第7話 ライバルとの共闘

 協力を約束した真百合達だがこの問題をどう解決するかが問題だった。

香織の方に誠也への気はないように見える。だが誠也の方は先生を「大切な人」だと認識している。つまり彼女は恋敵であるのだ。故に真百合の立場的にはお見合いがうまくいく方がいい。だがそれを誠也が望んではいない。いや真百合自身も先生には幸せになってほしいと思っている。なぜなら一年生のときから世話になっていたからだ。


「流石に危ない男とくっつくのを見過ごすわけにはいかないわね」


「私も香織先生にはお世話になりマシタ。そして私の故郷では受けた恩は死んでも返せといいます」


「いや死んでちゃ返せないでしょ……」


「ありがとう二人とも。実は今週の週末に顔合わせがあるんだ」


「OKぶち壊せばいいんだね」


 真百合はにやりと笑う。


「……なるべく穏便に頼むよ」


 具体的な相談をするため一同は真百合の家に集まることになった。内容が内容なので学校で話し合って誰かに聞かれたらまずいことになるためである。

 事態は緊迫していたが真百合は有頂天だった。


(く~、私の家に誠也君を誘えるなんて……!)


 以前の時間軸でも誠也を部屋に呼んだのは随分後だ。何度か誘ったことはあったが遠回しに遠慮されてしまった。しかし今は付属品が一緒とはいえ彼を自室に招くことができたのだ。大きな前進だろう。喜びをかみしめながらドアノブを回す。


「ただいまー。ちょっと友達連れてきたから」


「あ、お帰りお姉ちゃん」


 出迎えたのは真百合とよく似た少女だった。

 若干のあどけなさを感じさせるもしっかりとした眼差しの女の子だ。


「Oh.pretty girl!」


「妹さん?」


「う、うん。妹の百合菜だよ。いつまでも甘えん坊で、私がいないとだめなの」


 百合菜はできた妹であるが、真百合は点数稼ぎのためにちょっと背伸びをした。

 実際は一人で起きられない姉と違って何でも一人でこなす自立した妹だ。当然百合菜からすれば姉の評価を上げるために自分が下げられるのは面白くない。


「ちょっとお姉――」


 咄嗟に口を塞いだ真百合はもがく妹に小声で耳打ちする。


「駅前のプリン買ってあげるから話を合わせて」


 駅前でしか売っていない高価なプリンは百合菜の大好物だった。喧嘩をしても買って帰れば機嫌が直る程だ。姉として妹の扱いは熟知していた真百合の作戦勝ちである。

 百合菜は先程とは異なる最高の営業スマイルを誠也たちに向けた。


「お姉ちゃんは頼りになりますから、何でも相談してくださいね」


 お菓子一個で買収できるのだから可愛い妹である。

 頭を撫でていると百合菜は顔をあげた。


「あ、そうだ。胡桃ちゃん来てるよ」


 幼馴染の胡桃は真百合が留守でも園崎家に顔パスできる。

今日来ていても不思議ではなかった。


「ちょうどいいじゃないか。北野さんの意見も聞きたいし」


 誠也達も知恵は多い方がいいと判断してくれたようだ。

真百合は胡桃が待つ自室まで案内した。


「あ、お帰り真百合ちゃん」


「ただいま――ってこれは!?」


 真百合はすっかり自室の状況を忘れていた。

 以前部屋中の壁に張った『国際恋愛フ○ック』『日本男児は日本女子のためにある』等の過激な文言が残ったままだったのだ。

誠也とリリィティアを部屋に呼ぶ予定がなかったために完全に油断しきっていた。

 片や想い人、片や恋敵。当事者の二人には決して見られては駄目なものだった。


「Oh……あなた攘夷派ですか?」


「園崎さん、これって」


 滝のような冷や汗を流す真百合はどうにか説明をでっちあげなければと頭を振る回転させる。このままではせっかく上げた好感度が下がってしまう。

咄嗟に思いついた秘策はただの責任転嫁だった。


「ち、違うの! これは胡桃がそういう趣味で!」


「えー! ひどいよ真百合ちゃん!」


 結局誤解を解くというよりその場を切り抜けるのに一時間かかってしまった。

 嘘に嘘を重ねた弁明だが、最近幕末時代劇に嵌っているという苦し言い訳と胡桃のフォローで何とか誤魔化すことができた。こんなところで好感度を下げるわけにもいかない。

そして今は話すべき本題があるのだ。先生の縁談の件である。

協力を仰ぐ胡桃にも話の概要を端的に説明する。


「――つまり先生の縁談をめちゃめちゃにして先生の人生をめちゃめちゃにしたいと?」


「胡桃、話聞いてた?」


「縁談がうまくいった方が先生の人生めちゃくちゃデース」


「それで今集まったわけだ。……単純にメチャメチャにするだけじゃ俺たちが悪役になりかねないからね」


「うまく破談させる方法……だね。……う~ん、普通に相手の男性の素行調査の結果を先生に伝えたらいいんじゃないかな?」


「それはもうやったよ。でも効果はなかった……」


「「なんで!?」」


 女性陣が誠也に詰め寄る。見合い相手の素行の悪さを知れば普通は破談に舵をとるだろう。しかし先生は相手の素行を知ってなお縁談を断らないのだという。縁談に拘る理由が分からず女性陣は首をかしげた。


「もしかしたら先生は結婚したら変わってくれると思っているのかもしれない」


「結婚すれば変わるって幻想じゃないデスカ?」


「でもそう考えてる人は多いと思う」


結婚前に素行が悪かった人間が結婚後に襟を正せるわけない。勿論何事においても例外は存在するが、性善説に基づいて相手の変化を期待するのは危険だった。

しかし当の本人が素行調査を観ても考えを改めないというなら八方塞がりだった。

一同が沈黙する中で真百合は明確な意思を持って立ち上がる。


「縁談まで時間あるよね……」


「真百合ちゃん何する気?」


「何って? 妨害するに決まってるじゃん」


「園崎さん、穏便にって言ったよね? それにもし園崎さんが破談にしたのがばれたら、いろいろな方面から怒られちゃうよ」


「これはあくまで最悪の場合の手段よ。その前に何とかする。まぁもし他に方法がなくても汚れ役は私がやるし」


 三人寄れば文殊の知恵というが、高校生では限界があった。

 寧ろ探偵を雇って相手の素行を調べた誠也が天才的だっただけだ。

 話せど妙案が浮かんでくることはなく、時間だけが過ぎていく。


「……もうこんな時間か。悪いね、皆。俺に付き合わせちゃって」


「いや、私達だって先生が不幸になるのは見たくないし! でも一度仕切り直した方がいいかもね。明日も考えましょ。誠也君とリリィティア、送ってくよ」


「そんな気を使わなくていいデスよ」


 真百合は自然な仕草でリリィティアに抱き着き親和性をアピールする。

だが誠也には聞こえない小声で囁いた。


「アンタがフライングするかもしれないじゃない」


「部屋の文字はやはり貴女のものだったのね。心配しなくても今は先生の方が先でしょ」


 お互い抜け駆けをするつもりはないことを確認した二人はそっと身体を離す。

 傍から見れば別れを惜しむ親友同士にしか見えなかった。


 名案が浮かばないにもかかわらず早めに切り上げたのは誠也とリリィティアの自宅が真逆の方角にあるためだ。二人の家は寧ろ文乃の方が近いだろう。日が沈む前から家を出たはずだが学校の前を過ぎた頃には夜空に一番星が爛々と輝いていた。


「この辺でいいよ。女の子が夜に出歩くのは危ないし」


「うん、それじゃあまた明日」


 別れようとした誠也があらぬ方向を見て固まってしまった。

 不審に思ってその視線を辿ると担任教師の香織があった。学校で見るような大人しめの服ではなくパーティで着るような派手な服装である。髪型や化粧も服に合わせて大人っぽいものに変わっている。普段とのギャップも相まって魅力的に見えるが、誠也は香織に持惚れていた訳ではなかった。彼女の隣を歩く男性を睨んでいたのだ。

 咄嗟に物陰に隠れる真百合達。


「あれって?」


「先生の見合い相手……黒家一郎」


 素行調査で見た顔と一致していた。

高身長かつ整った顔立ちでエスコートは完璧だ。報告書通り外面は良いらしい。一見するとお似合いのカップルに見える。


「顔合わせは週末じゃなかったの?」


「デートじゃないデスかネ」


 確かに縁談が進んでいるなら顔合わせ以外にプライベートで会っていてもおかしくない。

既に関係が進展していた事実に焦りを隠せない。もしかしたら既に手遅れなのかもしれない。当事者間で縁談が終わっていれば真百合たちの出る幕はなくなる。

 だが今の段階で二人を見つけたのはチャンスでもあった。


「少しでも情報を引き出そう。先生が縁談を断らない理由がわかるかもしれない」


「……理由か。確かに気になるな」


「弱みを握られて脅迫されているトカ」


「ありうるね」


 三人は満場一致で香織たちの後を追った。

 夜闇は少年少女たちの姿を消してくれる。まるでスパイか探偵にでもなった気分だ。状況が緊迫しているので遊心は表に出せないが、良い思い出にはなっていた。


(リリィティアがいなければだけど……)


「なんですか? 私の方を見て」


「なんでもない。それより先生を追うわよ」



つぶさに観察してみたが、特に変わったところは見当たらない。

香織と一郎は食事をしたり夜景を見たりしている。美男美女が夜景と一つになっている様は宛ら映画のようであった。


「普通にデートっぽいデスね」


「やっぱり後をつけるだけじゃあ理由は分からないのか……」


「このまま続けてもお見合いを断らない理由は分からなそうだね」


 もう解散しようかと諦めかけた時、観察対象に動きが見られた。

 なんと二人は宿泊施設に入ろうとしたのだ。遠目だから会話まで聞き取れないがジェスチャーから察するに香織の方は遠慮しているようだ。

 それでも男の方が強引に誘っている。


「……まだ縁談は終わってないんデスよね?」


「いくらなんでも先走りすぎだろ」


 紳士的な誠也も憤りを隠せないでいた。

 彼は暴力的な人間ではないが、恩師を守るためならば相手を殴ってしまうだろう。

 そうなれば縁談も彼の人生も悪い方向にしか進まないことは想像に難くなかった。


「どいて誠也君。私がやる」


 鞄からホッケーマスクを取りだした真百合はそれを何の躊躇いもなく被った。

華の女子高生とは思えない出で立ちだ。ご丁寧に手にはバールのようなもの。

 ホラー映画の怪人そのものである。夜道で遭遇したら失禁ものだろう。


「真百合、ナンデスカその恰好……」


「犯ろうとしているアホを殺るのは古来からこの格好でしょう」


「言いたいことは分かりマスが、そんなものどこで?」


「胡桃に貰ったんだ。夜外出するときは護身用に常備してる」


「そんなもの持ってたら逆に警察に捕まると思うけど……」


 仲間達のツッコミは軽く流して真百合は走りだす。

 暗がりから凶器片手に迫りくる変質者は迫力満点だ。


「うわぁぁぁぁああ!」


「きゃあああああ!」


奇声を発しながら襲い掛かる真百合に二人は絶叫する。

人気のない夜道という舞台がより恐怖を演出していた。

ホラー映画の怪物が実在する訳がないと分かっていても不意をつかれれば大人でも錯乱しまうらしい。或いは頭のおかしい人間に襲われたと思ったのかもしれない。

香織をクズ男の毒牙から守るという目的は達成できたが、黒家の方はなんと香織を置いて逃げてしまった。


「ひぃ……たすけて……」


 腰が砕けて動けない先生に真百合はホッケーマスクを取って見せた。

 仮面の下から生徒の顔が出てきたことに驚いたようだ。

 茂みに隠れていた誠也とリリィティアも姿を現したことで香織は胸を撫で下ろした。


「――そうですか。皆彼の素性を知って……お見合いを破断にさせるために来たんですね」


「俺、先生には幸せになってほしいんですよ!」


「さっきのもサイテーデス! 女の子を放って我先にと逃げ出したんですよ!」


「彼が最低な人なのは分かっていますよ。けれど……お見合いは破談にはできません」


 先生の意志は固かった。素行が悪く、いざとなったら自分を見捨てる仕打ちを受けても尚縁談を勧めようとする彼女の真意を生徒達は測りかねていた。


「先生……どうして……」


「大人には大人の事情があるの。さぁ、もう遅いのでみんな帰ってください」


 先生に促された真百合達は帰路につくしかなかった。


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