第6話

「瑠綺」




特別大きな声で呼び止められた訳でもない。それなのに、その声は逆らい難く、この足を止めさせるような妙な強制力をもっていた。


振り向いたら負ける、よく分からないがそんな気持ちが湧き上がって来て、出来る限り用心しながら振り向く。





「…御馳走様」




…負けたかも。



そう思うくらいには、余裕たっぷりに妖艶な笑みを浮かべる奴は格好良かった。厭味っぽいのに、その微笑が堪らなく様になっていて悔しいことに何も言えない。



『…って誰がゴチソウだ!?』



はっと我に返り、自分の唇を力一杯袖で拭う。



『テメェ覚えとけよ!?二度と…『瑠綺ー!!』




その時、何処か聞き覚えのある声に呼ばれ、辺りを見回した。

すると振り返った先に人影が見えたが、それは遠くからでも見間違う筈がない。



さらさらと流れるダークブラウンの髪。綺麗な二重だがそれでいて男らしい目元に、暖かさを感じさせる薄茶色の瞳。




『龍兄っ!!!』



そんな大好きな兄の姿を認めて、その元に駆け寄った。




『りゅーうーにぃー!めっちゃ迷ったんだけどー…ってわっ!?』




――――――――ぎゅ…



その目の前に辿り着いた瞬間、龍兄の長い腕の中に迎えられる。



『…ちょ、やめろよもうっ!そこまで子供扱いしなくて良いって!』


「お前どんだけ時間掛かってんだよ」



あんま遅いから心配しただろ、言って龍兄は抱く腕を解き、俺の頭をくしゃくしゃとした。



『ごめんって、でも此処が広過ぎんのが悪いんだよ?あいつに連れて来てもらったからなんとか来れたけど…』


「あいつ?」


『だからほら、あそこに…って…あり?』



まだそのへんにいるだろうと思っていたのに、振り向いた先には誰もいなかった。と言うか、龍兄のいた此処からは先程昼寝男が立っていた辺りは丁度植え込みで隠れて見えなかった。



「まぁ良い、そろそろ行くぞ?」


『あ、ちょっと待って、そういや中庭で事件現場というか修羅場というか地獄絵図というか…すげぇ怪我人転がってたんだけど』


「はぁ⁈」



忘れないうちに言わねばと慌てて報告したら、事実以上に物騒な報告になってしまった気がする。



「落ち着け、どんな状況だよ」


『分かった落ち着く。えっと、喧嘩?かな…倒れてたのは10人くらいで、私服とかだったから此処の生徒じゃないと思う』


「他所の人間がなんでうちで倒れてんだよ…」


『うちの生徒に負けた、からだろ』


「うちにそんな物騒な奴……ああ」



言い掛けて、龍兄は心当たりがあったのか…くしゃりと頭を押さえる。



「状況は、まぁ分かった…教員に連絡するから後は任せておけ」



ピ、と電話を一本入れた龍兄は、小さく溜め息を吐いて歩き出す。その向かう先には建物があって……ん?



建物?










『………マジすか』








そこには…



大きなお城がありましたとさ。






…はい、これで冒頭、今に至るってワケです。


龍兄に会えた嬉しさと安堵で周りが殆ど見えていなかったが…なにコレ?まさかコレが校舎?


真っ白な壁にオレンジの屋根。所々に茶色の煉瓦も使われていて、まるで絵本の中に出て来る可愛らしいお城みたい。


口を開けたままそれを見上げていたが、龍兄に引き摺られながら生徒会室へと向かった。






――――――ガチャ



「その辺適当に座ってろ」



生徒会室に着き、促されるままにふかふかのソファーに腰を下ろす。


あ、因みに俺の兄、天宮 龍あまみや りゅうは三年生で、此処の生徒会長をやっている。俺に対しては少々過保護だと思うこともあるが、格好良くて頭も良くて優しい、自慢の兄貴だ。



「瑠綺、先ずこの書類書いて。で、これが寮のカードキー」



無くすなよ?言って龍兄は坦々と手続きを進める。これも通常は職員室で先生がする仕事らしいが、今回は俺が弟だってこともあって、龍兄がやってくれてるみたい。



「じゃあ寮の説明。寮はひとつだが、学年毎の棟に分かれている」



曰く、今の一年生用は白蘭寮、二年生用は紅蘭寮、三年生用は紫蘭寮たる、それぞれ大層な名で呼ばれているそうな。



「で、二人部屋だから同居人にもちゃんと挨拶しとけよ?」



…同居人か、仲良くなれそうな奴だったら良いんだけど。



「瑠綺のクラスは1-Aな。まぁ慣れるのにまだ時間かかるだろうけど明日から頑張りな」



わかった、と返事をしようとしたが、あ、と龍兄が何か思い出したらしく付け加えた。



「それと忠告。自分の身の安全を確保すること」


『身の…安全?』



何?此処にはスナイパーでもいんの?命でも狙われんの?



『いや、命の危険じゃないんだけどな』



うおっ、龍兄ってばエスパー!?



「知らないだろうけど、男子校ってとこにはいろんな奴がいてだな…そん中には変な奴もいるから気ィ付けろってこと」



因みに俺はエスパーじゃねぇし、お前が分かり易いだけ、そう言われて自分の頭の中がそんなにすけすけしてんのかと心配になる。



『てか変なヤツってどんなんだよ…』


「とにかく怪しい奴には近寄らない、分かった?」



あーい、とよく分からないまま返事だけは返すと、龍兄は少し不安を残した顔のまま続ける。



「じゃあ寮まで送る…と言いたい処だが、この後生徒会の会議があってな」



此処からなら迷わないだろうから、と学園の構内図を手渡された。

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