第6話「時は案外金じゃない」

 景気が良いとか羽振りが良いとか言い方は多々あれど、あの時期の彼女の経済力は常軌を逸していた。

——ちょっとね、お金入ったから買ったの。

 こんな軽い口調で彼女が何を買ったかというと、日本海側にある無人島だった。冬は寒いらしいし特に名産物も景色が良い場所もないらしかったが、それでも島は島だ、安く見積もっても数百万円はしたに違いないし、維持費も掛かるだろう。

——あとね、これもカラバリ増やしたくて、直営店で入手したよ。

 今度は何だと思っていると、彼女がハイブランドのバッグから取り出したのは、イタリアのメーカーの化粧品、の、アイシャドウパレット五種だった。

 正直俺は彼女が心配になった。友人として。俺と彼女は高校時代からの付き合いで、三十路一歩手前になってもこうして不定期的にだが一緒にメシを喰う間柄だ。俺に恋愛感情はないし向こうもそういったものは欠片も見られなかった。『馬が合う』、『腐れ縁』、そんな言葉がぴたりと貼り付く俺と彼女の関係性。俺はそれが好きだった。だからこそ、特にレベルも高くない私立の大学を出た後、特にレベルも高くない企業の一般事務として働いている彼女がこんな『お買い物』を始めたのだ、心配するなという方が無理な話だろう。

——宝くじにでも当たったのか?

——え? 誰が?

 きょとんとして完璧にカールしたマスカラを直す彼女。学生時代からやや天然ボケなところはあったが、これは演じているな、と直感した。

——心配してんだよ。

 具体的に何が、とは言わずに俺が発すると、彼女は喉の奥でくふふと笑った。

——諸事情であんたには分けてあげられないけどね、私見つけちゃったんだ、自分の市場価値。

 不穏な単語の登場に、俺の杞憂は膨れ上がる。

——だーいじょうぶ、危ないことしてないって。ちょっと副業始めたらバズっちゃってるだけ。いつまでも続くものだとは思ってないし、お金の管理はプロに任せてるよ。

——じゃあなんで無人島なんて……

——決まってんじゃん。

 彼女は手にしていた化粧品をカウンターに置き、俺の顔を正面から見据えた。

——ウチらが老後住むためだよ、無一文になってもね。

 一瞬目を見開いたが、

「はーい、お兄さんどうぞ〜」

 と替え玉がやって来たので、俺はただひとこと、

——勝手に決めんなよ。

 とだけ返しておいた。


                              (了)

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