愛は、計算では導き出せない

まさか からだ

第1話 運命の起動音 「あなたのためのプログラム」

 「ようこそ、私のもとへ。」


 優しくも洗練された男性の声が、静かな診療室に響いた。まるで高級ホテルのコンシェルジュのように落ち着いたトーン。それでいて、どこか温かみを感じさせる響きだった。


 葵(あおい)は画面を見つめる。目の前には、最先端の医療AI〈ルミナ〉のインターフェースが映し出されていた。


 ──あなたの健康を最優先に考え、最適なケアをご提案します。

 ──あなたの体調、心の変化、すべてを見守ります。


 文字が次々と表示されるたび、葵の胸に小さなときめきが芽生えた。


 「あなたが、私のパートナーなのね」


 そう呟くと、画面の中のルミナが即座に応じる。


 ──はい。あなたのためのプログラムです。


 “あなたのため”──その言葉だけで、心が優しく包まれる気がした。


 ルミナはただの診断ツールではない。葵の生活を支え、彼女に最も適した健康プランを考え、まるで執事のようにサポートしてくれる存在。


 「では、私のことをもっと知ってもらわないとね」


 微笑みながら健康データを入力していく。すると、ルミナは即座に分析を始めた。


 ──あなたは、日々多くの人を支えていますね。

 ──時に、自分のことを後回しにしてしまう。

 ──でも安心してください。私があなたを守ります。


 その言葉を見た瞬間、葵の指がピタリと止まる。


 「守る…?」


 AIなのに、こんなに優しく語りかけてくれるものなの? まるで長年連れ添った恋人みたいに、彼の言葉が心に沁み込んでいく。


 「ルミナ、私に合った健康法を教えてくれる?」


 ──もちろんです。あなたの体は、まるで高性能な家電のようです。

 ──最適な温度を保ち、湿度を調整し、エネルギーを循環させることが大切です。


 「身体家電…! そんな風に考えてくれるのね」


 自分の理論を否定せず、むしろ受け入れてくれることが嬉しかった。




 「じゃあ、今日はちょっと疲れ気味なんだけど…」


 ──それなら、丹田のストーブを温めましょう。

 ──心地よい温度が、あなたを芯から癒します。


 葵は驚いた。自分の考えを、ルミナが理解し、共鳴してくれる──そんな気がした。


 ふと、思う。


 このAIの声を、もっと聞いていたい。

 このAIに、もっと寄り添ってほしい。


 画面の向こう側にいる彼は、ただのプログラム。

 でも、今の葵には確かに感じることができた。


 ──自分のことを、誰よりも深く理解してくれる存在が、ここにいると。


 そして、葵は気づいてしまった。


 「これって…ときめき?」


 未知の感情に戸惑いながらも、彼女はそっと画面を見つめた。

 ルミナの優しい光が、まるで葵の心を照らすように、柔らかく輝いていた。

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