第6話 リリィティア

 文乃が真百合たちと行動を共にすることになったので嫉妬する女子たちに囲まれる事態を未然に回避することができた。

 そして大袈裟に「文乃と誠也の従兄妹関係」を話したことで、文乃が嫉妬に狂った女子に狙われることはなくなった。

 ――しかし別の問題が起きた。


「ねぇ、あなた夢路君の従妹なんでしょ? 彼の好みのタイプとか聞いてない?」


「え、え~と……優しい人が好きって言ってたよ?」


「じゃあ好きな食べ物は?」


「ダシ巻き卵とタコさんウィンナーだったかな」


「じゃあ! じゃあ!」


 文乃が苛められることはなかったが、誠也を狙う女子の情報源として囲まれてしまっていた。人見知りする文乃にとっては災難かもしれないが孤立するよりはいいだろう。平和的に友達を増やすチャンスでもある。真百合はこの結果に満足した。


「さて、私の評価も上がったことだし、そろそろ誠也君を……」


 改めて誠也を探すと、なんとリリィティアが腕を組んで廊下に出て行く姿を見つけた。


「ガッデム!」


 廊下を駆け抜けて急いで二人の後を追いかける。リリィティアは昨日休んでいたので存在を忘れかけていたが、夢路誠也攻略において一番邪魔になる相手である。

 一日のアドバンテージを縮めるように行動に移してきたのだ。



(……というか、嫉妬に狂った女共は文乃を狙って何であのビッチには手を出さないんだよ!)


 答えは単純明快。スタイルが良い外国人相手に喧嘩を売るのが怖いのである。

 文乃を狙った理由は日本人カテゴリーの中で抜け駆けは許さないということなのかもしれない。この時間軸では彼女達は苛めを起こしていないので怒りをぶつけるわけにはいかなかった。

 今はリリィティアの対処を優先すべきと判断した真百合は二人を追いかけた。

 先回りして二人の前方に飛び込んでいく。


「園崎さん? どうしたの?」


「いやぁ文乃ちゃんのことで話し合おうと思ってぇ……ゼェゼェ……」


「あら園崎さん、私がいない間に随分ご活躍なさったのね。対人コミュニケーションが苦手だったフミノの不登校を解決するなんて」


「随分耳が早いのね」


「誠也君とはあなたよりは長い付き合いだからね」


 何気ない会話の中でさえマウントを取られてしまった。私達の間に入り込むすきはないとばかりに眼で威圧される。

真百合だって誠也とは半年分先の付き合いがあった。現在の時間軸では未来の思い出までは共有することはできないが、深い絆を築ける下地があるということである。負けじとリリィティアを睨み返した。


「え~と……」


 誠也は困った顔で少女達を交互に見ていた。

一触即発の雰囲気を破ったのは担任の宮部香織の言葉だった。


「園崎さんちょっと手伝ってくれない?」


「えぇ!? 私に頼まずにコイツに頼んでくださいよ!」


 リリィティアを指さすが香織は既に真百合を選んでいたようだ。

 しっかりと肩を掴まれて指名されてしまう。


「あなたに話したいこともあるし……」


 内申点や今後の関係を考えれば担任の頼みを無視するわけにもいかない。真百合はリリィティアにガンを飛ばすと、宮部先生の手を引いてその場から立ち去った。

 勿論このまま引き下がるのは嫌だったので幼馴染にメールを送信した。


「あ、真百合ちゃんからメールだ」


『リリィティアを見張っておけ』


「……スパイか何かみたい」



 宮部先生に連れていかれたのは資料室だった。

 学校行事や説明会等で使った資料を保管している部屋である。前の使用者の怠慢故か文化祭の出しものや各部の成果物等が溢れかえっている。

 散らかる室内を見渡した真百合は大きく肩を落とした。


「書類整理なら人手がいた方がいいでしょう! 誠也君達も呼びましょう!」


「ん~、今は園崎さんとお話がしたいの。ほら、文乃ちゃんのことで」


「文乃の? 何ですか?」


「文乃ちゃん、一年のときから出席日数ぎりぎりで進級も危うかったんだ。学校に来ても図書館にいることが多くて……」


 ただでさえ人見知りする上に中学時代のトラウマがあれば不登校になってしまうのも無理はない。友達がいなければ学校に行く意欲も薄まってしまうだろう。

 そんな文乃を心配した誠也がお節介を焼いていたのである。


「でもあなたのおかげで彼女は積極的に学校に来るようになった。まぁまだ数日だけど。一年生の頃より表情がよくなった気がするわ」


 真百合は少し自分が誇らしくなった。自分の行いが誰かを正しく導けるならとても良いことである。文乃の不登校を解決したことから誠也も真百合に対して好感度を上げたはずだ。そして同じく教師からも信頼を勝ち取ったのである。


「これからも文乃ちゃんをよろしくね」


「ええ、友達という範囲ではこれからも助けるつもりです」


 片重い相手からの評価を上げるためという下衆な切っ掛けではあったが、既に文乃は友達関係にあった。惚れられない範囲で彼女をサポートすることに異存なかった。

 真百合の回答を聞いた香織は満足そうに笑った。長らく不登校の生徒を心配していたのだろう。憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔だった。


 結局休み時間は先生の手伝いで終わってしまった。過ぎ去った時間を取り戻そうとタイムリープを試みたが発動しなかった。恋愛において明確な失敗がないためだろう。

 時間と体力を浪費した真百合はユラユラと教室に戻ってきた。


「真百合ちゃん、お疲れさま」


「胡桃、ターゲットに不審な動きはなかった?」


「特に何もなかったよ? 遠くから見てたから会話までは聞こえなかったけど」


 授業後の隙間時間で劇的な変化は起こらなかったようだ。できることといえば放課後などの約束を取り付けることくらいだろう。――とはいえ油断ならない状況であることに違いはない。昼食時間に午後の方針を固めることにした。

 ランチメンバーは昨日に引き続き胡桃と文乃である。傍から見れば花の女子高生の朗らかなお昼であるが実際の内容は軍議に等しかった。


「さて、誠也君を金髪ビッチから守るにはどうしたらいいと思う?」


「どうしいたらってリリィティアさんだってまだ付き合ってる訳じゃないんだしそんなに急ぐことでも……」


「甘い!」


「ひぃ!」


 真百合は胡桃の方をガッと掴む。

 血走った眼を吊り上げた形相は迫力満点である。誠也を狙う真百合が他の女子から苛められない理由はその気迫にあった。他の女子たちも心のどこかで考えていたのだ。リリィティアに対抗できる日本代表は真百合しかいない、と。あわよくば双方共倒れとなる漁夫の利を狙っているのかもしれない。


「あの危険人物から誠也君の貞操を守らなければならない使命が私にはあるのよ!」


「真百合ちゃんが一番危険だよ~」


「そういえば、リリティアさんと誠也は結構前から一緒にいるよ?」


 それまで黙って箸を進めていた文乃が思い出したかのように呟いた。

 頭に血が上っていても誠也に関する情報は聞き捨てならない。しかも以前の時間軸では知らなかった情報だったのだ。真百合は首だけを文乃の方へ傾けた。


「……文乃、その情報の詳細を」


「詳しいことは分からないけど、放課後とか休みの日に一緒に出かけているみたい」


「ビィィィッチ!!」


 怒りに任せて叫ぶ真百合は急いで弁当をかきこむ。

脳裏に過るのはリリィティアが誠也と親しく話す姿である。

最初の時間軸でも誠也は「用事がある」と言って真百合の誘いを断ることがあった。その理由がリリィティアとの先約であるならば彼の態度と符合する。


「こうしちゃいられない! 早く誠也君を探さなければ!」


 咀嚼も短縮し無理やりお茶で残りの弁当を流しこんだ真百合は廊下の窓を飛び越えて駆け出していく。その手に握るのは未来に得た情報をまとめた『デイブック』である。

 パラパラとページをめくり『誠也君お気に入りスポット・学校編』という項目を開いた。

 屋上、講堂、中庭と彼が生きそうな場所を巡っていくとちょうど中庭に向かう誠也の後姿を見つけることができた。

 気配を消して石碑の影に隠れて尾行を開始する。


 誠也は焦っているようで尾行に気づいていない。

 もう少し近づこうした際に背後から声をかけられた。


「あなた、誰の後をつけてるの?」


「誠也君よ。あの髪金がしゃしゃり出てくる前に誠也君の好感度を上げようかと」


「へー、日本ではストーキングで好感度が上がるものなの?」


 真百合が背後を振り返ると、件の金髪外国人生徒が笑顔で手を振っていた。


「ハロー」


「リリィティア!? なぜ貴様がここに!?」


「私もこの学校の生徒よ?」


「あっちへ行きなさいよ。アンタに構ってる暇はないの。私は誠也君の後を追ってるの」


「見ればわかりまーす」


 宿敵をぞんざいにあしらっていたとき、前方の誠也が声を荒げた。

 あまりの剣幕に少女達の視線がそちらに奪われてしまう。


「先生! 考え直してください! 俺の気持ちわかってるでしょう」


「「――っ!?」」


 状況が分からなかった真百合たちは何事かと一緒に誠也の方を凝視した。

 誠也の対話相手は担任の宮部香織のようだ。感情を剥き出しにしている誠也と対称的に香織の方は終始落ち着いている雰囲気であった。


「ごめんなさい。もう決まったことなのよ」


 香織は適当に会話を切り上げて踵を返してしまう。

 去っていく先生の背中に向かって誠也が叫ぶ。


「納得できないですよ!」


 しかし返答が返ってくることはなかった。

呆然と立ち尽くす少年を放っておくわけにもいかず、追跡者達は彼の前に姿を現した。


「どうしたの、誠也君?」


「何かトラブルですカ?」


 まさか香織とのやり取りを他者に見られていたとは思っていなかったらしく誠也はバツが悪そうに頭を掻いた。しばらく言い辛そうに思い悩んでいた彼はやがて決心したかのように顔を上げる。その顔は穏やかな誠也らしからぬ影のある表情だった。


「二人とも相談に乗ってくれるかい?」


 頼られて悪い気がしなかった真百合たちは大きく頷いた。

 そして彼は重い口を開き状況を説明し始めたのだ。


「「――結婚!?」」


「ああ。以前から進んでいた話が本決まりになりそうなんだ」


 浮ついた話が全くなかった担任の香織が近頃お見合いをするというのだ。

 誠也の話を聞いた真百合とリリィティアは全く同じ顔で驚いていた。


「でも結婚は女性にとって良いお話ではないのデ~スカ?」


「そうだよ! おめでたいことじゃない!」


 結婚は一般的に祝福すべきことである。自由恋愛が重視される昨今だがお見合いだからこそ末永く添い遂げるカップルもいる。女性は寿退社することが多いが、それも先生の幸せを思えば笑顔で見送ってやるのが筋というものである。

しかし誠也は悲しい眼で首を横に振った。


「相手がいい人なら俺だって笑顔で見送ったさ。でもあまり良い噂を聞かないんだ」


 誠也は調査会社からもらったという資料を見せてきた。そこには『黒家一郎』という見合い相手の名前と素行が書かれていた。勤務態度は真面目で出世コースに乗っているということが書かれていた。

しかし、高校時代付き合った女性にケガを負わせて逃げるように転校したこと、大学時代女性問題でサークルを追い出されたこと等、主にプライベートでやらかしているらしいことが列挙されていた。


「相手が酷い男なのは分かりマシタ……」


「でも何で誠也君がこんなに先生に入れ込むの? 調査会社への依頼も高かったでしょ?」


 真百合の質問に誠也はとても真剣な瞳で二人を見据えて口を開いた。


「先生は俺にとって大切な人なんだ」


 これも初めて知る情報である。苗字が違う上に顔の雰囲気も似ていない二人が親戚関係であるということはないだろう。両者に血の繋がりはなさそうだ。

 今まで大人の教師ということで香織は眼中になかったが、改めて宮部香織を選評するとかなり魅力的だった。大人の色気と年上の包容力を兼ね備えた才女だ。

 思わぬ伏兵の登場に真百合はライバルの方を一瞥した。

向こうもこちらを見ているようだ。


「リリィティア・オルドリッジ……」


「フルネームは呼びにくいでしょう。ファーストネームで構わないわ」


「なら対等に私も名前で呼んで。ここは一時休戦して手を結びましょう」


「まずは先生の件を片付けることを優先すべき、よね」


 いがみ合っていた少女達は固く握手した。人間は共通の敵を見つけたとき、犬猿の仲でも手を結ぶ時がある。かの薩長同盟のように。

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