5話 さっぱり!ヘルシーサラダ⑤
「すみません、私が住んでいたところでは食べ物に、そして作ってくれた人に対して、敬意を表するためにいただきますという挨拶を食事の前にするんですよ」
「ふうむ。そのイタダキマスの意味は素敵だな」
「はい。命を頂きますという意味もあります。食事の後にはご馳走様でした、というのもセットでありますね」
「ゴチソウサマの意味は何なのかしら?」
「史実的なところから来ているものもあるんですが、わかりやすくいうと作ってくれた人に対する感謝の言葉ですね」
「すてき!私、これから使う!」
どうやら誤解なく伝えることができたようだ。
あまりいただきます、ごちそうさまの意味を考えたこともなかったので、間違ったことを教えていたら、と思ったが、大丈夫なようだ。
「いただきます、ごちそうさまの時は手を合わせます。これは、私がいたところでの敬意の表し方で、音をたてないようにあわせてくださいね」
そう言うと3人とも真面目な顔をして手を合わせた。
この一家はとても素直なんだなと思う。
「基本的に、一家の大黒柱がいただきますと言った後に続いて、残りの人もいう感じです。ごちそうさまも同じ要領ですね」
「お、じゃあ俺だな?こほん、では。いただきます」
「「「いただきます」」」
こうして始まった食事はとても楽しかった。
オンドクルは想像していたより臭みも薄く、肉本来の味がして。
何より、ポタポタと持ち上げる度に肉汁が落ちて貧乏性の私からすれば、ちょっと勿体無いなと思ってしまった。
味付けは何をしているのかと聞いたら、塩だけだと返ってきた。
塩だけでこんなにも美味しいのか、と感動した。
「サラダ、すっごく美味しい!オンドクルの油をさっぱりさせてくれる感じがするー!」
リベラルが満面の笑みでそう言ってくれたので、なんとなく擽ったい感じがした。
こんなに小さい子に食事を出すのは初めてだったので、少し不安だったのだ。
「リベラル、この香草は食べられる?母さんのあげるから、少し食べてみなさい」
「んっ!これ、美味しい!すっごいさっぱり……って何この匂い!?」
やっぱり大葉はリベラルには、はやかったようだ。
もう少し大人になってから食べようね、とリッタ夫人と笑いながら顔を顰めたままのリベラルに告げる。
「本当に美味しいな!野菜なぞ、栄養のためとしか思っていなかった。こんな味付けができるなんてな!」
「ええ、本当に。鶏の卵を使いたいと言い出した時は驚いたけどねえ」
「何!?鶏の卵が入っているのか!?なんて殺生な!」
予想通りの反応に、リッタ夫人にした説明と同じものをする。
ヘールさんは、少し唸ったもののその通りだな、と納得してくれた。
「それで、鶏の卵はどれだ?これはチーズ、胡椒、この黄色いものか?」
「そうですよ。本来、卵白と卵黄で卵なのですが、今回は卵黄だけを使いました。チーズとレモンをうまく繋げていて美味しいでしょう?」
「うむ、いや、初めて食べるがとっても美味しい。チーズと卵がもったりとしているのに、レモンと大葉がさっぱりしていて、トマトとよくあっているな」
「私も同じことを考えていたわ!リベラルも言っていたけど、本当、オンドクルの油をさっぱりさせてくれる」
「それに、コーンに焼き色がついているぞ!?んっ!香ばしくていつものコーンより柔らかい!?」
「はい!炒めることによってより美味しくなるんですよ」
そうこうしている間に、あっという間に全員の食器が空へと変わった。
「ねえ、チヒロさん。サラダってこういったもの以外にもあるのかしら?」
「もちろんです!たくさん種類はありますから、お教えしますよ!」
「はは!それは頼もしいな、こちらとしても助かる!」
そんなヘールさんの言葉に、ギクッとした。
いつまで、この生活を続けられるのか、不安になったからだ。
私は、行き倒れていたところをこの家に助けてもらったという。
では今、体調が治った状態で、この家に置いてもらえる理由などないのではないかと。
しかし、今この家を追われたとして、行くあても何をして生活すればいいのかもわからない。
料理を作っているときに、ふと頭をよぎったことが今になって、焦りへと変わった。
「あ、あの……私は、この家に置いていただいてもいいのでしょうか?」
だめと言われないか不安で、思っていたよりもか細い声で聞いてしまった。
これでは、まるで置いてほしいと図々しく、お願いしているようではないか。
3人の反応が怖くて、足の上に置いた手をじっと見つめる。
「え!?もちろんよ!?というか、そのつもりだったわ!」
「ああ。行き倒れなんて、只事じゃないし、さっきからチヒロさんが前住んでいたところの話をする時の表情が気になっていたんだ」
「表情、ですか?」
「どこか寂しげでな。もう、戻れないんだろう?気持ちの整理が終わってからでいいから、教えてほしいがな」
「そ、そうでしたか……すみません」
「そんな謝ることはないわよ。いつか、話してくれるようになるまで、私たちは待つわ」
「うん!チヒロがこの家にいてくれたら私も嬉しい!」
「ほら、リベラルもこう言ってるんだ。チヒロさん、うちにいてくれ」
3人の心の温かさに思わず涙が出てしまいそうになった。
それを、グッと堪えながら3人の方を向く。
「これからも、よろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ。よろしくお願いする。じゃあ、食事後の挨拶をしようか。なんだったかな、チヒロさん」
明るくそういうヘールさんに、いよいよ私の涙腺が限界を迎えようとした。
滲む視界の中で、震えた声で言った。
「ごちそうさま、です」
「よし、そしたら手を合わせて。ご馳走様でした」
「「「ご馳走様でした」」」
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