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憂葉 6
私は迷花がこの施設に通うことを止めないことに決めた。この現実離れしたシェルターは、宿泊設備も備えており、迷花が望めばそこで保護されることができる。あの団体に不信感を持っていたころは、私の下宿にいつまでもいればいいと思っていたのだけれど。
LoRA被害について直接解決したわけではないし、逃げ場がないという状況は変わっていない。でも、様々な働きかけをしている彼らの活動を見ているだけで、今にも事態が好転しそうな予感を抱くことはできる。
私の当初の目的はこうだった。
小説家がAIを使うのに、絵師が拒絶する理由を理解すること。
そして、そのどちらかの態度を批判するのではなく、どちらも正当化できるならそうしたかった。その断絶が言語と絵の違いからくるのだとしたら、逆に言語と絵の共通点を探ることで、落とし所を見つけたかった。和解の方法を。
でも、歴史の始まりに、洞窟という母胎に遡行した私が見たのは、起源にまで遡れば同じものだったそれらが、その直後から別方向へ歩き出したということだった。まるで海と陸にその領土が分かたれたように。
言語は複製と共有を志向し、絵はそれから逃れるために技術を磨く。もちろん、単純にそうとは言い切れないはずだ。言語芸術である小説だって外装は記号だけれど、その内部に非記号的な構造を持っている。記号だけを拝借するとオマージュと思われるが、その構造を維持したまま記号だけを置換して世に出すと盗作と呼ばれるのだから。
でもその構造は表には現れない。表面的には引用によって直接的に複製されているように見えるせいで、小説にも絵のように非記号的な、複製と共有を拒む部分があることが見えていないだけなのだ。
〝記号接地〟という、AI界隈と言語学界隈でのバズワードがある。LLMや空疎な言語の使用は、体験を通じて外界、つまり世界そのものという大地に接地していないという指摘の文脈で使われる。その比喩で言えば、絵は常に大地の側にあると言っても良い。身体的な芸術は、歌やダンスは、それ自体が身体という世界の構成物の直接的な反映だ。記号の意味は形や色と乖離しておらず、肥沃な世界そのものに根を張っている。しかし今、その成果物は収奪されており、植物は逃げることが出来ない。収奪者は身体性という大地に縛られていないから、制約無しに複製され、繁殖する。
比喩が独り歩きし始めてしまっただろうか?それも、私が記号接地に失敗しつつあるということだ。
もう一つの比喩も思いついた。比喩を渡り歩いてしまうが、私にはこうすることでしか語ることができない。比喩は、アナロジーは、表面的な記号を可換的に扱う技術だ。内部の被記号的な構造を維持しながら。それは絵のような技術ではないだろうか?
シノエさんのインスタレーションが生成した樹形図を見て、私はなんとなく、アートという行為は未来からの発掘なのだと思うようになった。
作品は私達の物事の形に対する洞察、理解、経験、感情、苦痛、すべてを文脈とする鉱床から発掘される。埋まっている状態では、言葉を使って分節できず、確固とした形が見えない化石は、絵描きの手でなくては壊れてしまい、形を損なってしまう。慎重に、あらゆる配慮の末に掘り出されたそれは、どの地層から発掘されたのか詳細に記録され、展示される。その博物館には、子どもの落書きやソシャゲの二次創作まで、すべてに居場所がある。
AIアートはそうした文脈から切断されて、突然机の上に現れる。全ての可能な絵画が眠っているその地層の、おそらくどこかに埋まっていたはずなのに、そうした来歴はほとんど消去されている。ユーザーはプロンプトという座標を設定しただけで、その鉱脈の構造を知らないし、AIはどのように堀り出したかを説明しない。
ユーザーは、自分がそれに意味付けするのだと言ってそれをコレクションボックスに飾るだろうけれど、産地には行ったことがない。全ての可能な絵がある絵画版のバベルの図書館は、依然として迷宮だ。
今AIアートは、化石調査よりも石油採掘のそれに似た方法論によって、その鉱脈を地下の見えない部分で穴だらけにしているのだろうけれど、私は資源が枯渇してしまうことは心配していない。心配なのは、最も重要であるはずの私達の地層に対する理解をスキップして、遺物だけを収集していることだ。あるいは、まるで自分がなぜどのように描かれたのかを知らないまま消費されていくような生成物のことが悲しいのかもしれない。少し擬人的すぎるけれど。
もしかしたらその博物館は経営難で、見栄えの良い展示品を増やしたかったのかもしれない。
叶木先輩が言ったサラ・コナーというたとえはやはり間違っていなかったと思う。彼女たちが、未来からの収奪に対する抵抗者であるという意味で。
でも彼女たちは、突然殺人機械に怯え始めたわけではなかった。彼女たちの敵は歴史の始まりからいたのだ。AIは文字などによる対象の抽象化と共有の最新バージョンにすぎず、彼女たちは洞窟の時代からそれと戦っていたのだから、これからもそうするだろう。
ならば、私も迷花の敵の一人だったのだろうか?言語によって描いてほしいものを言って、迷花がそれを描き、私が感想を言う。迷花がそれを反映して、また描く。その間にはたくさんの翻訳喪失が発生しただろうけれど、幸福な時間だった。それは言語によって非言語的な行為を制御しようとする試みだったのだろうか?
でも、私の隣で、私に絵を見せて感想を求める彼女の笑顔を見ると、そうではないことがわかるのだった。
翻訳は、対象の存在までを代替するものではない。それがあれば相手が不要だと宣言するものではない。私はブラックボックスのように思われている彼女たちの言葉を、非記号的な絵や歌声の中にあるそれらを、言葉の世界に生きる人たちに対して紹介したいと思っている。
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