第2話 初恋リベンジ
真百合は自分の部屋で不貞寝していた。
考えるのは昨日の告白のことである。まさか振られるとは思っていなかったのだ。今日から学校であるが制服はハンガーにかけたままだ。目覚まし時計の設定も解除している。朝を通告する日光を遮るように布団を頭まで被る。
「誠也君の近くにいる女子の中では一番リードしていると思ってたのにな……」
もう少しうまく出来なかったのかと後悔ばかり心に残る。
枕に顔をうずめる間に、インターホンが鳴った。この時間に尋ねてくる者は一人しかいない。気分も悪いので無視していると、母親が部屋に突入してきた。
「真百合! 胡桃ちゃんが来たよ! さっさと起きて支度しなさい!」
「今日は学校行きたくない。休む」
「はぁっ!? アンタ何言ってんの?」
それ以上小言が聞こえてこなかったので呆れてどこかに行ったのだろう。
再び不貞寝を決め込もうとすると二階の階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
扉を開けて入ってきたのは幼馴染の北野胡桃である。相変わらずの胡桃色の髪をなびかせた愛らしい顔の女の子である。その容姿とおっとりした性格から男子からの人気はすこぶる高いが、本人は恋愛に興味がないようである。
いつも彼女が起こしに来るのが日課になっている。そしていつもなら二人で学校に行くのだが、真百合は胡桃を一瞥するとまた枕に顔を埋めた。
「真百合ちゃん、学校遅れちゃうよ」
「……行きたくない」
胡桃には前もって片思いの相手に告白する旨を告げていた。何度も相談に乗ってもらっていた。だからこそ意気消沈している理由は筒抜けだった。
「駄目だったの?」
枕に顔を埋めながら首肯する。一番応援してくれていた幼馴染に良い結果を伝えられない自分が恥ずかしくて仕方がない。恋に落ちてから半年間、積極的に行動してきた。携帯でのやり取りも対面でのやり取りも他の女子よりも親密にやっていた自負があった。
絶対に恋を成就させる自信があった。まさか振られるとは思っていなかったので反動が大きいのだ。
「でも真百合ちゃんは頑張ったと思うよ」
「頑張っても結果が出なければ意味ないよ」
「諦めるのは早いんじゃない? 誠也君への想いを大事にしてきたんでしょ」
「私は振られたんだよ。他の女子より上手くアピールできてると思ってたのに……。彼の一番近くにいたと思ってたのに……」
「だったら、もう一度やり直せば――」
「簡単に言わないでよ!」
胡桃が励ますつもりで言ったその一言が却って琴線に触れてしまった。
思わず大きな声を出してしまった真百合はバツが悪そうに布団を被る。
「……ごめん。今日は家にいるから学校には一人で行って」
「分かった」
胡桃は心配そうに真百合を見つめた後、「元気出してね」と告げて出ていった。一人部屋で天井を見つめる真百合は後悔しながら呟いた。
「本当に初めからやり直せたらいいのに……」
真百合は現実逃避するように微睡みの中に身をゆだねていった。
玄関では真百合の母が胡桃を送りだしていた。
「ごめんねぇ胡桃ちゃん。まったく、真百合は――」
「いえ、気にしないでください。学校が終わったらまた寄ります。学校のプリントとか届けないとだめですし」
「いつも悪いわね。じゃあ美味しいケーキでも用意して待ってるから」
真百合の母に送りだされた胡桃は一人で学校に行く。
外の道から真百合が不貞寝しているであろう部屋に視線を向けた。
「真百合ちゃん、立ち直れるかなぁ……早く元気になってくれればいいけど……」
一人でトボトボと歩いていると、途中に神社を見つけた。今は古ぼけているが、小さい頃真百合と一緒に境内で遊んだ縁結びの神社だった。
「そうだ! ここでお願いしようっと!」
脳裏に落ち込む幼馴染の顔が浮かんだ胡桃は神社の鳥居を潜った。
早く立ち直ってほしい。また一緒に学校に行きたい。笑い合いたい。
胡桃の心を満たしたのは純粋な幼馴染への想いだった。
財布から小銭を出して賽銭箱に投げ入れて強く願う。
「真百合ちゃんが素敵な恋をできますように」
神殿の奥から温かい風が吹いた気がした。
首を傾げる胡桃だったが時間が押していることを思いだして急いで学校へ向かった。
半分隠れた太陽が部屋を照らす頃に真百合はようやく目が覚めた。
「はぁ、もう夕方かぁ。一日中寝ちゃったのか」
随分長い間寝てしまったようだ。恋愛を成就させるために半年間奔走していたのだから燃え尽きてしまっても仕方がない。今までは毎日相手の好感度を上げるために試行錯誤していたが、振られてしまった今となっては全てが空しいだけだ。明日からどうやって過ごすか進むべき道を見失ってしまったのである。
「恋する前の私ってどんなことしてたっけ……」
不意に部屋の外から階段を上る足音が聞こえてきた。長い付き合いであるため足音だけで誰が来たか分かってしまう。この遠慮のある登り方は胡桃だ。
案の定、見慣れた少女が扉から入ってきた。
「おはよう! 真百合ちゃん!」
「ハイハイ、起きてるって。胡桃、今日の学校どうだった?」
「何言ってるの? 真百合ちゃん。新学期は今日からでしょ? 昨日までの春休み中ずっと遊んでたじゃない。もしかして寝ぼけてるの?」
「へぁ?」
予想だにしていなかった返答に素っ頓狂な声を出してしまった。
「もう、新学期からそれじゃあ駄目だよ。進級したんだからしっかりしないと!」
「新学期? いつから私たちは三年生に進級したの?」
「真百合ちゃん、やっぱり寝ぼけてるの? 大丈夫? 今日から二年生だよ?」
胡桃が何を言ってるのか分からなかった。二年の新学期から半年経ったはずだ。色々な経験をして片思いの彼とも接近し告白したのだ。そして玉砕した。人生で一番濃密な半年間だったから忘れるはずもない。振られた翌日は家に引きこもって惰眠をむさぼっていたはずだ。たった一日で半年の時が巻き戻ったというのか。冗談ではなかった。
「胡桃、もしかしてサボったこと怒ってる? 今日は終わってもう夕方でしょ!」
必死に訴えるが、幼馴染は心配そうに真百合の額に掌を押し付けてきた。
「熱はないみたいね。今は朝だよ。だから起こしに来たんだよ」
胡桃に言われて窓から外を確かめるとカラスの鳴き声ではなく雀の鳴き声が聞こえてきた。遠くから鳩の鳴き声も聞こえてくる。そして朝のジョギングをしているおじさんの姿も見えた。おまけに目覚まし時計は七時である。
「ど、どういうことなの?」
「それより真百合ちゃん、今日は新学期だから朝早く行こうって昨日話してたよね?」
確かに胡桃は新学期前日にそう言っていたはずだ。だがそれは昨日の話ではなく半年前の出来事のはずである。
「早起きしたのに新学期から遅れちゃったら意味ないよ~。早く準備して」
「あ、うん」
胡桃にせっつかれて制服に着替えるしかない。下のリビングからは朝のニュース番組の音が漏れ聞こえてきていた。今が朝だというのは間違いないようだ。
真百合は釈然としないながらも朝食のパンを胃袋に詰めて外に飛び出した。
通学路に入った真百合はより一層驚愕することになった。紅葉に色づいていたはずの山々は緑に戻り、桜並木道は満開の桜で彩られていたのだ。髪に纏わりついた桜の花びらを見つめる真百合は寝ぼけているのかと目をこするが、風景は変わらなかった。
携帯のカレンダーは四月を示している。
(私夢を見ていたのかな……)
「ふふ、また同じクラスになれるといいね」
「うん、そうだね」
今が半年前であるならば胡桃の懸念は杞憂である。この後のクラス発表で二人は無事同じクラスになるのだ。何組でどの座席に座るかも覚えていた。
(今までが夢だったのか、本当に時間が巻き戻ったのかはクラスを見たら分かる)
途中で胡桃が何かを思い出したかのように自身のカバンを漁り始めた。
「あれ? あれれ~?」
「どうしたの胡桃?」
「ちょっと忘れ物しちゃったみたいで」
その言葉を聞いた瞬間猛烈なデジャヴを感じた。
「この会話、この場所で……前にも」
「ごめん、先に行ってて」
胡桃は踵を返してしまった。
真面目な幼馴染が珍しく忘れ物をしたのでこのやり取りはよく覚えている。
半年前も胡桃が忘れ物をして一人で学校に行くことになった。そしてその続きは――。
「そうだ。ここで誠也君と出会うんだ」
真百合は運命に導かれるように走り出した。今が半年前と同じなら、学校に行くまでの道程、そこにある広い公園で彼は焼き芋を焼いているはずだ。
「ハァハァハァ……」
息を切らしてその公園に向かうと、おいしい焼き芋の香りが漂ってきた。
そして彼は焼き芋を焼いていた。自分の黒歴史を燃料にして。
「あの!」
「ん? 何だい?」
「何で春に焼き芋焼いてるの?」
枝で芋を突っつく彼に尋ねる。彼が何と答えるかは分かっていた。
「芋と燃やせるものがあったら焼き芋を作るのが日本人の常識だと俺は思うんだよ」
爽やかな顔でそう言った。
彼と二度目の初対面を迎えたのだ。
理由は分からないが体感している出来事が半年前そのものだった。
――もう一度、やり直せるかもしれない。
真百合の胸に希望の光が灯る。
「今日は今までの自分に別れを告げて、出来た焼き芋を今日からの自分の栄養にするんだ」
「私も昔の自分にサヨナラして新しい自分を始める!」
思わずそう叫んでしまった。
彼は一瞬虚を突かれたようだったが、愉快そうに笑いだした。
「面白い子だね。じゃあ新しい自分を始める俺たちの門出を祝って、どうぞ」
彼は焼き芋を二つに割って新聞に包み渡してきた。
「ありがとう!」
むしゃむしゃと焼き芋を頬張りながら真百合はこれからのことを考えていた。
(半年前に戻った理由についてはこの際置いておこう。非科学的だけど時間が戻ったのは間違いないみたいだし。それよりも二度目のチャンスを有効的に使おう)
真百合が考えることは如何にして夢路誠也を落とすかである。そのためには以前とは違った行動もとるべきだと真百合は考えた。
「私、園崎真百合って言うの。誠也君も同じ学校だよね。一緒に行こうよ」
「へ? いいけど。自己紹介したっけ?」
「いいからいいから」
多少強引だが彼と一緒に登校することにした。
前は別れて教室で再会することになったのだが、せっかく二度目の初恋なのだから今回は積極的に動こうと決意したのである。
「園崎さん、本当に面白い人だね。同じクラスになれるといいなぁ」
真百合は心の中でガッツポーズを取った。彼の心の中に強烈な印象を残すことができたからだ。しかし押しすぎるのはよくはない。適度な距離感を保つのも恋愛の基本である。真百合は「じゃあね」と最高の笑顔で別れた。
これだけ自信があるのは彼と同じクラスになることがわかっていたからだ。
そして一度体験した時間をなぞるように記憶の通りにことが進んでいく。
やはり夢路誠也とは同じクラスだった。だが一つ忘れていたことがあった。
彼は凄く異性から人気があるということを――。
「キャー」「誠也君ってかっこいいよね」「あたし狙っちゃおうかなぁ」
誠也が教室に入ってきただけで女子が黄色い声を上げている。中には既にアプローチをかける子もいた。真百合は有象無象の宿敵達を苦々しく思いながら睨む。
「どうしたの? 真百合ちゃん、すごい顔してるよ?」
声をかけてきたのは幼馴染の胡桃だった。一度家に引き返したはずだが朝礼には間に合ったようである。真百合の視線を追った胡桃は彼女が何を見つめているか理解した。
「あぁ、夢路誠也君! 人気みたいだねー」
その一言で殺気立っていた真百合は幼馴染に詰め寄る。
「まさか、胡桃も誠也君狙いなの?」
「痛い、痛いよー、真百合ちゃん」
思わず肩をがっしりつかんでしまっていたので真百合は慌てて手を放した。
「大丈夫だよ。夢路君は確かに格好イイけど、別にタイプじゃないし」
真百合は安心した。考えてみれば、時間が巻き戻る前も胡桃は誠也に気がある様子はなかった。寧ろ真百合との仲を取りもとうと一番協力的だったのだ。
「そう言えば、胡桃は一年のときからルックスの良い男子に告白されても断ってたよね。胡桃には恋愛は早すぎるのかもねー」
「ふふふ、そうかも。今は真百合ちゃんと遊んでた方が楽しいし」
「そっかー。でも悪いね。私は恋愛に生きるつもりだから!」
指でカメラを作った真百合はターゲットのイケメンに狙い定めた。三六〇度どこから見ても整った顔立ちである。そして誰とでも分け隔てなく接する人格者でもある。
「真百合ちゃんも夢路君を狙ってるんだね。珍しいね、真百合ちゃんはいかにもイケメンってタイプは好きじゃないと思ってたけど」
「恋に落ちる瞬間は本人にも分からないもんなのよ!」
「確かにそうかも。でも彼を狙うんならライバルは沢山いるよ」
「そんなこと分かってるわ! けれど私には絶対的なアドバンテージがある!」
そう。これから半年の流れを把握しているのだ。もう失敗することはない。
未来の失敗の記憶を鑑みて最善の選択を選べばよいのだ。
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