第9話 リリィティアの秘密

「これではっきりしたよ。私が恋愛に後悔したとき、タイムリープするって」


「そうだね。真百合ちゃんの意志と関係なく発動しちゃうなら大変だと思ったけど、恋愛で後悔した時って条件が分かったのはよかったと思う」


 発動条件が絞れたのは大きな収穫である。

 今までは突発的に巻き起こる時間遡行に身を委ねるしかなかったが、条件さえわかれば能動的にタイムリープを使いこなすことが出来るのである。条件が限定されているため、細かい修正はできないだろうが真百合には関係なかった。

 想い人の誠也と結ばれるまで何度もやり直しができるのだ。


「そうだ! 片っ端からいろんな手段試してみよう!」


「ちょっ! 真百合ちゃん!?」


「こうしちゃいられないよ! 誠也君を口説いて失敗してもタイムリープがあれば――」


「待って」


 胡桃は暴走する幼馴染の襟を掴む。

普段大人しい彼女からは考えられない力で引っ張られて身動きが取れない。


「まだ漠然的なきっかけが分かっただけだよ。犯罪とか迷惑行為はしちゃだめだよ。もしタイムリープしなかったらって考えて行動しないと……」


 確かに時間遡行を使いこなしているわけではない。また突然能力が消えてしまう可能性だってある。下手に行動してやり直しができなければ人生破滅だ。

 平静さを取り戻した真百合は再び部屋の床に座った。

胡桃の言う通り危ない橋は渡らない方がいいだろう。


「んじゃあ、どうしよっか……」


「どうするも何も、正々堂々誠也君に告白するしかないよ」


 励ますつもりで言ったその言葉は地雷だった。

 半年間の友情を育んだ上で臨んだ誠也への告白は見事に大敗を喫してしまったのだ。タイムリープ能力なんてなかった当時は細心の注意を払って好感度を上げていたのに失恋してしまったのである。まだ友達になって一月も経っていない今の段階で告白したところで結果は見えている。


「ハァ……。どうして振られたんだろうなぁ」


 胡桃は真百合が振られていた事実をたった今思い出した。彼女にとっては未来の話だが一度タイムリープしてきた真百合本人の口から語られていたのだ。文乃に告白されて時間を遡行した後のことである。

意図せず幼馴染の古傷を抉ってしまった胡桃は猛烈な罪悪感に襲われた。


「ごめん、ごめんね、真百合ちゃん。勝手なこと言っちゃって……」


「胡桃が謝ることはないよ。う~ん、やっぱり今は好感度を上げつつ振られた原因を探していかないと……」


「そうだね。振られちゃった原因かぁ」


「胡桃、第三者から見て何か気づいたこととかない?」


「一番考えられそうなのは他に好きな人がいるとかかな?」


頭を捻ってみても誠也自身が誰かに好意があるといった浮ついた話題を全く聞いたことがなかった。

文乃は単なる従姉妹であったし、香織は恩師として敬愛していただけだった。恋愛対象として誰かが好きという話は全く聞かない。

 そもそもそんな人物はタイムリープする前から心当たりがないのだ。

そこで消去法的に彼の恋人になりそうな人物を検討してみる。自分を除けば一人の女生徒しか思いつかなかった。


「リリィティア……。現状アイツがライバルね」


 香織のお見合い件では共闘もしたが、同じ男を狙う宿敵であることに変わりはない。 彼女は抜群のスタイルと目立つ容姿、そして日本人にはない積極性を持ち合わせている。オチオチしていたらすぐに奪われてしまうだろう。


「さーて、どうやって蹴落とそうかなぁ?」


「ちょっと真百合ちゃん……。相手の評価を下げるんじゃなくて自分の評価を上げるようにしないと……。次のライバルが出てきた時に苦労するよ」


「一理あるわね。仕方がない。ここは正攻法で落としに行く」


「何か名案でもあるの?」


「誠也君といえど、所詮は男の子。色仕掛けには弱いはずよ。ここは悩殺スリーテクで不落の巨城、誠也君を落とす!」


 色仕掛けの下りは理解できたが、そのあとの聞きなれない単語に胡桃は首をかしげた。


「悩殺スリーテクって何? 初耳だよ?」


「はぁ~……これだから恋愛未経験は……」


「真百合ちゃんも大して経験ないはずだけど……」


「私には未来の経験があるの。胡桃にも教えてあげるわ。いい? 悩殺スリーテクっていうのはね、①上目遣い! ②隙のある動作! ③胸の押しつけよ! これで落ちない男は同性愛者くらいのものね」


「でも真百合ちゃん、その……色気でリリィティアさんに勝てるの?」


「どういう意味?」


 胡桃は露骨に目をそらしたが、時折真百合の胸の方に視線を送っていた。

 リリィティアと比較すれば戦力の差は歴然だった。

 真百合のバストサイズがとりわけ小さいわけではない。寧ろ平均より大きい方だろう。だが比較対象が悪かった。


「ふん、リリィティアだって胸押し付けても誠也君は無反応だったじゃない。……はっ! ということは私にもワンチャンあるかも!」


「それじゃあ色仕掛けそのものが意味ないんじゃない?」


確信を突かれた真百合はその場に項垂れるしかなかった。誠也は悟りを開いた坊主の様に性欲を見せないのである。下心に訴えかけるアプローチは嫌厭しているのかもしれない。


「長く付き合いたいならもっと内面的な魅力で好きになってもらうしかないよ。色仕掛けとかじゃなくて、外堀を埋めていくとか……」


「でも誠也君の好感度を上げようとしたらなぜか女の子とフラグが立っちゃうんだよね」


「文乃ちゃんの次は香織先生だっけ?」


「私としてはお見合い潰せればいいだけだったから回避は簡単だったけどさ。文乃に次いで先生までフラグが立っちゃうなんて思わないじゃん」


 教師と生徒の恋愛は禁断である。ノーマルな男女でも恋愛沙汰に発展することは滅多にない。しかし香織は人生の危機を救ったとはいえ簡単に一線を超えてきた。

 彼女が同性愛者であるのは意外であったが、それまで真百合に気のある素振りを見せたことは一度もなかったはずだ。明らかにあの日の空気はおかしかった。神様が意地悪しているとしか思えない。

 不貞腐れる真百合だったが、胡桃は妙な納得感があったようだ。


「真百合ちゃんが女の子にもてる理由は何となくわかるけど……」


「えー、私はさっぱりだよ。なんで女の子にモテちゃうの? 運動神経は良い方だけどスポーツは万能ってわけじゃないし、モテるならショートヘアの王子様系でしょ?」


「う~ん……女の子を勘違いさせることを言っちゃうからだと思う」


「えー、噛み砕いて聞いたら絶対勘違いしないよ」


「だから真百合ちゃんはベストタイミングで紛らわしいこと言ってるんだって。どうせならその女の子悩殺テクでリリィティアさんを落としちゃえばどうかな?」


「冗談キツイって胡桃」


 恋敵と蜜月の関係なんて想像しただけで鳥肌が立ってしまう。本来の目的は誠也と恋仲になることなので本末転倒もいいところだ。

 勿論胡桃も本気で提案した訳ではなかった。


「じゃあリリィティアさんに勝てる見込みはあるの?」


 真百合はライバルを思い浮かべる。

目立つ金髪、整った顔立ち、美しい碧眼、抜群のプロポーション等スタートラインからして全く違う。人混みに紛れてもすぐに見つけられるだろう。

 では外見以外はどうだろうか。

リリィティアは西洋人特有の社交性で積極的に誠也にアプローチをかけている。

それでいて日本文化に無知な所をアピールして敢えて隙を作りだしている。見方によっては可愛らしく見えるだろう。

そして香織の縁談を潰す際に見せた優しさと経済力を鑑みれば彼女の女としての総合評価は頗る高い。真百合は急に自分がちっぽけな人間に思えてきてしまった。


「私の存在価値ってなんなのかな?」


「ポジティブなのが真百合ちゃんの良い所でしょ。どんな逆境でも挑んでいく強さが真百合ちゃんにはあるじゃない。だから神様がタイムリープ能力をくれたんだよ」


 優しい言葉が渇いた真百合の心を潤していく。

 自分にも恋敵に負けていない部分があったのだ。不屈の心、挑戦的な姿勢、そしてリリィティアにはないタイムリープ能力。これらを上手く活用すればリリィティアに勝てるかもしれない。誠也の心を射止めることもできるかもしれない。


「ありがと、胡桃! 私頑張ってみるよ!」


「うんうん、その意気だよ!」


 恋敵の生まれ持ったハイスペックは妬んでもどうしようもない。

 であれば真似できる長所を探して少しでもライバルとの戦力差を縮めるのが得策である。

 

その日の放課後、真百合は胡桃と一緒にリリィティアの後を追うことに決めた。

ポストや電話ボックス、停車中の自動車などで身を隠しながら金髪少女を追跡する。

時折すれ違う男性たちがリリィティアの容姿に目を奪われていることがよく分かった。


「ぐぬぬ……あやつは日本中の男を落とすつもりか……」


「今日は夢路君は放っておいていいの? 他の女の子に狙われちゃうかもよ?」


「大丈夫よ。リリィティアを超えるライバルなんてそうそういないでしょ」


 文乃への苛めのときにも明らかになったが誠也へ好意を抱く女性陣は互いにけん制し合っている。一日見逃した所で大きな動きはないだろう。それよりも今は最大の恋敵の動向を探ることの方が先決だった。


「あっ、リリィティアさん、お店に入っていくよ」


彼女が入った店は花屋だった。何の変哲もない綺麗なお店である。店員のお姉さんの笑顔も華やかであるが、店頭に並ぶ花々も美しい限りだ。

 店員と話しこんでいたリリィティアはピンクの包みで梱包された花を買ったようだ。察するにプレゼント用らしい。店を出る彼女は鼻歌交じりで大層上機嫌に見える。


「もしかして誠也君に!?」


「花を貰って喜ぶ男の子はごく一部だと思うよ?」


 彼女の後を追うと、白い大きな建物に入っていった。

市内で一番大きな病院である。世界的名医も在籍しているとかで圏外は元より外国から入院に来る患者もいるとローカルテレビで紹介されたこともある大病院だった。

 慣れた様子で階段を駆け上るリリィティアは三階の個室へと入っていく。


「アリアンナ、具合はどう?」


「お姉ちゃん! 平気だよ。病気だから万全って訳じゃないけどね、あはは」


 病室にはリリィティアとよく似た少女がいた。髪と眼の色が瓜二つで年齢が若干若いことから察するにどうやら彼女の妹のようだ。


「まだ手術する勇気が出ない?」


「ごめん、お姉ちゃん……難しい病気だから」


「気にしなくてもいいわ。命がかかった手術だし。ゆっくり考えてそれで決断すればいいから」


「……うん」


 普段の明るさとは正反対の神妙な空気が病室に満ちている。会話を断片的に拾うことしかできない真百合達はアリアンナが重い病気を患っていることしか聞き取れなかった。


「空調の音で聞き取り辛いわね」


「でもこれ以上近づくと見つかっちゃうよ」


 二人は覗き見に夢中になりすぎて背後の人影に気づかなかった。



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