時代はカメです

末座タカ

(一)

ドーナツを買ってきた。母が紅茶を入れてくれた。何ヶ月かぶりの実家。でも、たまのチャットでお互いの生活の変化は把握している。定年でぶらぶらしていた父は、プログラミング教室の講師になった。

「伝説のプログラマーがお子様相手?」

「大昔のことだ。子どもたちにとっては、一体なんのこと、さ」

「それで、さやかは何があったんだ」

「ビッグニュースが二つあるの。その一つ目。私のキャラクターが採用されたの。観光キャンペーンのマスコットになるのよ」

「また、詐欺じゃないのか」

「今度は違うわ」私は顔をしかめた。

二年前に巻き込まれたクラウドファンディング詐欺。イラストを無断で使われ、主催者は一万ドルを持ち逃げし、私も一味と疑われて炎上した。心の傷はまだ癒えていない。でも怪我の功名か、国外でもイラスト作家として認知されはじめた。プロジェクトの目にも止まった。

「自治体もからんだプロジェクトよ。日本とスペインの、お寺とか修道院もまきこんだ、観光タイアップ」

「本当に大丈夫なのか?それで2つ目は」

「そのプロジェクトで、一年間の島ながし。スペインの田舎に隔離されて制作をするの」

「お前ももう三十五才なんだから。ひとりで行くのか?ナウル君のことはどうするんだ?」

専門学校の時の友人で、ルームメイト。アニメ動画の曲を作ってもらったのがきっかけで、マンションに転がり込んだ。

「いっしょに住んでいるんだろう?」

「そんなんじゃない。ただのクリエイター仲間よ。兄弟みたいなもの」父が眉間にしわを寄せるのを見て、私はため息をついた。「アルバイトで食いつないでるのを、すこし助けてあげているだけよ」

彼との関係は、親たちの世代には永遠にわからないのだろう。

「いまの時代、結婚はしなくても仕方ないけれど、そのうち子供ができるかしらと思っていた。そうしたらその人も、心を入れ替えて真面目に働いてくれるかと」と母。

「お母さんじゃないわ」少し意地悪な気持ちになって言い返した。

でき婚で私が生まれた、というのは昔から聞いていた。上司だった母と父の、職場でのちょっとした間違い。今ならパワハラ、セクハラで大問題だ。

「これがいい機会かもしれないわね。離れて暮らして、そんな変な男とも別れなさい」

「お前は本当に、彼の気持ちが分かっているのか?一年も離れて暮らすのは、大変なことだ」父は彼のことが、どうしても気になるようだ。「昔のことだが、チャットどころかメールもなかった。海外に飛ばされたら、家族とさえも連絡はできない。国際電話は三分間で五千円。あのころの五千円だ」

「今は、連絡はチャットで十分。地球のどこにいても関係ないわ。それはともかく、プロジェクトの発表会があるの、来てくれるわよね?」走り始めたプロジェクトへの不安を気取られないように、つとめて明るく言った。

「これが招待状、駅で待ち合わせましょう」

「調布市?」母が二つ折りのカードを広げながら言った。

「そうよ、調布のお寺と周辺地域のプロジェクトなの」

二人は顔を見合わせた。いったいどうしたと言うのだろう。なぜ素直に娘の成功を喜べないのか。

「新宿に出たら、電車で一本よ。絶対に来てね、クリエイティブ・ディレクターとも会ってほしいの。実質的な責任者。すばらしい女性よ」

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