迷花 4
〝記号的な絵〟という評価は、おそらく絵描きの間ではあまり褒め言葉とは思われない。それは複製が容易で、感覚よりも意味に寄っているということだから。
でもキャラクターの特徴には記号的なところがあって、例えば猫耳があるとか、黒い首輪をしている、ほくろがある、それらが一般的にもキャラクターの記号と呼ばれるのを見たことがあると思う。
美術の世界ではもう通り過ぎてしまった議論で、記号的で、複製的あることを前面に出した有名な作品もいくつか思いつく。でもSNSの絵師界隈は、アニメーターのようなデッサン能力を中心とした、目を惹くための技術を競う脳筋の場になっていて、私は意外とその単純さが好きなのだった。アートの側から見ると、絵師の絵は文脈と批評が欠落しているし、技術自体にも保証がないから、アートとは呼べないように感じるかもしれない。
私自身、数年前まではいわゆる絵師のイラストを明確にアートとは思っていなかった。美大界隈では技術以外にも、自己表現や個性やテーマが必要とされ、皆それに苦心している。そんな中、惰性で続けていたSNSへのイラスト投稿が伸び始めて、それは見ようによってはただの多数決、人気投票なのだけれど、私はその単純明快さに惹かれ始めた。
コミッションサイトで依頼してくる海外の人は、どんなキャラクターイラストをもアートと呼んだし、私をアーティストと呼んだ。それ以外に呼び方がないのだ。
絵師は批評の場には全く関与せず、ただSNSでの評価を稼ぐことに適応している。絵はそれ自体が作品と広告を兼ねているから、SNSのメディア欄がポートフォリオ代わりになる。私の絵が初めて1万いいね行ったときにフォロワーが500人増えて、5万いいね行ったときに2000人増えたときのことは覚えている。閲覧した人の20人に1人がいいねをし、さらにいいねをした人の内で4~5人に1人がアカウントをフォローしていく。そして、その中のわずかな割合が、お金を払おうと思うかもしれない。これはあくまで私のアカウントの話で、ジャンルによって異なるかもしれない。
評価経済とも呼ばれるSNSでのマネタイズにおいて、とにかくPVとフォロワーを稼ぐのが目的であるという点では、youtuberにも似ている。いわゆる歌い手は、認知度を増やすためにカバー曲を歌うが、二次創作を描く絵師も同じだ。彼らは自分の技能をアピールするために大手IPのファンアートを渡り歩く。〝お題〟を記号のように共有しながら。シノエさんに言わせれば、楽譜やモチーフは〝離散的〟で〝分節化〟されているから共有されるけれど、それ以外の歌声や画風はそうではないから、共有されない個性の領分になる。
憂葉が心配そうに訊いてきたことがある。「いいねの数に意味はあるの?それが依頼者の企業にとっても、宣伝効果があることを示す指標になることはわかる。でも、純粋に作品としての価値と対応しているの?」
瞬時に評価が来て、それに対応して自己を変化させていく。次はもっといいねがつくように。一度拡散が始まると、三日程度で落ち着くまでは昼夜止まらない。海外勢の時間帯があるからだ。その早急な時間感覚は小説には無いので、憂葉がたとえweb小説を書いていても、体感したことがないと思う。
「でも、ただの燃料だから」私は言った。
承認欲求がエンジンだとするなら、いいねはその燃料。イラスト系配信者さんが、自虐的に〝絵師は承認欲求モンスター〟と言って笑っていたけれど、私もそれでいいと思っている。意図的に評価の依存症のようになることで、描くことを常習化できるなら、利用すればいい。どうせ描くことからは逃げられないのだから。
絵を描く動機は他人から与えられるのではなく、自分の内部から湧き上がってくるもの?でも絵描きは多分みんな、小さいころに誰かに褒められた経験を持っていて、それが糧になってきたことを知っている。
本当は、多数決よりも誰か一人に刺さるほうがいいのかもしれない。でも、私はビリヤードより、熱を起こすほうが得意だ。
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