第13話 友達になったライバル
翌日、リリィティアは満面の笑みで登校してきた。
妹の手術も成功し、本音を語り合ったことで心の蟠りが解かれたようだ。
かつてはどこか張りつめた空気を醸しだしていたが別人の様に穏やかに見える。
「リリィティアさん印象変わったよね」
「うん、前はどこか話しかけづらい雰囲気があったもんね」
クラスメイト達は彼女の変化を好意的に捉えたようである。
これならば故郷で友達にも恵まれるだろう。
「真百合! おっはよう! 色々と助かったわ」
「そりゃどうも。そうだ、リリィ、アンタにお土産渡しておくわ」
お茶やお菓子などの特産物を手渡した。家にあった貰ったものや登校途中で買った安いものばかりだった。しかし思わぬプレゼントにリリィティアは飛び跳ねて喜び熱い抱擁を交わしてくる。
「くれるの!? ありがとう! でもなんで!?」
「もうすぐ帰国でしょ? 選別に贈ろうと思って」
「へ? 私は帰らないよ。妹も日本の中学に行くの楽しみにしてたし」
「ハァッ!? 確か妹の手術のために日本に来たんじゃなかったっけ?」
「まぁ帰ってもよかったけど、この国は過ごしやすいから気に入っちゃって。ダディーも長期的に日本で仕事があるようだし……」
ウィンクしてみせるリリィティア。当分帰国するつもりはないらしい。
一気に脱力する真百合を後目にリリィティアは貰ったお菓子を食べ始める。
「そんなに落ち込まないでよ。約束通り私は誠也から身を引くからさ」
彼女は律儀に約束は守るつもりのようだ。一度振られているため今までの振る舞いも駄目元だったのだろう。最大の恋敵になると睨んでいた存在がフェードアウトしたことで今や真百合の一人勝ち状態である。
恋愛の障害となる者はもういない。誠也を狙う女子はまだ多いが、真百合程親密になっている者は血縁者の文乃くらいだろう。後は時間をかけてより好感度を上げていけば恋が成就する可能性もあるのだ。懸念点があるとすれば、半年後の未来に真百合が振られる理由がまだ分からないことである。
(まぁいいわ。今後誠也君と接していけばヒントが見つかるかもしれないし)
恋愛心理戦に王手をかけた真百合は積極的に動きだすことにした。
高校生の自由時間は決められている。
僅かな休み時間は親しい同性の友達と話すことで終わってしまうだろう。
一番長く交流できるのは登下校とお昼休みに限られる。
しかし真百合の自宅は片思い相手と反対方向であるため一緒に登下校することはできない。こればかりはどうしようもない。
残るは昼休みであるが、誠也はほぼ毎日友達とご飯を食べているために女子の真百合が介入することは難しかった。
「でも未来の情報を蓄積している私に隙は無い。誠也君は一週間の内水曜日だけは一人で食堂に行く! なぜなら日替わりメニューのハンバーグが好物だから!」
真百合は水曜日に偶然を装って誠也に接触を試みた。
「ココ空いてるかな?」
「園崎さん? いいよ。座って」
計画通り誠也と食事の席につくことができた。
彼の友人は皆弁当派なので一人で来ることも分かっていたのである。
このチャンスに真百合は一気に畳みかけた。
「誠也君って水曜日に食堂に来てるみたいだけど気になるメニューでもあるの?」
「うん、ハンバーグが大好物なんだ!」
母性本能を擽る真っ直ぐな笑顔は直視できない。真百合には後光が射して見える程だ。
片想い相手から向けられる笑顔は悶絶モノだが何とか衝動を堪える。
「私、一度も食べてないんだよねー。そんなに美味しいなら今度頼もうかな」
――嘘である。本当は二十回は胃袋に収めた料理だ。しかしこう言えば食堂のハンバーグの美味しさを勧めたい優しい少年が自分の皿から分けてくれることを知っていたのである。勿論タイムリープ前の知識である。
「もったいないな~園崎さん。俺のちょっと分けてあげるから食べてみて」
「そんなぁ悪いよ。あ、そうだ! 私のお弁当のオカズと交換にしよう! それなら誠也君の食べる量を減らさなくていいでしょ?」
誠也が拒むより先に自分の弁当から卵焼きとタコサンウィンナーを彼の皿に移していく。
先手必勝。一度渡したものを返してこないことも真百合には分かっていた。そしてさらに移した二品はどちらも誠也の好物であることは経験則から分かっている。文乃の証言からも裏付けが取れていた。
「一応手作りだから感想とかもらえると嬉しいな」
トドメと言わんばかりに『料理ができる女』をアピールする。
一口食べた誠也は大きく頷いて褒めてくれた。
「美味しいよ。偶然にも好物だったから余計に。園崎さん、良いお嫁さんになれるよ」
(きたぁ! 好感度爆上げ間違いなし!)
貰ったハンバーグの切れ端と共に喜びをかみしめた真百合は、机の下でガッツポーズを決める。手作り弁当大作戦は成功だった。
「園崎さんは凄いね」
「え? いやいや、料理一つで褒め過ぎでしょ」
「それだけじゃないよ。文乃ともすぐに親しくなってくれたし、先生の件でも機転を利かせて悪い縁を切ってくれたじゃないか。俺、かなり感謝してるんだよ」
片思いの相手から褒められるのは悪い気はしない。それどころか嬉しすぎてにやけてしまう。だが胸を張るより謙遜する方がより評価を上げるのが日本人である。調子に乗りたい気持ちを押さえつけて真百合は笑顔を取り繕った。
「たまたま上手くいっただけよ」
「いや、園崎さんの力だって。アリアンナちゃんに手術するように説得したのもキミだとリリィティアから聞いたし」
(ナイス! リリィ! 良い仕事してくれるじゃん!)
単純に世間話として伝えたのか助太刀のために敢えて話してくれたのかは分からないが、第三者からの評価というのは非常に大きい。誰だって他人から褒められてる人は素晴らしい人物だと思うだろう。確かな手応えを感じた真百合はもう少し距離を詰めてみることにした。
「ねぇ、誠也君。私達共通の友達も沢山いるし今よりもっと仲良くなれると思うんだけど? もっと放課後とか一緒に遊ばない?」
「……気持ちは嬉しいけど、俺なんかよりもっと他の友達とつるんだ方が良いよ。高校生活は限られてるんだからさ」
先程まで好感触だったのに、いきなり素っ気ない対応を返されてしまう。
黙々と食器を片付けると短く別れの言葉を告げて去っていってしまった。
ショックは少なかった。なぜならかつての時間軸で同じように対応されたのをたった今思い出したからだ。以前も親密な仲になりかけた直後に不愛想になり避けられるようになった。一定の好感度まで達すると発生するイベントなのである。
以前の時間軸では強引に押しきることで無理やり距離を詰めたが、その後に振られる未来を鑑みると逆効果である可能性が高い。
「これは一旦冷却期間を設けるかな」
押してダメなら引いてみる作戦である。
以前の自分とは逆の選択肢を選んだわけだ。現状振られた理由を客観的に考えればこのターニングポイントが最も怪しかったからだ。
それから誠也の仲は進展しなかったが、反対により親密になった友人がいた。
リリィティア・オルドリッジである。
「この語彙表現がよくわからないんだけど?」
「ああそれは日本人でも間違える人いるよ。難しいよね」
――と授業内容で分からないところがあったら真百合に尋ねてきた。
授業内容でグループを作るときは真百合の属するグループに入りたがったり、先生に『雑用を任されたりして真百合が作業していると「私も手伝う」と協力してくることがよくあった。毎日がこんな調子である。
誠也の時がそうであったように一度親しくなった相手には距離感が近くなる性質があったようで、いつの間にか真百合が昼食をとる席にリリィティアが加わるようになっていた。
胡桃と文乃も来る者拒まずという性質であるため文句は言わなかった。
「やっぱりfriendと食べる昼食は美味ね」
彼女の弁当箱の内容は以外にも和風が多かった。
故郷の料理らしき内容のときもあるが、殆どが和食である。とても外国人が作ったとは思えない程日本人らしい中身が詰められていた。
「リリィ和食好きなの?」
「和食は健康的なのでマミーがよく作ってくれまぁす」
何だかんだで家族で日本を楽しんでいるようだ。昨日のテレビの話題から人気動画サイトの話題まで普通の女子高生らしく談笑を続ける。
「今日、真百合ちゃんの家行ってもいい?」
「いちいちお伺い立てなくても胡桃は毎日来てるじゃない」
「私も行ってもいい?」
「勿論いいよ。そういえば文乃はまだ来てなかったっけ」
文乃の自宅は真逆なので遊ぶ約束でもしなければ互いの家に繰る機会はめったにないだろう。友達が二人も来るのだから茶菓子の用意でもしなければと考えて箸を進めているとリリィティアが身を乗り出してきた。
「私は誘ってくれないの!?」
「いや、まぁリリィも来たいなら来ればいいよ」
「Thank you 真百合!」
リリィティアは満面の笑みで抱き着いてくる。
以前よりスキンシップが多くなった印象である。
遊園地デートや妹の手術の件で深く関わったことから親しみを覚えたようだ。
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