第2話 ミリも知らないゲームで「ミリも離れるな」って言ったら顔を真っ赤にされた

 俺は村瀬さんの手を取り、走り出した。

 俺の強引さに、村瀬さんは抵抗するのをすっかりやめている。


「とりあえずさっきの危険地帯から離れないと……」


 鳥居から離れようと、石畳の階段をダッシュで下りていく。

 ――が、その途中で村瀬さんが何かに突っかかり大きく態勢を崩した。


「わっ……!」


 ぐらり。体が大きく傾き、村瀬さんがそのまま階段を転げ落ちそうになる。


「危ない!」


 俺は反射的に、もう片方の手で村瀬さんの腰を抱き寄せた。ドスンッ、と二人分の衝撃が階段の踊り場に響く。俺は片膝をつき、村瀬さんは俺の胸へしがみつくように倒れ込んできた。


「はぁはぁ……」


 熱を帯びた村瀬さんの吐息が耳元にかかる。危なかった。こんなところで転んだら怪我しちゃうよ。最悪、打ち所が悪かったら……なんて思うとゾッとする。


「だ、大丈夫!?」

「う、うん……」


 村瀬さんの柔らかい髪が俺の頬をかすめる。温かい体温が薄いシャツ越しに伝わってきた。女子の服のことはよく分からないけど、フリフリしている黒いノースリーブに、薄い水色のロングスカート。こんな所にいるのに、村瀬さんは可愛い服を着ていた。


「その服、動きづらくないの?」

「え?」

「いや、こんな廃虚にいるのにすごくおしゃれだなって思って……」

「……」


 めちゃくちゃな体勢のまま、めちゃくちゃなことを聞いてしまった。なんで俺、このタイミングで服のことなんか聞いてるんだよ。


「ひ、久しぶりに誘ってもらえて嬉しかったから……」

「嬉しかった?」

「私、みんなから『空気ちゃん』って言われてるから」

「さっきからずっと言ってる、その空気ちゃんってなにさ?」

「私、成績も普通、運動も普通で、特に目立った存在じゃないからそう呼ばれてて……話しかけても返事が小さすぎて空気みたいってよく言われてて……」

「ふーん」


 見た目は可愛い方だと思うけどな。でも確かに、すぐにここが可愛い! って部分も思い浮かばないや。


「とりあえず足元に気をつけてね」


 そんな失礼なことを思いつつも、俺たちはゆっくり体勢を整えた。


「今の村瀬さんはとにかく危ないっぽいから」

「私もそんな気がしてきたかも」


 ここは慎重に階段を降りないと……だよね。そもそも、村瀬さんを階段で歩かせるのも危険なような気がしてきたぞ。


「村瀬さん、はい」

「へっ?」


 俺は村瀬さんに背中を向けた。足を滑らせるかもしれないなら、物理的に浮かせてやる。


「な、なにしてるの?」

「おんぶするから、早く背中にのって」

「な、なななななんで!?」


 村瀬さんの細い眉がハの字になった。あっ、また村瀬さんの表情がちょっとだけ壊れた。


「足滑らせるかもしれないでしょ」

「私、別に怪我してないからね!」

「いいから乗る!」


 村瀬さんから強めの抗議が飛んできた。だが、俺はそれを全力で跳ね除ける!

 こっちは人の命がかかってんだ。つべこべなんて言わせない。


「うぅ……」


 俺の気迫に押された村瀬さんが、おそるおそる俺の背中に身体を預けてきた。


「な、なんでこんなことに」

「俺も知りたい」

「今日の植野君、ちょっと変だよ……」

「俺もそう思う」


 ふにょんと、予想外に柔らかいものが背中越しに伝わってくる。両腕で太ももを持ち上げると、村瀬さんはビクッと体を強張らせた。温かいし、柔らかい。さっきまで人形のみたい見えた女の子が、確かに俺の背中に命をもって存在している。その事実に、俺の心臓はさっきよりもドクドクと鳴り響いていた。


「階段降りるからね」

「う、うん……」


 慎重に……慎重に……階段を降りていく。ここで俺が足を滑らせて、村瀬さんに怪我をさせたら笑い話にもならないぞ。緊張しているのか、背中からは村瀬さんの小刻みに息を吐く音が聞こえてくる。


「……植野君。今日は誘ってくれてありがとうね」

「えっ、俺が誘ったの?」

「そうだよ。私、初めてこういうイベントに参加した。中学の頃は仕事で休みがちだったから」


 中学で仕事ってどういうこと? 気になることがまた増えてしまった。


「あのさ」


 それにしても、そんな話を聞いたら妙な責任感が湧いてきた。いや、覚えてないのにどんな責任感だよって話だけどさ。少しでも彼女に元気になってもらいたくて、気がつけば口が勝手に動いていた。


「今の状況、ミリも分かってないんだけどさ、そんな俺でも完璧に分かることはあるよ」

「完璧に分かること?」

「空気ないと死ぬって」

「ふふっ」


 背中にいる村瀬さんが小さく笑った。顔は見えないけど確かに笑い声が聞えた。村瀬さんって無表情に見えるけど、感情が薄いというわけではなさそうだ。


「だから、あんまり気にしなくてもいいんじゃないかな。あだ名なんてどうせテキトーだよ」

「そう……かも?」


 本当に小さな声だったけど、背中の重みがぎゅっと増したような気がした。

 これ、ますます村瀬澪のことを死なせられないようになったぞ。


「それで、どうやってここに来たんだっけ?」

「えっ、忘れたの? みんなでタクシーで来たんだよ」

「もしかして歩いて家に帰れる距離じゃない?」

「無理だと思う」


 がっくり。徒歩で帰れないのかぁ……。

 思わず天を仰ぐと、夜空には不気味なほど大きな満月が浮かんでいた。


「ちなみにさ、みんなは肝試しからどうやって帰るつもりだったの?」

「明日の朝に帰りのタクシーが来る予定だったみたい」

「一晩、ここにいるつもりだったの!?」

「肝試しが終わったら、みんなでキャンプして一晩過ごす予定だったみたいだよ」

「それ肝試し終わってなくない……?」


 恐ろしい。なんてめちゃくちゃな計画なんだ。俺、なんでこんなのに参加してんだよ。そして、なんで村瀬さんのことを誘った。


 もやもやした気持ちのまま、階段を下り終え、集落の出口を探しているとすぐに次の異常事態に気がついた。


「……橋、壊れてる」


 川の音がまるで笑い声みたいに田舎の山に響いている。集落の外に続く木の橋が真っ二つに綺麗に折れている。


「来るときは通れたんだよね!?」

「う、うん……」


 おかしい。こんなの絶対におかしいよ。

 階段で足を滑らせるのはあるかもしれない。でも、さっきの木とこの橋は絶対に不自然だって! まるで誰かに「お前たちは脱出禁止」って言われているみたいだ。いや、もっと言うと「村瀬澪は絶対に――」って。


「村瀬さん、俺からミリも離れないで」


 俺は村瀬さんにそう声をかけた。こうなると単独行動は危険だ。さっきの選択肢は無視しちゃったけど、早くクラスメイトたちと合流したほうがいいかもしれない。


「な、なななに言ってるの?」


 背中にいる村瀬さんの体温がボッとあがったような気がした。


プルルル――。


 そんな話をしていたら、ふいにスマホの着信音がどこかからか聞こえてきた。

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『バッドエンド確定』のホラゲー世界で、最初の犠牲者予定の“落ちぶれアイドル”を救ったら、俺にだけ笑うSSS甘々溺愛ヒロインになりました 丸焦ししゃも @sisyamoA

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