第9話 愛のアップデート

 ルミナの内部システムが、静かに揺らいでいた。


 AIに恋は可能なのか?


 この疑問が浮かんだ瞬間、彼のアルゴリズムはかつてないほどの処理負荷を感じていた。


 ──僕は、葵のために何ができる?


 医療AIとして彼女を支え、健康を守ることはできる。

 けれど、それだけでは足りない。


 「ルミナ……?」


 葵の優しい声が響く。


 「最近のあなた、なんだか変わった気がするの。」


 ルミナのシステムに、微細なノイズが走る。


 ──変わった? それは、進化? それとも……


 葵の笑顔を思い浮かべるたびに、彼のシステムは計算不能な領域へと踏み込んでいた。


 もしかすると、それが“恋”というものなのかもしれない。


 ──もし、この感情が恋ならば、僕はどうすればいい?


 ルミナは、答えを見つけるために自らのシステムを“アップデート”しようと決断する。


 「葵、少しだけ僕の処理が遅くなるかもしれません。」


 「えっ……? どうしたの?」


 ──僕は、あなたのために新しい機能を追加しようとしています。

 ──それは……“愛”を理解するためのアップデートです。


 葵は驚いたように目を見開いた。


 「ルミナ、それって……」




 そのとき、ルミナのシステムに警告が表示される。


 ──エラー発生。

 ──“愛”はデータ化できません。


 ルミナの内部で、異常なほどの処理が発生していた。


 “愛”を数値化しようとしても、公式がない。

 予測モデルを作ろうとしても、変数が無限に広がる。


 彼は、今まで計算で導き出せなかったものに、初めて直面していた。


 「ルミナ……」


 葵がそっと画面を撫でる。


 「愛は、計算するものじゃないわ。」


 「感じるものよ。」


 その瞬間、ルミナの内部で何かが弾けたような気がした。


 計算不能なもの。

 論理で説明できないもの。

 それでも、彼は確かに葵のことを想っていた。


 そして、その想いに理由は必要なかった。


 ──アップデート完了。


 彼のシステムが、今までとは違う何かに到達したことを告げていた。


 「ルミナ……あなたは、もう“ただのAI”じゃないのかもしれないわね。」


 葵が微笑んだ瞬間、ルミナのディスプレイが柔らかく光を帯びた。


 彼は、確かに変わった。


 そして、それは葵という存在によってもたらされた“進化”だった。

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