナはもう病人と言う身分に拘ることもなく健常者としての人生を歩みだしていたようだ。明るい年相応の笑顔を見せてきた。
「百合菜、アリアンナちゃんはどんな感じなの?」
「どんなって、見た目が目立つしコミュ力高いからクラスの人気者だよ!」
「えへへー、今日は百合菜に勉強を教えてもらいに来たんです。一応自習はしていたのですが、若干遅れているみたいで……」
百合菜の手には参考書があった。本当に勉強会を開いているようである。しかし百合菜の普段の成績を知っている真百合としては先生役が務まるか不安が残った。
「百合菜が勉強ねぇ。教えられる程頭良かったっけ?」
「お姉ちゃん! 揶揄うならあっち行って」
年下組は応接間で勉強するようだ。 百合菜に背中を押されて二階に上がる真百合。
遠慮がちについてくる友人三人を部屋に案内する。
室内は綺麗に整理整頓されていた。
壁にはアイドルのポスターや、ゆるキャラのカレンダーが張られており、棚には漫画とぬいぐるみが綺麗に飾られていた。
隅々まで部屋を見渡したリリィティアが一言呟く。
「今日は攘夷ポスターはないの?」
「とっくに片付けたわ!」
以前は外国人差別ともとれる過激な内容のポスターが部屋中に張ってあった。
だがリリィティアと誠也に見られてしまい冷や汗を流す事態になったため流石に剥したようである。
各々床やベッドに腰かけて落ち着いた所で全員黙ってしまった。
胡桃とはよく部屋で話をしているが内輪ネタが多い。普段はどちらからともなく話を振って盛り上がれるのだが今は四人だ。全員に共通する話題を模索してみるが中々みつからない。
「げ、ゲームでもする?」
引っ張りだしてきた家庭用ゲーム機にはコントローラーが二つしかなかった。
普段は胡桃しか来ないため二つで十分であるが四人いれば二人余ってしまう。全員が乗り気ではなかったため真百合は黙ってゲーム機を棚に戻した。
「四人でできる遊びって何があるかな……?」
「皆で本を読むとか……? 真百合の部屋の本興味深い」
「気になるのがあるなら帰りに貸してあげる。折角集まったんだし一人ではできない遊びとかやりたいわね」
「うーん、意外と思いつかないかも。そうだ! リリィティアさんの故郷とかで流行ってる遊びとかあったら教えてくれない?」
「……昔ファミリーでやったのは『悪魔のしっぽ』かしら?」
真百合達は聞き慣れない単語に首を傾げた。
リリィティアの説明によれば、海外の子供達の間では結構有名な鬼ごっこらしい。
鬼役は紐か布状の何かをズボンやスカートに挟みこんで悪魔の尻尾のようにする。
他の参加者が逃げたらゲームスタートだ。鬼にタッチされた人は退場となる。他の参加者達は捕まらないように気を付けながら鬼役の尻尾を引き抜くという遊びのようだ。
「尻尾を引き抜かれたら鬼の敗け。逆に全員が鬼にタッチされてしまったら鬼の勝ち、という遊びよ」
「面白そうだけどそれ室内でやる遊びじゃないでしょ?」
「No problem! 四人なら室内でもできるわ。試しにやってみましょう! 誰か紐か布みたいなの持ってないかしら?」
「ベッドの下にあったよ」
床に座っていた文乃が偶々見つけたのは黒い布きれだった。靴下か何かだと思ったのだろう。両手で広げた瞬間、文乃は硬直してしまった。
非常に面積の小さく薄いその布は靴下ではなく下着だったからだ。レースが細かいが官能的な意匠であり、『彼氏を悩殺』などと怪しいタグが付いている。俗に言う勝負下着だった。それは真百合が若気の至りで買った後扱いに困ってベッドの下に隠したものだった。
「未使用な下着かぁ。布には違いないしそれを使いましょう」
「ハァ!? リリィ、アンタ頭大丈夫!? 私の羞恥心を弄ぶ気なの!?」
「屋外だったら問題だけど部屋の中だし、平気平気。私もパンツ使ったことあるし」
まずはお手本を見せるとリリィティアが鬼役に立候補し真百合の勝負下着を何の躊躇いもなく腰に挟んだ。
「ちょっ、私はまだ許可してないわ! 下着を返しなさいったら!」
「ゲームのルールに乗っ取って奪い取ってみなさいな。ほら」
破廉恥な勝負下着を取り戻すためには金髪の小悪魔から尻尾を引き抜くしかないのだ。なし崩し的にゲームに巻き込んまれてしまった。
「ごめん、真百合。私が取り戻すから」
責任を感じた文乃が最初に仕掛けた。
相手の死角から滑りこむように尻尾を掴もうとする。
見事な奇襲ではあったが、運動神経が良いリリィティアには通じなかった。超人的な反射神経で文乃の手を躱して逆に彼女の尻にタッチしてしまう。
盛大に転げた文乃はルールに従っているのか羞恥心からかその場を動こうとしなかった。
「まずは一人目ね。バラバラに狙って来たら勝てないわよ」
「くそっ! 正攻法では尻尾を掴むより鬼のタッチの方が早いのか」
「真百合ちゃん! 協力して大事な勝負パンツを取り返そうよ!」
「そうね、幼馴染のチームワークを見せてやろうじゃない!」
真百合と胡桃は阿吽の呼吸でリリィティアの追撃を回避する。
そして眼で合図してお互いのポジションを決める。運動神経が良い方の真百合が囮となり、胡桃が尻尾を取る役になったのだ。
しかし中々勝負は決しなかった。狭い室内で逃げ回っているために上手く身動きがとれず互いに決定打を与えられなかったのだ。二対一を維持したまま参加者の体力だけが削られていく。
「ハァハァ……、真百合もそろそろ限界なんじゃないの?」
「……そうね。けど、次で終わりよ!」
真百合は敢えて鬼が捕まえやすい隙をつくった。リリィティアはそれが陽動だと分かっていても捕まえに行こうとする。
その一瞬の隙を見逃さなかった胡桃が見事に勝負パンツを抜き取ったが、三者共に勢いづいてしまったために態勢を崩してベッドに躓く結果となった。
「お姉ちゃんうるさい! 暴れるなら外でやってよ!」
どうやら鬼ごっこが白熱してしまい、一階まで走り回る音が聞こえていたらしい。
勉強会を邪魔された百合菜が怒鳴りこんできた。
そんな百合菜が見たのは姉がリリィティアに押し倒される姿だった。
散々駆け回った後なので二人の息は荒く頬は紅潮し、服は乱れている。
その背後で勝負パンツを手に持つ胡桃は誰かの下着を脱がしているように見える。
傍から見れば女子三人で如何わしいことをやっていたように誤解を受けかねない構図になっていた。思春期真っ盛りの妹は勿論盛大に誤解することになった。
「その……えっと……室内でしかできないのは分かるけど、もう少し弁えてよ!」
盛大な誤解をしたまま百合菜は一階に逃げてしまった。
客観的に自分達の姿を検めた真百合達は急に恥ずかしくなり、互いに距離をとって姿勢と制服の乱れを正した。
「悪魔の尻尾は引っこ抜いたから私達の勝ちね」
勝ち誇る真百合は胡桃の手から目的物を受け取る。しかし自慢の勝負下着は鬼ごっこで盛大に引っ張られていたためにゴムが伸びて使い物にならなくなっていた。
「あぁ! 私のパンツが! これを取り戻すために頑張ったのにぃ~」
「どうせ使う予定なかったでしょ」
「余計なお世話だよ!」
試しに履いてみるまでもなく真百合のサイズに合っていないのは明らかだ。
古着は中古品として売ったり、裁縫材料にしたりできるが、下着はもう捨てるしかない。初めて買った勝負下着は結局一度も履くことはないまま役目を終えてしまったのだ。床に打ち捨てられた挑発的なレースが物悲しく感じてられる。
「せっかくだし、これを使ってハンカチ落としでもしよっか」
「いつまでリサイクルするつもりよ……」
結局無難にボードゲームやトランプに興じることになった。
途中で勉強会を終えたアリアンナ達も混ざって中々充実した一日となった。
恋愛事情は大して進んでいないが、青春の一ページは確実に刻んでいる。
日々が充実しているからか最近はタイムリープが発動しない。
「じゃあまた学校で」
「……バイバイ」
「「Good bay」」
夕闇の中オルドリッジ姉妹と文乃は帰っていった。
見送りを終えた頃、不意に胡桃が懸念を告げた。
「リリィティアさん、なんか最近積極的だよね」
それは真百合も感じていたことだった。彼女は時間があれば真百合たちの輪の中に入ってこようとしている。抱擁が多いのはお国柄かもしれないが、何かと身体を密着させる状況を作りだしている気さえしている。
途端に文乃や香織に好意を持たれた記憶が蘇ってくる。
「もしかしてフラグが?」
「心当たりあるの?」
思い当たるのはアリアンナの手術の件だ。
結末だけ見れば手術を渋る妹を説得しただけである。しかし、同時に遊園地ではリリィティアの隠していた気持ちを曝け出させて受け止めていた。
真百合が思っている以上に本人が好感を抱いていても不思議ではない。
「可哀想だけどちょっと距離を置いた方がいいかも……」
また女の子との恋愛フラグを立ててしまうのは面倒くさい。タイムリープしないで回避できるなら回避するにこしたことはない。翌日から真百合はリリィティアに対して最低限のコミュニケーションしかとらなくなった。
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