どっからどう見たって
第4話
――――――……
天気の良い午後。そんな日に真面目に授業を受けるのは苦痛でしかない。我慢の限界が訪れた最後の授業は、入学当初に見付けた庭の穴場に毎度の如く逃げ込んだ。穴場と認定するだけあって、此処には他人がやって来ることは殆どない。校門と校舎の間にある区域は想像以上に広大で、少し脇道に逸れた小庭園の存在感は非常に薄い。その中で唯一存在を主張している大きな桜の下、定位置に転がり、何処までも青い五月の空に見守られて至福の眠りに落ちていた。
「あのー、起きてもらえますー?」
…筈だった。
暖かな陽射しと爽やかなそよ風しか受け入れるつもりはないというのに、無遠慮な声が意図せず降り掛かって来た。
…誰だよ。
この安らかな眠りを妨げる奴は、何人たりとも許さない。そんな命知らずの末路は、大きく分けて二通り。まずその声がむさ苦しいものであれば、容赦なく拳で黙らせてやる…らしい。目を覚ましてみれば、俺を起こそうとしたのであろう男がその辺の床に転がっていたことなんてざらにあるが、なんせ半分夢の中なもんだから断じて意図的ではない。
そして、ある意味尚更質が悪いとよく言われるのがもう一つの場合…呼び起こす声が、女のそれだった時。
…丁度、今の声のような。
不機嫌は絶頂に達しつつあったが、そんな声の主をぶん殴る程、自分も鬼じゃない。重たい瞼を薄く持ち上げながら、焦点さえ合わない視界に映ったその影に、無意識の内に手を伸ばしていた。表情も読めないその女の頭の後ろに手を掛け、ぐ、と一息に引き寄せて。
――――ちゅ。
…黙らせるには、最も効果的な方法で唇を塞いだ。
殴るにしてもこうするにしても、寝起きの反射レベルの癖で昔からどうにも治らない。どちらにしても眠りを妨げられている時点で不愉快だが、強いて言えば後者の方が目覚めは悪くない。
…で、今。
すっきりと目覚めた俺の前には…固まっている女。
此方が起き上がってみても、尚も身動きを取らないその女は、小動物を思わせる黒目がちの目を只々見開いている。
零れんばかりに大きなその瞳は、思わず引き込まれそうな薄茶色。白磁のような滑らかな肌に、ほんのりと桃色に染まっている小さな唇。艶々した栗色の髪は、肩に当たった毛先だけが無造作にくるんと跳ねている。
…可愛い。
って、そうじゃない。
『なんで…こんなとこに女…?』
浮かんだ疑問をつい口にすると、それまで固まっていた女もはっと気が付き、物凄い勢いで立ち上がった。かと思うと。
「…っ!俺は男だっ!!!」
まるで鈴が鳴るように可愛らしい声で、そいつは叫んだ。
………今、何つった?
御蔭で今度は此方が固まる羽目になってしまった。
『……………はあ!?おま、どっからどう見たっておん「だぁから!!オ・ト・コだっての!!アンタこそ何?初対面の男にいきなりなんてコトしてくれちゃってんのさ!?」
その女、もとい、男は此方の言葉を遮り、肩をわなわなと震わせながら捲し立てる。
「俺、転入手続きしに生徒会室行きたかったんだけど…ココ、無駄に広いんだよね。んで、迷ったから道聞こうと思っただけなのに…」
最悪っと、潤んだ眼が睨んだ。尤も、そんな威嚇する子犬みたいな眼で睨まれたって、迫力の欠片さえ感じない。それでも口が利けなかったのは、性の神秘への驚愕と自らの行動を思い返した衝撃の所為だ。女と間違えただけでなく、男にキスしたという事実はかなりのショックでしかない。その上更に頭が痛いのは、男と聞いても目の前のこの生き物であれば、素面でもうっかり手を出しかねないとも考えてしまっている点。そういう趣味はないと自負していただけに、思わず溜め息を吐いた。
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