第11話 遊園地


「真百合、聞きたいことがあるんだけど?」


「私はアンタと話すことはないわ」


 恋敵認定されているためか真百合はリリィティアに敵意を剥き出しにしていた。

 取り付く島もない状態である。「妹に何か言ったのか?」と尋ねても知らぬ存ぜぬを通されるだけだろう。多少話を聞いてくれるほど仲良くなるか、二人きりで話しをしなければならない状況を作るしかない。

 そこでリリィティアが思いだしたのは昨日病室でのやりとりだった。


「昨日、一緒に遊園地に誘ってくれたよね? 明日暇なら一緒にどう?」


「ハァ!? あんなのジョークに決まってるじゃん! 何でアンタと遊園地なんて」


「交通費、入場料、お土産代、全部奢るわ」


「え? 本気?」


 頷くリリィティアは財布からカードを取りだしていた。実家がブルジョワだと自称する彼女の経済力なら一日の出費は痛くないのだろう。

 他人のお金で豪遊するという素敵な誘惑に真百合は頭を悩ませた。相手が友人ならば二つ返事で了承しただろう。しかしライバル視する相手からの申し出と言うところに引っかかっているようだ。そこでリリィティアはもう一つ条件を付けることにした。


「明日付き合ってくれたら誠也から手を引く」


「えっうそ、本当? ちょっと物分かり良すぎるんだけど」


 訝しむ真百合の前でリリィティアは誓約書を書き始める。

 学生がノートの切れ端に書いた文章に法的拘束力などない。だがその殊勝な態度に感銘を受けた真百合は申し出を受け入れることにした。


「……分かった。明日一日付き合ってあげる。何時集合にするの?」


「待ち合わせは八時に駅前。大事な話があるから絶対来てよ」


 照れくさそうに走り去るリリィティアと入れ替わるように胡桃がやってくる。


「どーしたの? 真百合ちゃん?」


「ん? リリィティアと遊園地に行くことになったみたい」


「へ? どうして?」


「さぁ? 大事な話があるんだって」


「真百合ちゃん、まさかまたフラグを立てちゃったんじゃ……」


 胡桃は今までのことからまた女の子に惚れられてしまうことを危惧しているようだ。立て続けに二人の女の子を落としてしまったのだから心配するのも無理はない。

 胡桃を安心させるように真百合は頭を横に振った。


「冗談でしょ。別に口説いてないし誤解されるようなことも言ってないし、―っていうかあのリリィティアが簡単に落ちるわけないでしょ」


「それはそうかもしれないけど……心配だし……」


「へ? なんで胡桃が心配するの?」


 何気なく尋ねただけなのだが胡桃は大袈裟に狼狽した。

 曖昧なつくり笑いを浮かべて必死に言葉を探しているようである。


「……えっと、ほら! またタイムリープしちゃうかもしれないし!」


「大丈夫だって。心配ならこっそりつけて来たら? リリィティアの目的が分からない以上味方がいた方が心強いし」


「流石にそれはやめておくよ。遊園地楽しんできてね」


 幼馴染を困らせることは本意ではない胡桃はあっさりと引き下がった。

 遠慮してくれたのだろうと考えた真百合は大して気に留めず彼女の背中を見送った。



 ――そして約束の土曜日。

待ち合わせの場所に行くと、フリルのついたミニスカートで着飾ったリリィティアが先に来ていた。やはり西洋人には洋服が非常に似合う。すらっと伸びた白い足に黒いニーハイソックスがよく映えていた。

しかし恋敵を褒めるのは憚られた真百合は称賛の言葉を噤んだ。


「約束通り切符も入場券も買ってあるわ。行きましょう」


「準備が良いのね。――あっ、ちょうど電車が来る時間みたい」


 目的へ向けて改札をくぐる二人は終始無言だった。今まで言い争うことも多かった二人がいきなり談笑できるはずもない。電車に乗っている間は互いにスマートフォンを操作して暇を潰している。これから一緒に遊園地に向かうとは思えない程足並みが揃っていなかった。

 そんな二人の様子を隣の車輌から伺う人影があった。

 胡桃と文乃である。昨日は追跡を辞退したがやはり気になっていたのだ。


「真百合ちゃん、大丈夫かな? 文乃ちゃんはどう思う?」


「遊園地楽しみ……」


「もう、そっちじゃないよう!」


 既に観光ガイドを片手に遊ぶアトラクションの順番まで決め始めている。

 どうやら文乃を連れてきたのは人選ミスだったようだ。しかし友人が恋敵と遊園地に行くのが心配だから一緒に監視してほしいなんて馬鹿な頼みを聞いてくれる人物は文乃以外いなかったのである。



 遊園地に着いた途端、リリィティアの態度は変わった。

まるで子供のように目を輝かせて真百合の手を引いてくる。


「私、友達と遊園地来たの初めてなの!」


 そんな彼女に「友達ではない」とは突っ込むほど真百合は無粋ではなかった。彼女の気を悪くすれば「誠也から手を引く」という約束を反故にされかねないからだ。入場口を潜ってからの今日一日だけはリリィティアに合わせてやろうと考えていたのである。


「Let’s party!」


「ちょっ! 引っ張らないでよ!」


 遊園地には来訪者を楽しませる独特の雰囲気がある。彼女もそれに乗せられたのかもしれない。張りきるリリィティアが最初に選んだアトラクションはメリーゴーランドだった。馬やら馬車に乗って決められた時間クルクル回るだけの遊具である。真百合も幼少期は楽しんだものだが、今はあまり心が動かない。

 しかし折角奢ってもらっているため適当な馬を見つけて跨ることにした。

 すると、リリィティアは真百合に抱き着く形で同じ馬に乗ってしまった。


「隣の馬に乗りなさいよ!」


「へへへー、二人乗り~♪」


「もう調子狂うなぁ」


 係員から特に注意もされなかった上に回りだしたので、そのまま乗り回すことになる。

 真百合達が乗る馬から少し後方に離れた馬車には胡桃と文乃が乗っていた。

 楽しそうにはしゃぐ二人の様子をじ~と見つめてその真意を探る。


「なんで二人乗りしてるんだろう?」


「親睦を深めてる……とか?」


 続いてリリィティアが選んだのはトロッコに乗って移動するアトラクションだ。広範囲に敷かれたレールの上をトロッコで走るというものである。ハンドルを操作して分岐点を自由に決められるため、一定時間、自由にコースを移動することができる。この遊園地でもかなり人気のアトラクションだった。


「ちょっ! リリィティア! ハンドル操作して前とぶつかる!」


「No program! ぶつからない設計になってマース!」


二人を追いかける胡桃たちは分岐点で見失っていた。

範囲の広いアトラクションであるため離れた仲間を見つけるのは至難の技だ。それを楽しみに複数人グループで参加する者達もいる程だ。


「真百合ちゃんどこー?」


「ごめん。あっち左だったかも……」


 結局胡桃たちが真百合を見つけたのはアトラクションを降りた後になってからだった。

その後もいくつか乗り物を堪能することになったが、リリィティアは「大事な話」を切り出すことはなく普通に遊園地を楽しんでいるようだった。

好んで絶叫マシンに乗りたがるため真百合の方から本題を切り出す余裕もなくなってしまった。

彼女達を追う胡桃は文乃の天然に振り回されて体力を消耗していた。


「あ、真百合達、ごはんたべるみたい」


「よかった……。私も休憩しないと……」


 胡桃と文乃は真百合達からは死角になる絶妙の位置で二人の会話を盗み聞きした。

 机に突っ伏している真百合とは対照的にリリィティアは笑顔で昼食を食べていた。


「あー、こんなに遊ぶのは久しぶりねー」


 確かに終始笑顔で楽しむリリィティアを見るのは初めてだった。

彼女の境遇を考えてみれば妹の病気で精神的に安らぐ暇はなかった上に、家族で見知らぬ異国に来ていたのだ。心細かったに違いない。ストレスもあっただろう。


(絶叫マシンを好んで選ぶくらい溜まってたのかなぁ。……コイツも頑張ってるんだなぁ)


 真百合はもう少し頑張って付き合ってやろうと昼食を多めに頼むことにした。



午後からリリィティア達が向かったのはお化け屋敷である。

血や闇をイメージして彩られた看板と先客達の悲鳴が真百合を歓迎してくる。

おまけに並んでいる最中からおどろおどろしいナレーションがホラーショーの雰囲気を作りだしているのだ。

真百合は足を諤々と震わせながらリリィティアの袖を引っ張った。


「真百合、怖いのですか?」


「アンタこそ、怖いなら私の手を握ってたらいいじゃない!」


真百合は勇ましくリリィティアの手を引いてお化け屋敷に入っていく。

――しかしやせ我慢は長くは続かなかった。

廃病院を思わせる暗い廊下と亡者の声が恐怖を増長させるのだ。

作りものだと分かっていても背筋が寒くなってくる。


「あんまり早く歩かないでよ。絶対手離したら駄目だからねっ!」


「ハイハイ」


 その時、影から血濡れた包帯男が飛び出してきた。

 勿論変装したスタッフであり、客に触ることはないのだが真百合は限界だった。

絶叫してリリィティアにしがみつき、その場に動けなくなってしまう。


「ちょっ! 真百合!?」


 スタッフもお化けの演技を中断して心配しだす始末である。

 リリィティアは少し揶揄うだけのつもりだったが、まさか真百合がここまでお化けに弱いとは思わなかったのだ。


 また、同じくお化け屋敷に入っていた胡桃は真百合の声を敏感にキャッチした。


「今、真百合ちゃんの声が聞こえた気がした」


「胡桃、それよりも早く抜け出さないと……」


真百合がお化けや怖い話が苦手だと知っていた胡桃は急いで後を追いかけたが、幼馴染の姿を探すあまり案内板を見逃して迷ってしまったのである。

 明らかに正規ルートではない細道に入りこんでいた。

 退き返そうかと相談する胡桃達の背後から肩を叩かれる。


「「キャ―――!!」」


 抱き合う胡桃達が恐る恐る振り返ると普通の女性が立っていた。


「此処はスタッフルームですよ? 出口まで案内します」


「あ、ご丁寧にどうも……」


 胡桃達はスタッフの案内で真百合達よりも先に出口に着いてしまった。


 真百合が出てきたのはそれから数分後のことだった。

リリィティアの腕にしがみつきながら涙目になっている。


「ふふふ、驚いたわぁ。真百合があそこまで乙女だったとは……」


「うるさいな! 昔から怖いのだけは苦手なの!」


 本気で怖がっていた真百合がそれでもお化け屋敷に入ったのは「今日はリリィティアに付き合う」と約束していたからだった。また遊園地のお化け屋敷なら多少耐えられるだろうという侮りもあった。

 しかし思ったよりクオリティが高かったために恥を晒すことになってしまったのである。


「可愛かったわ、真百合」


「くそっ、次はアンタの泣き顔見せてもらうから」


「なぁに? 私は絶叫マシンもお化けも平気よ」


「じゃあ次のアトラクションは私が選ぶわ」


やられっぱなしではいられない真百合がリベンジマッチと言わんばかりに選んだのはコーヒーカップである。音楽が鳴っている間回る乗り物である点はメリーゴーランドと同じであるがコーヒーカップにはハンドルがあった。コレを回せば乗っているコーヒーカップ自体も回転し始めるのだ。


「ふふふ、コーヒーカップに乗りたいとかやっぱり乙女ですねー真百合」


「笑ってられるのは今の内よ」


 アトラクション開始と同時に真百合はハンドルを猛スピードで回していく。

 一度限界まで廻しきってしまえば本人でも止めることはできない。

 ドンドン速力を上げていくコーヒーカップ。

 回転速度が速すぎて周りの景色すらも見えなくなっていく。


「ちょっ! 駄目デース! 止めテ! stop!」


「もう終わりなのー? まだまだいけるでしょ!」


 真百合は調子に乗って力いっぱいハンドルを回し続けた。

 マイペースにハンドルを廻す胡桃たちはまるで独楽の様に回転し続ける真百合達を心配そうに見ていた。


「すごいね、真百合達」


「もうこっちからは残像しか見えないよ……。真百合ちゃんはリリィティアさんを揶揄っているんだろうけど、アレ、後が大変だよ……」


 数分後、胡桃の懸念通りの事態になった。

 制限時間終了したとき真百合達はグロッキー状態だったのである。

慌ててスタッフに抱えられる形で降りてきたのだ。


「ハァハァ……」


「調子に乗りすぎたみたいね……」


 ようやく立てるくらい回復した後もマグカップの後遺症が続き、景色が揺れているように見えてしまっていた。落ち着いて休める場所を探していた真百合は一つのアトラクションに目を留める。


「ちょうどいい時間だし、最後は休憩も兼ねて観覧車に乗ろうよ」


「……いいわ。アナタには話したいことがあるの」


「本題ってわけね。聞こうじゃないの」


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