第5話 いじめ回避
真百合は戻った時間も無難に過ごした。
文乃との出会いから体育の授業をこなすまで全く同じだった。
二度も時間が巻き戻ったとなると、勘違いや夢の出来事ではないことは確かだ。
しかしどういう条件でどこまで時間を遡れるかが不明である。下手をすれば意図せず発動して同じ時間を繰り返す『時の虜囚』になってしまう。
「う~ん、分かんないっ! 女子高生の領分じゃないよ~!」
一人で考えても埒が明かない。こんなときは聡い人間の知恵を借りるのが得策だ。さりとて教師に相談しても妄言だと笑われるだろう。
だが幸いにして真百合の近くには最も信頼できる友人がいたのだ。
「胡桃、話したいことがあるの……」
「なぁに? 真百合ちゃん」
自分より頭も切れる胡桃ならばタイムリープ能力について客観的に分析できるのではないかという期待があった。
「――時間が巻き戻ってる!?」
「……うん」
普通の人に時間が巻き戻っているなんて言っても、生暖かい目で見つめられるか、頭の病院に連れていかれるかのどちらかだが胡桃は違った。
「……そっか。真百合ちゃんが言うなら信じるよ」
「流石幼馴染! 愛してるよー胡桃―」
胡桃はそう答えてくれると信じていた。幼少期から積み重ねた絆が二人にはあった。理解者を得たことに喜び胡桃を抱きしめる真百合。誰にも打ち明けていなかった秘密を共有できる人間ができたのは心強かった。
「つまりタイムリープしてるってことだよね? SF小説とかでよくある……」
タイムリープとは特定の時間に巻き戻る現象である。フィクションでは変えたい未来があって超能力や超科学の力で過去に戻るのだが、真百合はなぜ自分が過去に戻るのか分からなかった。
「なんで私は過去に戻ってしまうんだろう」
「真百合ちゃんにも変えたいことがあるんじゃないの?」
思い当たる節は一つしかなかった。
夢路誠也に失恋したことだ。あれが時間遡行の切っ掛けだった。
「最初に時間が巻き戻ったのは誠也君に告白して振られた日だった。今から半年後に……」
「真百合ちゃん、振られちゃったの?」
「うん……。結構好感度よかったはずなんだけど……ね」
部屋の中が暗い雰囲気に支配される。幼馴染が好きな人相手に半年もアピールして告白したのに残念な結果だったと聞かされればそうなるのも仕方がない。胡桃は話題を変えるかのようにタイムリープの原因の話について推論を立てた。
「確実な原因は分からないけど、多分誠也君への想いが関係あるのは間違いないと思う。ちなみにタイムリープは何回くらいしたの?」
「今は二回目。二度目は文乃をいじめから守ったら、なぜか私が文乃に告白してるってことになってた。……それで文乃と出会う前に巻き戻ったの」
「へ? 何言ってるの?」
愛想笑いを浮かべる胡桃。タイムリープのことを信じてくれた時とは正反対だ。真百合も同じ立場なら発言者の頭を疑っていただろう。
「何を言ってるかわからないと思うけど、私もなぜそうなったかわからなかった」
真百合はタイムリープする前の出来事の詳細を話した。誠也から文乃を託されたこと、そこから親密を深めていったこと、苛めから庇ってあげたことなどだ。
既に文乃と友人になるところまで時間が進んでしまっているためここから同じ結末を辿らないように行動を変える必要があった。
一通り真百合の話を聞いた胡桃は自分の考えを述べる。
「とりあえず文乃ちゃんに惚れられないように助けるしかないんじゃない?」
「私が口説いたわけじゃないんだけど……」
「誤解を生むようなことを言っちゃったんじゃないの?」
「まさか! ……いや、確かにちょっと誤解を与えかねなかったかもしれない」
思い出してみると確かに誤解をさせかねない、というよりまさに告白としか思えない言葉を口にしていた。
「カッコつけすぎたかな……」
自省する真百合だったが、胡桃が何かを疑うような目でジーと見つめてきた。
「真百合ちゃん、女の子に興味があるわけじゃないよね?」
「なっ!? 違うにきまってるじゃない!」
そもそも自分が狙っているのは夢路誠也という男性である。
女の子に懸想したことは一度もなかった。同性に対して可愛いとかカッコイイと思ったことは何度かあったがあくまで憧れの範疇である。
「そうだよね……。じゃあ文乃ちゃんを助けるんじゃなくて呼び出される前に文乃ちゃんと夢路君の関係を公表したらいいんじゃないかな?」
「え?」
「真百合ちゃんの話によると、その女の子たちは夢路君と文乃ちゃんの関係を恋人と誤解していじめに発展したんでしょ? だったら文乃ちゃんが絡まれる前に二人が従兄妹だって公表したら?」
「――文乃が苛められる心配はない?」
胡桃はコクリと頷いた。
一筋の光明がさした瞬間だった。
文乃が真百合に惚れるなんて言う間違いはあの気取った救出劇があったからおこったのだ。文学少女がドラマティックな雰囲気に呑まれた結果の産物である。つまり苛めが勃発しなければ真百合が文乃に恋慕されるシチュエーションは起こりえないはずだ。自分の感情は友情であると納得してくれるだろう。
早速携帯で文乃に連絡を入れることにした。勿論明日起こるであろう文乃へのイジメを回避するためである。
何コールか後に『もしもし』と文乃らしき声が返ってきた。
「文乃? 明日ヤバい奴に声かけられてイジメられるから一人で行動しないで」
「真百合ちゃん、いきなりそんなこと言っても文乃ちゃん混乱しちゃうよ?」
「あ! しまった!」
未来に起こることを告げるのは人に信頼されない。胡桃は長い付き合いだから信頼してもらえたが、付き合いの浅い文乃は信頼してくれるわけはない。
しかし――。
『うん、真百合の言うことなら、分かった』
なんと文乃は真百合の提案を受け入れてくれた。
真百合自身気づいていなかったが、苛めからの救出がトドメになっただけで真百合への好感度は高かったのである。文乃にとって真百合と友達になってからの時間はそれだけ濃密なものだったのだ。
「――信じてくれるの!?」
『うん……』
「ありがとう! それと誠也君との関係はすぐに明かした方がいいと思う。今回のいじめを回避できても今後、誤解をした人に敵意を向けられるかもしれない」
『そう……。そっちもわかった』
「じゃあ明日は一緒に登校しよう」
『え!?』
いきなりの申し出に言葉を失う文乃。
彼女からすれば友達になって一日目なので驚くのも無理はない。
「胡桃も一緒だけどね。一緒に行動してたら変な連中に目を向けられることもないと思う」
『一緒に登校してくれるの? 私の家、反対方向だよ?』
互いに正確な住所は知らなかったが、文乃は校門で真百合たちと左右に分かれていたので漠然的に反対方向だろうと考えていた。事実として両者の自宅は真逆であり、真百合が迎えに行けば学校から遠回りになってしまう。だが一緒に登校することは苛めの回避のために最も単純な方法だったのである。
「明日早起きして迎えに行くから。住所はメールで送っといて。……じゃあね」
電話を切った真百合は胡桃に親指を立てる。
伝えるべきことは伝えた。後は明日の自分の行動にかかっている。
「明日……トモダチと、登校……」
文乃は通話が切れたはずの携帯電話を胸に抱きしめていた。中学時代からあまり友達がいなかったので、友達の方から誘われるとは思わなかったのだ。
「体育も……助けてくれたし、真百合も胡桃も優しい……」
文乃は寝坊しないように目覚まし時計をセットするが、今からセットするには早すぎたようですぐに鳴り出してしまい慌てて止めるのだった。
――そして翌朝、真百合達は早起きして支度していた。
眠気が抜けきっていないが文句は言えない。胡桃が起こしに来てくたので二度目の失敗をしなくて済んだのだ。寝坊によって同じ失敗をしていれば、三度目のタイムリープは期待できなかったかもしれない。――とはいえ睡眠を欲する身体は欠伸による自己主張を繰り返している。
「あぁ~ねぶい……」
「真百合ちゃんって本当に朝弱いね」
「将来真百合ちゃんの旦那さんになる人が心配だな~」
「へ!? 私だって結婚したら朝を支配する女になるよ!」
「なぁにそれ? 今から花嫁修業しとかないと夢路君にもアピールできないよ?」
「そっか。そうだね。オチオチしてるとあのリリィティアに盗られちゃうしね」
現状身体的アプローチは向こうに軍配が上がっている。技術点で想い人の好感度をあげていくしかないのだ。真百合は決意を込めて拳を握った。
「あ、そうだ。真百合ちゃん」
「何? 宿題ならやってないよ?」
「そんな自信満々に言われても……。そうじゃなくてタイムリープのことだけどさ」
「うん?」
真百合の手をつかんだ胡桃はいつになく真剣な眼差しをしていた。
「もし、また過去に戻っちゃったら私に一番に相談して。絶対信じて力になるから」
「あ、ありがとう。その時は遠慮なく頼らせてもらうわ!」
言われるまでもなく真百合はそのつもりだった。どんな馬鹿げたことでも真剣に訴えれば胡桃は信じてくれるだろう。根拠はないが自信があった。
この幼馴染ならきっと協力してくれるだろう――と。
胡桃と話していると時間の経過が早い。
いつの間にか文乃の家に辿り着いていた。始めてくる場所であるが事前に貰っていた住所に符合している。非常に面積の広い荘厳な佇まいだった。もしかしたら文乃は結構なお嬢様なのかもしれない。
「ここだね」
「じゃあベルを鳴らすよ」
『ピーンポーン』と一回鳴らすと、階段を猛スピードで降りる音が聞こえてくる。そしてすぐに扉が開いた。出迎えたのはデートに出も行くかのようにおめかしした文乃だった。おとなしめながら愛らしいワンピース姿だ。女の子に慣れていない男ならコロッと落ちるだろう。しかしここにいるのは皆女の子だ。
「どうかな?」
遠慮がちながら機体の籠った眼差しを向けられる。
真百合たちは勿論女故に女心は分かっているつもりだ。
恥ずかしそうに感想を求められれば「褒める」の一択である。
「うん……かわいいよ。私服は初めて見たけど似合ってるね」
「でもね、文乃ちゃん。……今から学校行くんだよ?」
文乃は耳まで真っ赤にして玄関の扉を閉めた。
友達との登校というありふれた状況でさえテンションが上がってしまったらしい。
気合を入れてきたところ悪いが、私服で登校させるわけにはいかなかった。
「これはまたフラグ立っちゃったかな?」
「よしてよ、胡桃」
まだ目立つような行動は起こしていない。文乃が惚れるのは彼女を苛めから庇ってからだ。今回は人見知り故に友達との接し方を勘違いしてしまっただけだろう。
その考えを裏付けるように制服に着替え直した文乃からは恋慕のような感情は感じなかった。
「ごめん。お待たせ」
「そういえば、誠也君は? 一緒に登校してるんじゃないの?」
「そうだけど……何で知ってるの?」
二人で登校していることはこの後苛められた際に明らかになるものだった。
真百合はうっかり未来から仕入れた情報を前提に話を進めてしまったのである。
タイムリープのことをむやみに言ってドン引きされては困るので、何となく誤魔化すことにした。
「いや、帰る方向同じだったしそう思っただけ。それで誠也君は?」
「せっかく誘われたんだから、今日はお友達と一緒に登校した方がいいって」
誠也は女子同士の方が気兼ねしないと思って敢えて身を引いてくれたんだろう。彼の何気ない優しさは文乃をダシに使って彼に接近しようとする真百合の下心を粉砕したのだ。
「真百合、胡桃、早く学校行こう!」
露骨にがっかりする真百合とは正反対に上機嫌な文乃は二人の手を引いて駆け出した。
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