第2話 これがこの街の"お約束"⁉

「……うぅ、、、頭痛った、、、。」

目を覚ますと、そこは宿屋だった。

おそらくあの酒場の誰か、いや”あの人”が連れてきたのだろう。

「……ホント、、、飲ませすぎだって、、、あの人たち、、、。」

俺は見ず知らずのよそ者に、宿屋の手配までしてくれた”あの人”に感謝しつつも、昨日の惨劇に若干の苛立ちを覚えた。

どの世界にも共通言語というものがあるものだ。小学生男子が某モンスターゲームで盛り上がれるように、日本人がプロ野球に熱狂できるように、この世界では酒が万人を繋いでいた。

人間純粋な行為を無下にすることは出来ないもので、どうやら”お約束”らしいあの拷問も、手厚い歓迎と言われてしまえば断ることは出来なかった。

その結果、今日、俺はグロッキーな朝を迎えている。

「……ホント俺、この街でやってけんのかなぁ、、、。」



「気分は落ち着いた?」

「まぁ、、、何とか、、、。」

俺は、対面に座る女性が入れてくれたコーヒーを受け取りながら力ない返事を返す。

「全く驚いたわ。驚いて叫んだと思ったら、急に眩暈で座り込むんだから。」

「……ホントありがとうございます、、、おばさん、、、。」

「ん゛っ‼」

「っっっつ‼」

「失礼ね!まだ37よ!まだおばさんじゃないわ!」

「えぇ、、、。」

もうアラサーなんだからそんな怒らないでくれよ。そんな口が裂けても言えないことを思いながら、平静を取り戻そうとする。

さっきの一撃が強烈だったおかげだろうか、眩暈で体から抜けたであろう力は、ある程度戻ってきたような気がする。あとは現在の状況を整理することだ。


「…とりあえずこの世界というか、国というか、について詳しく教えてくれませんか?」

俺は回らない頭から何とかひねり出した質問を対面の女性に投げかける。

「とりあえず、この国がナモナス共和国で、首都がこの街ジッパリーってことまではいいわよね?」

「はい。それで、この国の特徴というか、なんというか、、、ってどうなんですか?」

「…う~ん、、、。特徴、、、特徴ね、、、。えぇっとね、、、。」

対面の女性は少し困ったように考え込んだ後、この国についていろいろ話してくれた。


「、、、っとまあ、こんなかんじかしらね。」

「なるほど、、、。ありがとうございます。」

情報を整理するとこのようだった。

まずこの国、ナモナス共和国の人口は約1万人。その約3割がこの首都ジッパリーに住んでるらしい。

また、この国は、農業立国のようで、ほとんどの国民が子供の頃から農作業に従事しているようだ。

そして、この国の5割弱が高齢者であるのだそうだ。


「最近はみんなタイシタール帝国に出稼ぎに行くから、若者がどんどん減っているのよね、、、。」

「じゃあ、おば...、お姉さんも貴重な若者の1人ってことなんすね。」

「ん゛っ!!」

「っっつ!!」

「はぁ、、、。まぁ、そんなところよ。町長とか、もっと詳しい人に聞ければ良かったんだろうけど、ゴメンね。」

「いえいえ!こっちそ!突然だったのに色々ありがとうございました!」

俺は元いた世界とのギャップに面食らいながらも、この国の世界観を徐々に受け入れていった。

こんなに親切に対応してもらったのが久々だったからだろうか。若干の失礼を混じえながら円滑なコミュニケーションが出来た。

やはり、時間の余裕度が違うのだろうか。それとも、この人が親切なだけだろうか。

何にせよ聞きたいことを安心して聞ける。そんな当然なことにさえ、嬉しさを感じられた。


「私、ワカナって言うの。また困った時にでも頼ってちょうだい?」

「あ、はい!俺、栄治、村尾栄治って言います!よろしくお願いします!」

「エイジね、よろしくね。それでエイジ、この街で暮らす当てはあるのかしら?」

「あ、、、。いや、、、どうしよ、、、。」

ワカナさんの一声で、せっかく忘れていた現実が呼び起こされた。

突然転生させられた俺の手元には、バッテリー切れのスマホと、2000円程の現金が入った財布だけがあった。

異世界にほぼ無一文、裸一貫。もはや自殺行為である。

そんな忘れていたのか、気づいていなかった現実が、再び俺の前に立ち塞がってきた。


「…う〜ん。あ!そうだ!町長に聞けばどこか余ってる物件貸してくれるかも!」

「まじですか!?」

「多分行けると思うわ!町長ジッパリーの辺りの大地主だもの!土地と物件が余り散らかってるはずだわ!」

「町長凄すぎませんか、、、?」

大学かどこかで聞いた話だが、田舎に行けば田畑どころか山すら所有する大地主がいるなんて話を耳にしたことがある。

産まれてこの方、賃貸暮しの俺には到底想像できない存在に直面し、俺は若干圧倒された。

「それじゃ、行くわよ!」

「行くってどこに!?」

「町長のとこよ!あの人この時間はいつも酒場にいるの!」

「えっ!?ちょっ!酒場!?ってか引っ張らないでください!」

「ほら早く!」

そう強引に捲し立てられた俺は、ワカナさんに引き摺られながら夕方のジッパリーへと繰り出して行った。

「町長、怖い人じゃないといいな、、、。」



「お!ワカナちゃん!いらっしゃい!」

酒場の扉を開くと、やたらとご機嫌な老人が出迎えてくれた。

彼の手元には既に空の大ジョッキが3つ置かれている。見渡したところ、この酒場はまだ営業開始直後といった様子だった。

恐ろしい酒豪だという一抹の不安を感じながら、俺達は彼の元へと向かった。

「町長さん、お久しぶりです!あまり飲みすぎないでくださいよ??」

「なんの!なんの!こんなのまだ準備体操!準!備!体!操!ガハハ!」

「あの、準備体操ってなんですか?」

「主役とか本番が来る前に、お酒を飲んで体を慣らしておくっていう、なんて言うか、、建前?悪ノリ?みたいなものよ。」

「えぇ、、、。」

どこの世界でも酒豪という人種は、想像の斜め上を超えてくるものだ。

世の中大ジョッキ4杯なんて飲んでしまったら、大抵の人はもう十分というか泥酔だろう。

多分悪い人では無いのだろうが、やはりこの人に対してはどこか不安を感じてしまう。


「お!そこの若い兄ちゃん!見たことない顔だねぇ!どこから来たんだい?」

「あ、えっと!俺は、えぇっと、、、。」

「町長!この人はカクカクシカジカで-。」

町長から話しかけられ、説明に困っている俺に代わり、ワカナさんが分かりやすく説明をしてくれた。


「ほう!エイジ君!君はニホンという遠い国から来たのだね!」

「あ!はい!」

「それで、一文無しでジッパリーに辿り着いたと!」

「まぁ、そんな感じです、、、。」

「うむ!面白い!ウチは街に来てくれる人は大歓迎じゃ!よく来てくれたね!」

「あ、ありがとうございます!」

ほとんどワカナさんのおかげであるが、何とかこの街に歓迎して貰えそうであった。

「ワカナさん、まじでありがとうございます。」

「貸し1ね。」

「…そんなこと言います?」

冗談なのか、本気なのか分からないワカナさんの言葉を流しつつ、俺は町長との会話に戻る。


「それで今、住む場所を探してまして、、、。」

「うむ!そいうことなら、広場前の空き家を貸してあげよう!」

「ホントですか!?ありがとうございます!!」

まるで異世界小説のように、するすると物事が運んでしまった。

やはり、田舎の人は親切なのだろうか?そんな都合のいい妄想が、現実になっていることに俺は感謝した。


「じゃあ、代わりにと言ってはなんじゃが、」

「はい?」

「今日はワシらと酒を飲んではくれんか?」

「あ!はい!喜んで!」

「うむ!いい返事じゃ!酒は沢山の人で楽しく飲むのが最高じゃ!今日は楽しくなるぞ〜!」

俺の返事の中に沢山の酒を飲む口実を見つけた町長は、再び気合いを入れ直し、4杯目大ジョッキを飲み干した。

「お!町長!いい飲みっぷりですね!一緒に飲みましょうよ!」

そんな町長を見て、酒場の客が集まってきた。

「よし!今日も沢山飲むぞ!店主!ワシとエイジ君に生の大4つずつじゃ!」

「え、ちょっ!俺そんな飲めませんって!」

「潰れるまで飲むのが酒場でのお約束じゃ〜!かんぱーい!」

『かんぱーい!』


やはり不安というものは的中するものだ。

俺は、これまでの人生でこれ程に約束を後悔した日を知らない。

これがこの街の"お約束"、、、なのか?

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