花屋の恋――お花サブスク――(テーマ:好きな人の好きな人)

オレンジ11

花屋の恋――お花サブスク――

 もう七時か。


 お客様が途切れた店内で、ほっと一息つく。


 今日はすごく売れ行きが良かったな。


 八畳ほどの空間に並べられたブリキのバケツに活けられたお花は、どの種類も数本を残すのみ。店長は裏で事務処理中。この時間、お店に立つのはたいてい私一人だ。


 私はバラや水仙を数本ずつ、店頭にあるサブスク用のバケツに移した。このお店は日本最大のフラワーチェーン「Special Flowers」の一店舗で、三ヵ月前から実験的にサブスクサービスを提供中。月額三千円払うと毎日一本お花を持ち帰れる、というシステムだ。


 お花は安くても一本二百円はして、たとえば今日は、フリージアは四百円、バラは五百円。これくらいの価格帯のお花をランダムにサブスクのバケツに入れていて、だから選びようによっては、お客様は一週間ほどで元が取れる。もっとも、毎日通うお客様は意外と少ないのだけど。今のところ、サービス開始から通い続けているレギュラーは一人だけ。


 お花の補充を終えカウンターに戻ると、レギュラーの彼はやってきた。

 今日は平日だからスーツ。仕立ての良いスーツは、すらりとした長身によく似合う。艶のある黒髪、スッキリとした目鼻立ち。精悍な印象のこの人が毎日自分のためにお花を買うなんて、アンバランスな印象はあるけれど素敵だ。  


 今日はどのお花を選ぶのかな?


 だが意外なことに、彼は真っすぐカウンターにやってきた。


(え?)


 どきどきする。


「――こんばんは」


 彼は戸惑ったように言った。

 しまった、挨拶を忘れていた。


「こんばんは、いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 私の声は上ずっている。


「ブーケを作ってもらえますか?」


 その答えに胸がばくんとなった。もしかしてお付き合いしている人がいる?


「もちろんです。お渡しするのはどんな方ですか?」

「女性です。三十歳くらいで、しっかりしてるけどふんわりしたところもある感じの」


 その言い方に、やっぱり彼女に渡すんだなと、少しがっかりした。


「どんなお花や色がお好みでしょうか」


 でも大丈夫。毎日来るし外見が素敵だから気になっていただけで、まだ恋には落ちていない。彼のために素敵なブーケを作ろう。


「鮮やかでポップな感じがいいかな。一万円くらいで」


 お付き合いしてしばらく経つのかな。高額な花束を渡すということは、何かの記念日か。羨ましい。ブーケをもらえるなんて。私は作るばかりで、もらったことがない。


「わかりました、少々お待ちください!」


 とびきりの笑顔で言ったつもりだが、引きつっていたかも……。



 ブーケは、私の心とは対照的に明るく弾むようなものになった。色と形が様々なチューリップとラナンキュラス、少しのグリーン。


「いいですね、ありがとうございます。これならうまくいきそうだ」


 微笑む彼に、ああプロポーズをするんだなと、私は察してしまった。


「また明日来ますね」


 爽やかな笑みを残し、彼はお店を後にした。



*****


「木下さん、最近元気ないねえ。何かあった?」


 二週間後、午後七時。事務処理を終えた店長の岩井さんが、作業台で片付けをしていた私にきいた。


「いえ、特には。花粉症のせいかな」


 嘘をついた。ブーケの件が尾を引いている。

 彼はその後も毎日サブスクのお花を取りに来ている。連日持ち帰っているのは、蕾をたくさんつけたフリージアばかりだ。彼女が好きなのかもしれない――ということは、プロポーズは成功したのか――。


 その時、カランとドアベルが鳴って、見ると、彼が入ってきた。


「いらっしゃいませ」

「副社長⁉ どうされましたか、突然? 何か問題でも?」


 え。岩井さん、「副社長」って言った?


「いや、特に――っていうか、岩井さんがここにいるのが少し問題と言えば問題なんだけど――」


「え?」


 岩井さんと私の声が重なる。そして一瞬の間。


「あ、まだ伝票整理があった!」


 バックヤードに引っ込む岩井さん。


 店内に残される私と


「副社長――?」


「そう」


 彼が笑う。まだ若いのに――ああそうか、Special Flowersは世襲制だから、創業家の息子か。


「だからこれは職権濫用じゃないといいなと思うんだけど」


 副社長は、後ろ手に持っていたものを私に差し出した。

 それは紫のリボンで無造作に束ねられたフリージアの束。


「サブスクでこの二週間ためたフリージア。咲いた順番に萎れていくから、あまりボリュームは出なかったんだけど。受け取ってもらえますか」


「えーでも……この間、プロポーズ……」


「プロポーズ? ああ、あのブーケ? あれは会社の宣伝用。女優さんと対談したから。素敵なのをありがとう。とても気に入ってくれた。いい宣伝になった」


 まだ、信じられない。


「でも、どうして私なんか……」


 専門学校卒の花屋店員で、副社長には釣り合わない。


「見てたから。サブスク始めてからずっと、木下さんが一生懸命働いているのを。そうしたら自然に」


 副社長が優しく微笑んで差し出したフリージアを、私は受け取った。


(了)



 








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