3話

フラッグが来てから数日、まさかこんなに早く入隊の許可が得られるとは思いもしなかった。博士の強権というのは思った以上のものらしい。

「どうします?アイリの時と同じように歓迎会しますか?」

仕事終わりに班長室で二人、仕事席に座ったままカミュが聞いてきた。

「私にしたならあいつにもしてやんないと不公平で可哀想だわ。今からでもやりましょ。」

仕事終わりの私の膝上が定位置になり始めているアイリも会話に参加する。そろそろ一度怒らないといけない時期かもしれない。

「そうだね、せっかくだしやろうか。正式に入隊許可が得られたわけだし。」

「そんな!恐れ多いですよ!」

いつのまにか部屋に入ってきていたフラッグが会話に入る。この人、人?はいつもどこからかやってきて話しかけてくる。本人曰く、自分から出てくる小さな旗を刺した場所にいつでもテレポートできるらしい。この能力を使えばいつでも逃げられるはずなのだが、本人は私に言われるまで気づかなかったと、そう言ってきた。アイリが勝手に旗を抜くイタズラをしていたところも昨日発見した。その後のフラッグの反応が面白かった。

「いや、私がやりたいからやるよ。君は人間じゃないからね、拒否権はないよ。」

これからは新人歓迎会は必ずやることに決めている。仲良くなるための第一歩になればよいと、そう思って決定したことだ。なんだかんだアイリも打ち解けたし、絶対やるべきことだと思う。

「ほう、私も歓迎会に参加させてもらうよ?」

「うえ!?もう来たんですか!?」

部屋に入ってきた博士に驚く。博士の検診から逃げてきたということか。この人の検診は非常に荒っぽく、自分の望んでいる応答をされるまで終わらない。特に毎日検診をされているフラッグもそれにうんざりしているのだろう、博士を見るとこそこそとどこかに逃げるようになった。

「なんだい、私から逃げられると思わないほうがいいぞ君。この基地のすべては私の監視下にあるのだからね。」

「ヤダキモ。私たちのプライバシーは?」

「比喩表現ってやつさ、君はそれもわからない低知能かい?」

「はいはい、二人ともやめて。博士もフラッグに毎日付きまとうのはやめたほうがいいよ。」

私に対してなにか文句をいう博士を尻目に、私の影に隠れようとその巨体をかがめる人外をなだめる。単純な力なら私よりも圧倒的に強いのに、権力には権力をぶつけようということなのだろうか。私にそこまでの権力はないのだが。

「全く、私が非道な実験を繰り返しているならともかくただの検診じゃないか。私を嫌いになる理由がないだろう?」

「そういうところよ、心も化け物なのかしら。」

「まあ、一般人ならここまで人に嫌われて生きていけるほど強い心臓はしていないでしょうね。」

こっちの口悪シスターズの連撃が決まる。後ろの人外が軽く頷いて追撃する。私も博士が好きなわけではないが、さすがにかわいそうでもある。

「なんだいみんなして!もういい、今日は帰るよ!嫌われ者はさっさといなくなるべきだものね!」

ぷりぷりと怒りながら部屋を出ていった博士を誰も追いかけようとはしなかった。かわいそうなものだが、自分の行いの報いでもあるため慰めようと思う人は誰もいない。

「…ありがとうございます、アマガサさん。博士に悪気がないのはわかるのですが、長時間の尋問に耐えられるほど私も強くないみたいで。」

「はは、そうだね。そろそろ晩御飯にしようか。」

「そうですね、今日はマホガニーとグラーズが当番でしたっけ?」

晩御飯は最近当番制に変えた。意外とフラッグの料理がおいしいので、料理のできる人とできない人を組み合わせて二人で当番にするようにしている。前にカミュと料理をしたときは大変だった。簡単な料理しかできないとは思わず、色々と任せたらとんでもないものができあがる寸前だった。楽しく会話しながらダイニングにつながる廊下を進んでいると、帰ったはずの博士がなぜか戻ってきて目を輝かせていた。また面倒くさいことになると、皆が感づいている。空気が一気に重くなる。

「君たち!また人型魔獣だよ!他の班が対応しているみたいだが私たちからも近い!ほら、さっさとしたくをしてくれ!いくぞ!」

「あんたねぇ、今から夕食なのこっちは。あんたの知らない団欒の時間なの。任務でもないんだから邪魔しないでくれない?」

「行くとしても食後にしてくれないかな、君の私設兵じゃないからね私たち。」

興奮する博士を落ち着かせながら、団欒場所に向かって歩いていく。最も、この人がいてはそうは鳴れないだろうけれど。


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まさか公式に救援要請が来るとは。今まで他の班とともに任務に着くことはなかった。それに救援要請が来ることも初めてだ。他の班と私たちがどれくらい違うのか確かめることができそうだ。

「救援要請が来るのは1年に数えられるほどしかなかったですね。そのどれも、魔獣がかなりの強者で多くの損害が出ました。まあ損害が大きいときにしか要請は来ないので当然なのですが。」

「班の人数が増えても、毎回こういった強い魔獣でそのほとんどがいなくなるんだよな。今回は班員も少ないし、全滅するかもな。」

二人とも怖いことを言う。過去を知らない私たちを脅して楽しんでいるのか、ただの事実なのか。前者であってほしいが、救援要請が来るほど強い人型魔獣ならどうしようもないかもしれない。

「私、入って早々死ぬんですかね?同じ人型魔獣ならお情けとかないですかね?」

「ないんじゃない?魔獣同士で殺し合うことも普通にあるんだし。」

一縷の望みに賭けた質問も、少しだけ先輩が否定する。顔代わりの白旗がうすら青く変わる。どういう原理で変わっているのだろうか、感情で彼の旗は色味が変わる。

「ま、魔獣なら怪我してもそこまで痛手にはならないでしょ~。肉壁、頑張ってね~。」

かわいそうな死刑宣告だ。これなら一生博士のモルモットのほうがよかったかもしれない。

いつも通り止まった車から降りると、簡易的な前線基地のような場所の前だった。

「十二班です。救援要請を受けて出動しました。」

「了解。こちらへ。」

短い会話とともにテントの中に入ると、多くの負傷者が横たわっていた。テントの中の、血と消毒液が混じった匂い。鉄のものとも、刺激臭とも言い難い臭さだ。アイリとフラッグは小さくうなり、顔をしかめていた。フラッグの顔がしかめっ面と言えるのかわからないが。蠢いていたり、もう一切動きもしない様々な人間がベッドに横たわっている。嗚咽とも、うめき声とも言えるような声が充満して、怪我一つないこちらまで血を流しているかのような場所だ。人の怪我をした部分を切り落としたりそこに思い切り布を当てて———もうこれ以上は離さないでおこう、私が吐きそうになる。死屍累々と言うべきその廊下を速足で先に進んだ。

「ねえ、魔法ってやつで治せないの?」

小声で隣のカミュに聞いてみる。魔法があるこの世界で、こんな地獄を見るものなのか。

「治せる人はいるかもしれませんけど、なくなった腕をはやす程の魔法を使えるのは世界でもかなり少ないです。かすり傷を治すとか、血が固まるのを早めるとか、それくらいが限界です。国直属とか、国際的な魔法の専門機関の人間ならもっと上位の回復魔法を学んでいる人もいるかもしれませんがそれでも1日に10人治せるのが限界ですよ、魔力の問題で。恐らくですが、後ほどそういった機関にあたるのかもしれません。」

かなり詳しく、この地獄の理由を教えてくれた。後で治してもらえるのなら一時の我慢で済む。少しだけ心の重みが晴れるような気がした。そのまま案内された場所の椅子に座り、誰かを待つ。そこまでの時間待つこともなく、恐らく班長なのだろうか、腕に包帯を巻いている若い男が私の前の椅子にディレイなく座った。

「…三班班長、ケネス。お前の名前は知っているからいい。」

独白なのかというほど、こちらのことなど気にしていないかのようにひとりでに話始める。こちらが記憶喪失であることは知っているようだ。

「俺は腕を怪我して、すぐに前線には出れない。ここから5㎞先に、人型の魔獣がいる。片手は鎌のような形状で、切り裂いてくる。もう片方は大きな塊で叩き潰してくる。かなり動きが早い、あまり近づくとお前みたいな非戦闘員はすぐに死ぬ。近くの建造物に身を隠しておけ。そこにいる俺の班員は勝手に使え。捨て駒ぐらいにはなる。」

ただ必要な情報を吐き捨てると、席を立ちどこかに帰っていった。影に消えていった彼の輪郭がなぜか目に焼きついていた。自分の班員を、捨て駒と呼んだ。前の私と同じなのか、かなり印象が悪い。

「ケネス班長はいつもあの調子ですよ。気にする必要ありません。」

隣の副班長が、あまり慰めにもならない言葉を私にかける。

「…そう、なんだ。まあいつも通り、前にマホとグラ、今日はフラッグも。残りは全員後方待機で。」

「俺が死んだら葬式頼むな、班長。」

「死なせないから、そんなこと考える必要はないよ。じゃあ、行こうか。」

精一杯の強がりを返して、テントを出る。博士が勝手にいじくりまわしている放置車両に乗り込んで、死地へと向かう。5㎞なんて、車じゃ一瞬だ。すぐに化け物が暴れまわる前線に着く。戦闘要員の3人が車から降りて、化け物に向かって歩み始める。

「いつも通り、マホが後方射撃でグラが前で敵を引き寄せて。フラッグは、テレポートで相手の意識を攪乱しながら奇襲。三班の人たちは後で考えよう。」

「了解。じゃ、行ってくる。」

私が命令を出すとともに、2人の歩みが走りへと変わり、少し遅れて新人もついて走り始めた。

「私が見てる限りでは、周りに敵はいないはず。そいつ一体に集中しても大丈夫。」

「はは、同類と殺し合いですか。何とかなりますかねぇ?」

「新人、気弱になっちゃだめだよ~?言われたとおり、攪乱と奇襲お願いね~?」

車のガラス越しに見える戦いは、私の仲間が介入してから一方的な虐殺から鍔迫り合いに変わった。グラーズの身体能力は、もともとのポテンシャルに加えて超人病の身体能力向上が合わさり、かなりのものだ。それにマホガニーの冷気魔法と銃での支援も合わさり、二人のコンビであればそれに追随できるものはこの世にほとんどいないと断言していいだろう。

グラーズの持つ斧と、魔獣の鋭い片手がぶつかり合い文字通り火花を散らした。金属が成形されるような音がはじけて散る。それが連続で、高速で鳴る。博士がどこからか持ってきた小型ドローンを戦場に散らす。そのカメラの映像が、博士の持つコンピュータのモニターに映る。なにかの試合を見ているかのような、そんなカメラワークだ。

「ねえ、そのドローンからビームとか出せないの?」

「出せる機体もあるが、君たちの班員の邪魔になるからね。彼らがピンチになったら私の出番だね。そうならないように願っておきなよ、彼らが倒せないなら私もどうしようもないからね。」

千里眼の役割が奪われた彼女と、奪った側の会話がすこしのキャッチボールの後すぐにおわる。博士のモニターから戦闘を眺める。

相手の両手での攻勢を、後ろからの銃撃と冷気魔法を駆使しながら跳ね返す。だがこれだけではいつか押し切られる、それがわかっているからこそ最後の一人がまだ攻撃を仕掛けないことに、少しだけいら立ちが積もっていく。

「フラッグ?今どこにいるの?」

そのいら立ちのまま、無線で聞いてしまう。感情的だったといえるかもしれない。

「すみません、もう少しだけ待ってください!あとちょっとで旗の設置が完了するんです!もう少しだけ耐えられますか、お二人!?」

「どうにかなるかな~?まあ、どうにかならなかったらみんな逃げてね~?」

シャレにならないシャレを言わないでほしい。少しずつ相手の攻勢に押されているグラーズを見ながら、最後の一人が来ることに祈る。少しずつ押されて来ている、相手の凶刃が彼の皮膚を軽く切り裂いて、血が流れる。もうこれ以上は持たないのか、祈りを強める。死なないで、どうか、どうか。

「どるるあああ!」

壁の決壊が近づいていたその時、最後の一人の持つ大きな旗の、後ろから胸部への突き刺しが決まった。敵の動きが止まり、前の壁からも相手の刃側の手を切り付けて分離させる。敵は前をもう片方の大槌で吹き飛ばし、後ろの同類を視界にとらえる。

「クッソ、今のはかなり来たな…フラッグ、少しだけ一人で相手できるか?」

「…ええ、勿論。そのためのお膳立てですよ。」

化け物同士の間合いは絶妙にどちらの攻撃も届かない。先に仕掛けるか、受けるか、それを見定めている。旗を持ち少しずつ後ろに足をずらす味方側と、塊の射程内にいれようと足をずり入れる敵側。達人の間合い管理勝負は、意外とすぐに、相手の先手によって終わりを告げた。一撃、フラッグの胴体に向けて放つ。私じゃ目で追えないくらいの一閃だったが、フラッグは間一髪、後ろに刺しておいた旗にテレポートし旗を振りかざして相手に鈍痛を加え入れようと力を入れる。が、それをバックステップでよけられてまた距離を詰められる。瞬間、二人の間に氷の壁ができて上側から銃撃が降り注ぐ。相手の妨害にはなってもそこまでの傷は与えられていないようだ。直接攻撃でないとダメージが浅い。だがその壁から旗を思い切り突き刺して、不覚の一撃。避けようとしても遅い、脇腹を突いて穴が開く。

「よし!かなりいってるんじゃないですか!?」

「さっき与えた傷、もう癒え始めてるぞ。一気に畳みかけないとジリ貧で負ける。」

冷静な前線が、現状を整理する。

「畳みかけるって、私とあなたで攻撃しても対処されると思いますよ!?どうします!?」

フラッグが自らの身体能力と、仕掛けておいた旗へのテレポートを駆使してどうにか相手の攻撃を避けている。だがそれも時間の問題だろう、どうにか大きな一撃を加えないと負けだ。

「あの建物、使えるね。建てられてからかなり時間があって老朽化も進んでいるから、地盤をどうにかして崩せばこいつを生き埋めにできる!」

博士がいい作戦を思いつく。頭のいい一面が見れるとは。

「それでいこう。フラッグ、どうにかその中におびき寄せて。二人は建物を崩す準備を!」

「一人で生きていられますかねぇ私!?頑張ります!」

少し遠くの、目標の建物の前に瞬間移動した彼はおかしな挙動で敵の注意をひく。敵がそれに向かって一直線、飛びついてきて建物に二人でもつれ込む。外に残った二人が全力で建物の外側を崩す。だがそれだけではびくともしない古めかしいビルは堂々とその姿で仁王立ちしている。

「まずいです!建物内の旗、倒れてるものもあって時間をあまり稼げません!早めに崩せますか!?」

「そりゃ無理な話だ!お前の死体も一緒に埋葬することになるかもな!」

「そりゃあんまりですよ!どうにかなりませんか!?」

少し考えて、視線の先の建物に覚悟を決める。

「何とかなるな。みんな、車降りて。」

「班長?何考えてるんですか?」

「早く降りて!」

私の怒号で、車から三人が降りる。運転席に残った私が、エンジンをかける。直前で降りればなんとかなる、きっと。

「ああああ!もう私死にます!短い人生、ありがとうございました!」

「外に旗あるよね!?1って言ったらそこに移動して!」

アクセルを全力で踏みつぶす。このそこそこ大きな車が少しずつ加速する。

「外の二人!逃げて!フラッグ、いくよ!?3,2,1!」

開けておいたドアから外へ飛び込む。マホガニーが地面を凍らせて滑りながら私の手をつかみ、その場を離れる。中で何かが爆発する音とともに、ビルが崩壊して地面にばらばらとしゃがみ込む。特撮ヒーローの登場シーンのように、後ろから強い風が背中を押して、二人で倒れ転がる。そこに班員と、班員じゃない仲間が駆け寄って集まる。体の痛みを感じながら立ち上がると、博士の笑いが止まらなくなる。

「ははは!イカレてるね、君!爆弾をエンジンに仕掛けておいてよかったよ!」

「やっぱり、ただの車の爆発じゃなかったもんねぇ…まあ、それのおかげでなんとかなったんだけどさぁ…」

「アマガサ!怪我してない!?勝手に突っ込んだりしないでよ!」

「班長、これで二回目ですね。勝手に死んでもらっては困りますけど、死んだらどうするつもりだったんですか?」

「はは、まあ生きてるからいいでしょ?万事OKさ、ね?だからそんな怖い顔しないで、ね?」

怒り心頭の副班長と、私のことをポコポコたたく子供、爆笑する博士と死んだように疲れた顔をしている3人を見て、私は自然と笑みがこぼれた。

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特別魔獣対策課十二班 粉洗剤 @conase2520

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