(二)

駅の出入り口で両親を待つ。

「その服どうしたの?」母は私のシルクのワンピースに驚いたようだった。履きなれないパンプスで足が痛い。

「借り物よ。マサコさんに用意してもらったの。発表が終わったら紹介するわ。プロジェクトの日本側の責任者よ」

「すっかり変わってしまったな」父があたりを見回しながら言う。「地上へ出るにはどうしたら良いのか、迷ってしまった。デパートの建物はそのままだな」

「調布に来たことあるの?」

「お母さんに出会った場所だよ。本屋のビルの脇の商店街を通って、毎朝会社に通った」

「アメリカで出会ったんじゃないの」

「最初は調布市にあった開発部門だった。それから二人とも、長期海外出張のメンバーに選ばれたんだ」

「そのことはもう、良いじゃないの」と母が横から遮った。「こっちの方よ。ずっと思っていたけれど、変な名前ね。おせちみたいだわ」

会場は、駅近くの文化会館。

「私なんかより、ずっと土地勘がありそうね」

入口のエスカレーターの前で、二人はあくまでも一般の招待客、私の親であることは内緒ね、と念を押した。

両親が受付をすませ、パンフレットの入った封筒を受け取ったのを見届けた。

「発表会の後のレセプションで会えると思う。それまでは勝手に楽しんでね」それだけ言うと、私はバックステージへ急いだ。

ホール外のパネル展示コーナーでは、まだ設営作業が続いていた。

マサコさんが立ち話をしているのが見えた。インカムをつけた彼女をイベント会社の若いスタッフと、バインダーを抱えた通訳が囲んでいた。髪は染めておらず白髪が目立つ。皆の視線や態度から、マサコさんがキーパーソンであることが一目で分かる。通り過ぎながら頭を下げると、「出番が来るまでステージの脇で見ていてもいいのよ」と声を掛けられた。しかし、緊張していてそんな余裕はなかった。控室でモニター画面を見ながら待機することにした。

発表会の第一部。市長の挨拶に続いてお坊さんが登場し、お寺の歴史と地域との関わり合いについて説明した。その後、スペイン側の団長の女性が挨拶をし、観光協会代表がプロジェクトの概要を説明。アニメの舞台の聖地巡礼やポップカルチャーに対する相互の関心がトピックのようだった。一時間過ぎて、小休止となり、スタッフが控室に呼びに来た。

第二部が開始。私はステージ脇の椅子に移動し、ステージを見守った。

「バスク地方の亜麻織物」亜麻織物の紹介と、染織や織物を通じた交流について。

「バスク地方の食文化」バスク地方の代表的な料理や食文化と、調布での体験イベントの案内。スペインからの輸入食材について。

そして、マサコさんの出番。

「世界に開かれた調布」調布市が行っている、国際交流や協力の取り組みについて。スペインの映画祭との交流。インバウンド観光客を通じた、世界への発信。

「歴史的にみると、この地域は、先進的な技術をもつ帰化人たちが暮らした場所です」「戦後の高度成長期には、世界中から苗木が寄せられ、平和の森が作られました」「植物公園の開園当時は、花や木が来園者に折られて問題にもなりました」「でも、そうしたトラブルを恐れていたら、何を知ってもらうことも出来ません」「キャンペーンを分かりやすく知ってもらうためには、マスコット・キャラクターがとても有効です」「近年、このアプローチは欧米でもすっかり定着しました」

「今日の最後の発表です。キャンペーン・マスコットの、ジンダイタロー!」

そして、私がステージに呼ばれた。一癖も二癖もあるカメたちが大写しになったスクリーンの前。マサコさんの横に立って頭を下げる。客席の人々の顔は意識しないようにつとめた。

「このカメさんたちが、この一年を、そしてそのあとの活動をもり上げるます。そして、作者のサヤさんは、これから一年間、スペインから作品を通して、現地のすばらしい自然、文化、伝統を紹介します」

イラストレーターになる夢を忘れられず、派遣の仕事から帰って毎晩、深夜にSNSに書き散らしていたイラストたち。自分の居場所が分からなかった。でも、何かがいま変わってゆく。自信は無く、不安ばかりだけれど、やれるところまで何でもやってみよう、と思った。

ここで第二部は終わるはずだったのだが。

「そして、もう一人のアーティストも現地から発信します」マサコさんが次のスライドを映した。「音楽作家のナウルさんです」

耳をうたがった。スライドには、シンプルな字体でハンドル名だけが書かれていた。

「一般には無名ですが、インターネット配信で、世界各地に熱狂的なファンがいます。サヤさんとのコラボの経験もあります。プロフィールを公開していないので、本日は参加できませんが、彼の音楽もこのキャンペーンに欠かせない要素となります」

運営スタッフがステージ脇で、拍手の身振りをする。客席から大きな拍手が湧きおこる。マサコさんさんがこちらを見て、済まなそうな顔をする。でも、拍手を聞いてほっとした様子だった。

ステージの上では、マサコさんに問いただすこともできなかった。

照明が暗くなると、マサコさんが、私の耳に口を近づけ、早口に言った。

「ごめんなさい、今日まであなたにも秘密だったの。あとで事情を詳しく説明するわ」

マサコさんはそのまま残り、私はまたステージの脇に戻った。

第三部の即興詩やスポーツ競技のパフォーマンス、マサコさんも加わったパネルセッションが続く中、私はステージに集中できなかった。時間が過ぎるのを感じながら、ようやく終わりの時が来た。

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