第3話「計画、逸脱、海の巫女」
計画通りにあえてことを運ばないというのも人生の醍醐味だ、というのが彼の数多いポリシーの一つだった。
例えば今、新幹線から唐突に下車して名前も聞いたことのない在来線に乗っているこの瞬間も、そうした時間の一部だ。
京都での仕事が順調に進み、少々早めに東京に戻れることになった独身貴族である彼は、結婚しないこともまた、彼は法的になにがしか、誰がしかに縛られない自由と捉えており、大切にしているパートナーはいるものの、相手も相手でそんな彼の思想を理解しているので文句を言うのは両親くらいで彼のライフスタイルに問題はなかった。
車窓からは海が見えていた。
風が強いのか、水面はやたらときらきら輝いて、或いは荒々しくも見えた。窓ははめ殺しになっていたが、彼は海風の湿気や塩気による車両へのダメージを考慮してのものだろうと判断した。
座席は横並びの八人掛けではなく、ボックス式の四人掛けが並ぶ形で、彼は進行方向とは逆方面に座っていた。関東圏では酔ってしまいそうな位置だったが、今日は目に次々と飛び込んでくる美しい自然、海や反対側の草木、森や遠くの山々のおかげか、逆に彼らをよく見ることができて安らかな気分だった。
とある海岸沿いのこぢんまりとした駅で、高校生と思しき学生達が十名ほど乗り込んできた。男子生徒は学ラン、女子生徒はセーラー服姿だった。
彼はノスタルジックになりながらも、スマートフォンやタブレットを弄る彼らを見ては、自分とは確実に違う時代を生きているのだな、などと感慨に耽った。
「すみません」
凜とした声が、海辺に視線を投げていた彼に投げつけられた。
「そこに座らせていただけますか。私は帰路、その座席に座らないといけないんです」
セーラー服を着た黒髪の女子高生が、冷たい瞳でそう彼に言い放った。あたかも死刑判決かのように。
「そんな法律はないだろう? 僕の向かいか隣りに座ってみないかい? いつもとは違う景色が見えるよ、それも人生の醍醐味さ」
彼が人生の先輩然として返した瞬間、車両中が静まりかえった。
「私は帰路、その座席に座らないといけないんです。どうしても」
「だからそんな決まりは——」
「あるんです、私は海の巫女なので」
言うやいなや、少女は学生鞄から木製の筒を取り出し、呆気にとられる彼に構わず剥き出しになった刃を振りかぶった。
(了)
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