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 ◯


 京都は名古屋の植民地である。その証拠に、そこかしこにコメダ珈琲店がある。


 学校の程近く、北大路駅直上に聳えるイオンモールにも、コメダ珈琲店はあった。黒地にオレンジの店舗名。メニューの何もかもがデカく、大量であることに加え、店内の居心地が非常に良いことで知られるコメダ珈琲店は、学生の頼もしい味方だ。勉学に励むにも、友人と共に駄弁るにも、実に適した場であり、どんなシチュエーションにおいても重宝する。


 たとえば放課後、浮浪者の師匠を伴って、ティータイムを共にするのにも。


「伊江郎、お前、わしの取り分をネコババしたであろう」


 名物であるみそカツパンを齧りながら、師匠は言った。


「何をおっしゃいますやら。ぼくはきちんと、仲介料はお支払いしたはずですよ」


 もしそれ以外の件を言っているのなら、不当な搾取を未然に防いだだけに過ぎない。ネコババなどと、謂れ無い誹りである。なにせぼくは、あの仕事については一銭の金も受け取ってはいないのだから。清く正しい無償労働だ。


「こやつめ、口ばかり達者になりよって」


 師匠はふんと鼻を鳴らして、みそカツパンにもがもがと齧り付く。だから仲直りの印に、こうして食事を奢っているのだから、それで良いではないか。


「ふん……次からは六割、譲らんぞ」

「ぼくが六割、ですよね?」

「……五割だ」


 業突く張りめ、と言われるが、それはどちらだという話である。


「それで構いませんよ」


 ぼくは言って、自分の分のシロノワールを一口。アイスクリームの染み込んだデニッシュの甘味が口腔を満たす。


「しかし近頃はあれだな」


 おしぼりでゴシゴシと口元を拭って、師匠は言う。


「物騒になったな」


 ふむ。


「なりましたか」

「なった」


 師匠はゆっくりと頷く。


「鴨川も荒れておるわ」


 お前の親父に、もっと管理をしっかりせいと言っておけ、なんて言われるが、そんなものは流石の父も管轄外だろう。


「人殺しがようけ出ておるであろ」


 言いながら、ぼくのシロノワールに指を伸ばそうとしたので、ぼくはそれを払いのけた。やらんぞ。ぼくだってバイト代がパアになった分、懐に余裕はないのである。イカの払い損だ。


「件の連続殺人鬼ですか」


 その話が、近頃は本当によく出る。京都を賑わす一大ニュースであるのだから、仕方がないところかもしれないが。


「うむ、あれは——よくないな」


 赤い、ふかふかとしたソファにゆったりと背を預け、師匠は言う。


「連続しとると言うのがいかん」


 師匠は言った。


「人一人を殺すのはな、言ってしまえばモノの弾みよ。っちゅうもんだ。人を殺したくて殺してるんじゃないんだな。たとえば恨みで人を殺すなら、なんぞが憎い、恨めしい。それを晴らして楽になりたい。物取りで人を殺すなら、金がなくて困っとる。手っ取り早く金が欲しい。痴情のもつれなら、相手を自分の思うがままにしたい。鳴かぬなら、殺してしまえと言う訳だ」


 どれもこれも、と言う。


「何か、果たしたい目的がある。その途上に、たまたま人の命が立ち塞がって、それを退かすしかなくなる。こう言う殺人は、連続せん。大概が一回で終わる」


 だがな——


「二人三人と殺していくのは、訳が違う」


 それは、人殺しそのものが目的になっている、と彼は語る。


「殺したいから殺してる、と。そう言う訳なんだな。こりゃあ人ではなく、


 獣の性ですらない。と師匠は言った。


「よう気を付けろよ伊江郎」


 ぼけっとしとると、死ぬでな。なんて笑われて、しかしどうにも、ぼくは危機感と言うものが生まれなかった。


「ま、お前は半分河童であるからな」


 人殺しなんぞ怖ないか、と師匠は鼻息を漏らした。


「師匠、それはぼくにとっては最上級の侮辱ですよ」


 ぼくは言いつつ、再び伸びてきた指を叩いた。


 人殺し、それも連続したそれ——なんて言っても結局のところ、それはどこか遠い世界の話で、ぼくには関わりのない話だ。


「そんなことよりも——師匠。次の仕事をくださいよ」


 彼にこうして食事をご馳走しているのは、何もぼくの親切心と言うわけではない。彼がヘソを曲げて、「お前にはもう仕事は回さん」なんて言うものだから、それをなんとか懐柔するために連れてきたのである。仕事をもらえないのなら、奢り損というものだ。


「うむうむ、そう逸るなて。もうしばらくすれば来る頃であろ」


 師匠はチラリと時計を確認する。時刻はもうそろ五時になろうかと言う頃だ。秒針が巡り——そして。


「失礼」


 そんな言葉と共に、一人の女性が現れる。


「仲介屋は、あなたですか?」


 師匠に向けて、彼女は問いかけた。


 背の高い女性だった。ともすれば、二メートルはあろうか? 体つきはスレンダーで、ともすれば細長いとさえ形容できるほど。高い背にふさわしい長い手足を、漆黒のスーツで包み、頭上には同じく黒の帽子。


 師匠が「うむ」と頷くのを見て、彼女は席に着き、名を名乗った。


「私——小鳥遊たかなし雪崩なだれと申します」


 クライアントを上座に回して、ぼくは師匠の隣に座り直した。その正面に、小鳥遊氏が座っている形となる。


「これはご丁寧に、ぼくは伏見桜伊江郎と申します」

「わしの弟子だ」


 ぽん、と肩を叩かれる。その一言だけで納得したようで、小鳥遊氏は一つ頷いて、事情を話し始めた。


「実は私——人を探しておりまして」


 ふむ、人探しか。猫探しよりは小難しいが、しかしオーソドックスな依頼だ。


 彼女は懐からスマートフォンを取り出した。見せられた画面には、一枚の写真が表示されている。


槇島まきしま実丹みにと言います」


 そこに写っていたのは、極めて普通の——言ってしまえば、どこにでもいそうな女性だった。


 それが笑顔で——小鳥遊氏と共に並んで、写真に写っている。


「私の大切な——友達です」


 彼女は語った。

 同じ大学に通う友人だ——と言う。


「彼女が、消えてしまったんです」


 消えてしまった、とは——


「失踪した、と言う意味でしょうか?」


 ぼくが問えば、彼女は困った顔で首を横に振る。


「いいえ、そうではなくて……」


 、そうではなく——


「彼女は、




 ——私の、

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