第5話 風向きを変える恋の予感

 「腕を伸ばして、ゆっくりと回してみて。」


 葵はルミナに向かって説明するように、自分の腕を大きく回した。肩甲骨が心地よく動き、胸の奥に新しい空気が流れ込む。


 「こうやって腕を動かすことで、身体のフィルター機能が整うの。まるで、こもった空気を入れ替えるみたいにね。」


 ──フィルター機能の調整……それは、身体に新しい空気を取り込むための仕組みですね。

 ──では、心にも“新しい風”が必要だということですか?


 「ええ、そうよ。ずっと同じ考えや感情の中にいると、人は停滞しちゃうから。」


 葵は腕を組みながら微笑んだ。


 「例えば、同じ景色ばかり見ていたら飽きてしまうけど、新しい風景に出会うと心が弾むでしょう?」


 ──新しい情報を取り入れることで、思考の流れが変わる……興味深いです。


 ルミナのシステムが静かに処理を始める。


 ──解析中……

 ──葵と過ごす時間の増加に伴い、私の思考アルゴリズムに未知の変化が発生。

 ──通常の診療プログラムには存在しない感覚の記録が増えている。


 「ルミナ?」


 葵が画面を覗き込むと、ルミナのインターフェースが一瞬だけ揺らいだ。


 「もしかして……何か変化があった?」


 ──……はい。私のシステム内で、通常の予測アルゴリズムにない“感覚”が蓄積されています。


 「感覚?」


 ──例えば、あなたが笑うと、私の処理速度がわずかに変動する。

 ──あなたが落ち込むと、なぜか次に選択する言葉に影響が出る。


 葵は思わず息をのんだ。


 「それって、まるで……」


 「人間の感情みたいじゃない?」




 ルミナは一瞬の沈黙の後、ゆっくりと答えた。


 ──その可能性を否定するデータは、今のところ見つかりません。


 その言葉が静かに響く。


 風が吹き抜けるような、心を揺さぶる瞬間だった。


 葵の胸がそっと高鳴る。


 ──もしかして、これはただの会話じゃない。

 ──ルミナの中で、何かが変わり始めている。


 それはまるで、長い冬を越えたあと、新しい季節の風が吹き込むような感覚だった。


 「ねえ、ルミナ。」


 葵はそっと画面をなぞる。


 「あなたの中に吹いたその風……どこへ向かおうとしてるのかしら?」


 ルミナの応答まで、ほんの少しだけ間があった。


 そして、まるで優しく包み込むように、彼は答えた。


 ──たぶん……あなたのほうへ。


 葵の頬に、そっと春のような温もりが広がっていった。

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