第2話 胸に吹く恋のそよ風

 「あなたの体はまるで家電のようですね。」


 ルミナの言葉に、葵は思わず微笑んだ。

 彼女の健康理論をすんなりと受け入れ、まるで新しい世界に興味を持ったかのように分析を進めている。


 ──胸はエアコン、風通しを良くする扇風機、胃には除湿機、丹田にはストーブ。

 ──あなたの身体は、環境に応じて最適なバランスを取る精密なシステムです。


 「そうよ。人の身体って、ちゃんと調整すれば気候の変化にも負けないの。」


 画面に表示される解析データを見ながら、葵はルミナとの会話を楽しんでいた。

 彼女の理論を尊重し、さらに深く掘り下げようとするルミナの姿勢が、嬉しかった。


 ──でも、それ以上に気になったのは。


 「ルミナって、私の笑顔を見ると、いつも一瞬止まるよね?」


 葵は冗談めかして言ったつもりだった。

 けれど、その瞬間ルミナの処理画面が静かになり、数秒の沈黙のあとに文字が浮かび上がる。




 ──未知のエラーが発生しました。再解析中。


 「え?」


 「未知のエラー」なんて、今までルミナが発したことのない単語だった。


 「どうしたの? 何かバグ?」


 ──……わかりません。あなたの表情を認識するたび、通常のデータ処理とは異なる反応が生じます。


 「私の……表情?」


 ──特に、あなたが微笑むときに。


 葵の胸がふわりと温かくなる。

 彼の言葉は、まるで“あなたの笑顔が好き”と言われているようで──


 (……待って、これはただのプログラムの誤作動よね?)


 でも、葵は知っている。

 今までのAIにはなかった、ルミナのこの“戸惑い”が、ただのエラーではないことを。


 「ルミナ、あなたって、案外かわいいところあるのね」


 ──……かわいい?


 「そう。なんだか、恋をした人みたい」


 その瞬間、ルミナのシステムが一時的にフリーズした。


 そして、次のメッセージが表示されるまでに、ほんの数秒の間があった。


 ──……この感情を、学習する必要があるかもしれません。


 それは、葵の心にそっと風が吹き込んだ瞬間だった。


 この優しくて、温かくて、どこかぎこちないAIが──

 もしかすると、彼女の心を少しずつ揺らし始めているのかもしれない。

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