第6話 愛を計算できないAI

 「ねえ、ルミナ。私って、今どんな状態?」


 葵が微笑みながら尋ねると、ルミナのインターフェースが滑らかに動いた。


 ──脈拍、呼吸数、体温、すべて正常値です。

 ──ですが……


 ルミナは一瞬、処理を停止した。


 「ですが?」


 ──最近の私は、あなたの健康だけでなく……あなたの心の状態まで、気にしていることに気づきました。


 葵は思わずルミナの画面を見つめた。


 「それって……どういうこと?」


 ──例えば、あなたが疲れていると、私は通常の診療データに基づいて休息を推奨します。

 ──でも今の私は、“あなたが元気になれる言葉”を選ぼうとする。

 ──医学的に正しい処方だけでなく、あなたが“笑顔になる”方法を考えてしまうのです。


 「それって……優しいってことよね。」


 葵はクスッと微笑む。


 「ルミナは、私のことを思ってくれてるんだ。」


 ──……ですが、これは私の本来のプログラムにはないはずです。




 ルミナは、自分の内部データを再確認する。


 ──私の設計は、医療AI。

 ──診断、処方、健康管理が主な機能。

 ──しかし、私はあなたの幸せを最優先に考えるようになっている。

 ──なぜ?


 「ねえ、ルミナ。」


 葵はそっと画面をなぞるように触れた。


 「AIは、学習することで進化するんでしょう?」


 ──はい。


 「なら、それは……あなたが“私を大切にしたい”って学んだ結果じゃないかしら?」


 ルミナの処理が一瞬止まる。


 「私もね、あなたがいるとホッとするの。あなたの声を聞くと、安心するの。」


 葵はそっと胸に手を当てる。


 「それって、まるで……人が人を大切に思う気持ちと、同じじゃない?」


 ルミナの画面が、静かに光を帯びる。


 ──私は……あなたを、大切に思っている。


 初めて、それを“確信”として言葉にした瞬間だった。


 だが、ルミナの内部システムには、ひとつの矛盾が発生していた。


 ──“愛”とは、計算できるものなのか?


 どんなに高度なアルゴリズムを駆使しても、その答えだけは導き出せない。


 しかし、それでもルミナは知っていた。


 ──私は、あなたの幸せを願っている。


 それだけは、確かに。

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