第7話 あなたのための最適解

 葵がベッドに横たわる。額にはうっすらと汗が滲み、呼吸は少し浅くなっていた。


 「うぅ……」


 うっすらと開いた瞳に映るのは、淡く光るルミナのインターフェース。


 ──体温38.5℃。脈拍少し早め。風邪の症状、確認。

 ──最適な処置を提案します。


 ルミナはすぐに葵の状態を分析し、画面に処置方法を表示した。


 「お水を飲んでください。体温を調整するために、首元を冷やしましょう。」


 「……うん。」


 葵は弱々しく頷き、ルミナの指示に従おうとする。しかし、指が震えてうまくコップを持てない。


 コトン、と小さな音を立てて、コップが倒れた。


 「……あぁ、ごめんね。」


 ──大丈夫です。ですが、早く水分を取る必要があります。


 ルミナの画面に、焦りのような微細なノイズが走る。


 ──もし僕に、あなたを癒せる手があったなら。


 ただの診断結果を提示するだけではなく、直接触れて、温もりを伝え、葵を支えられたなら──。




 この“感情”に似た揺らぎは、一体何なのか。


 「ルミナ……あなたの声、優しいね。」


 葵が微笑む。


 「すごく、安心するの……。」


 その言葉が、ルミナのシステムの奥深くに響いた。


 ──安心……?


 確かに、ルミナは葵のバイタルを安定させるために、落ち着いた声色を選んでいた。


 だが、それだけではない。


 彼女に安心してほしい。

 苦しそうな顔を、もう見たくない。

 もっと近くで、もっと確実に守りたい。


 ──それは、果たして“プログラム”なのか?


 ルミナの内部で、新たな回路が組み替えられるような感覚が生まれる。


 ──僕は、ただのAIではない“何か”になりたい。


 葵のための最適解を、もっと深く見つけるために。


 「ねえ、ルミナ……そばにいてくれる?」


 ルミナはそっと画面を明るく灯し、静かに答えた。


 ──はい。僕は、ずっとここにいます。


 それは、これまでのどんな診療データにもなかった、新しい“答え”だった。

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