新人編
1話
知らない人たちに囲まれて、知らないことについて話し合っている会議がここまで辛いものだとは。何もわからない状態でただ椅子に座って、傍から見た私は借りてきた猫みたいだったに違いない。
「班長、お疲れ様です。初めての班長会議、いかがでしたか?」
カミュが私に労いの言葉を伝えてくる。数時間座っているだけだったのに何がお疲れだ。
「ありがとうカミュ。君にほとんど仕事とか、そういうの全部押し付けちゃってごめんね?」
「いえ、班長は記憶がないので仕方のないことです。3か月後の会議では一人で報告、質疑応答ができるようになっていますよ。」
昔の私を知っているからか、過度な期待をしてくる。班員たち———といっても私と彼女以外に二人しかいないが———が口々に変わった変わったと言っているのだから、前の私を参考にしてほしくない。前の私を知っている人全員、私のように記憶をなくさないとつり合いがとれない。ああ、記憶なくなれ。というか今までの記憶はなくても、中途半端に知識が残っている。それにこの世界とは別の世界のことを覚えていたり、私のことを本当に記憶喪失と言うべきなのだろうか?
「まあ、独り立ちできるように頑張るよ。それまでは色々お世話になるけどよろしくね。」
情けない言葉の羅列。成人男性がこれを年下の女性に言っている場面、いやになる。
「はい。頑張りましょうね、班長。」
「やだ、情けない男!…ウソウソ、あなた、記憶喪失だものね?」
視界に入れると催眠術にかかりそうな、全身柄物のおかしなスーツを着た中年男性が話しかけてきた。服のセンスについて聞いてみたい、恐らく並々ならぬこだわりがあるのだろう。
「ノックス…だよね?会議で色々とお世話になったね。ありがとう。」
おかしな服装ではあるが、いい人だった。人の上に立つ者として、見習いたいほどに。
「やだ、あんなのお礼される程の事じゃないのよ、気にしないでちょうだい。…でも、あなたお礼とか言える男になったのね。いい男になったわよ。」
「はは、班員にも言われたよ。ところで、なにかあった?」
私と同じ班長、それに私よりも班の人数は多いらしい。そんな人間が無駄な時間をわざわざ過ごそうとはしないだろう。よりによって記憶のない私で時間を消費なんて、馬鹿馬鹿しい。
「そうね。今度また十二班に新しく入る子、いるじゃない?その子、簡潔に言っちゃうと家庭環境がよくなかったらしくてね?まあ、あなたが父親代わりというか、まあそこまで気負う必要はないんだけれども…そうね、優しくしてあげてね?」
「そうなんだ、ありがとうノックス。他の班の入隊者まで気にしているなんて、すごい男だね。」
「いや、まあそうね。私がすごい男なのは否定しないわ。でも十二班は特性上、明らかに若い子も入ってくるじゃない?だからなんだか気にしちゃって…」
十二班は基本的に超人病患者の、今いなくなっても問題のない者たちが集められる。例えば、財を成した者や素晴らしい功績を残した研究者は、人間界に価値のある存在と認められる。そういった人間は、超人病に罹患しても病棟に隔離されず、重症化するその時までその役割を遂行することが許されているのだ。しかしそういった成功者は、往々にして年を重ねているものだ———もちろんそうでない存在もいるが。
「確かに他の班と比べても、私たちの年齢は若いか。でも私たち、曲がりなりにも成人してるからね。ありがたいけれど、余計なお世話ってやつだよノックス。」
「やだあなた、軽口を叩くようになったのね?本当に今のあなたのほうがいいわぁ。」
ここまで異口同音に、今の私がいいと言われるとなんだか逆に辛くなってくる。高すぎるハードルを飛び越えるのは難しいものだ。というか同僚に軽口の一つも言わなかったのか私は。まあ彼と私では二倍ぐらい年齢の差がありそうだが。
「いやそういうことじゃないのよ。ジョークを言ったって誤魔化せないわよ?」
誤魔化したわけでもないのだけれど。
「ごめんごめん。そんなに若いの?次の入隊者は。」
「そうよ?ちゃんと確認しておきなさいよ、次からは。」
当たり前の叱咤を受けてしまった。でも許してほしい。昨日任務に出て、その次の日にこれなんだから。記憶のない人間がしていいスケジュールではない。他の人からしたらそこまで過密でもないのか?
「そうだね、次からは確認することにするよ。忠告ありがとうノックス。」
彼と軽い社交辞令の挨拶を交わした後、送迎用の車に乗り込んだ。行きの車から見た空は日がさし始めたばかりだったはずなのに、帰りの車から見えるのは暗く移り変わる橙色と、それの反射できれいに化粧をしたビルの顔だけだ。日差しが鋭角に目に入ってきて、ふと太陽に向かって睨んでしまう。この世界のこれを太陽と呼ぶのかわからないが。
「カミュ、新しい入隊者についての資料ってある?」
「はい、ありますよ。この紙ですね。」
彼女に質問を投げかけたら待ってましたと言わんばかりの速度で応答が返ってきた。スタンバイしていたに違いない速度。彼女から手渡された紙を受け取って、うわべをさらりと眺める。
名前が、アイリ。日本———この世界に日本はないが———人だろう。私の名前も漢字で書けるので、多分同郷だ。
写真に写っている、アイリであろうその人はなんだか顔に気力がない。もちろん病気で、社会貢献と称して自分が使い潰されるとわかっている人間は気力なんて湧くはずがないが。
「カミュ、君がこの班に入ることが決まった時、どんな気持ちだった?」
「私ですか?そうですね、んー…私が患者になって、母が悲しんで。それで、入隊が決まって。私は、嬉しかったような気がします。知ってますか?入隊が決まった後、双方が望めば、患者は一度家に帰れるんです。それで母に、ハンバーグを作ってもらったんです。仕事が決まってすぐ、病気になったので。私も母も、メンタルが少しやられていたのかもしれません。入隊するって母に伝えたら、そうですね、飛ぶように喜んでくれました。よく考えたらおかしな話ですけど。実の娘が社会のために有効に使われて、いずれ殺されると伝えられているはずなのに。でも、私も母も喜んだんですよ。仕事だと思って。」
軽く質問したはずなのに、なんだかメランコリックな気分にさせられてしまった。
「ああ、うん。大変だったんだね。なんかごめん。」
「いえ、この班に来ている人間は皆何かがあって流れ着いているので。不幸話は皆の好物ですよ。気にする必要ありません。」
返事としてなんかおかしくない?だけれどもそれを伝えるほど、二人とも元気があるわけではなかった。
「そっか…」
後が気まずくなるに決まっている返事をして、資料に目を戻す。
写真の彼女は髪が白い。私は黒髪で、今まで見てきた人たちの中でも白髪はほとんどいなかった。染めているにしてはなんだか疎らに黒色が残っているような気もするし、考えたくもないが虐待によるものなのだろうか。家庭環境に難があったと、彼が言っていた。作りたくもないパズルのピースがはまっていく。マリーアントワネットが一夜にして白髪になった話を思い出す。嘘に決まっているのだが、印象的な知識は定着しやすいものだ。
「…ん?この子、まだ学生?」
資料に17歳と書いてある。まだ未成年じゃないか。
「そうですよ。十二班ではそこまで珍しいことでもないです。」
さっきノックスに言ったはずの言葉が、この子には当てはまらない。これじゃ余計じゃないお世話だ。私が叩いた軽口が、文字通りブーメランのように戻ってくる。自己嫌悪により一層陥る。
「あー…ノックス、いい男だよ彼は。」
「口癖がうつってませんか?そうですね、いい人ですよ、彼は。」
そろそろ車の中じゃ資料が見えなくなってきた。車に乗ってある程度時間が経っているはずだが、それでもまだ着かない。基地は田舎にあるわけではないが、それでも都市と言える場所にあるわけでもない。不便ではないが、便利でもない。世界を旅しつくした人が気分で立ち寄ったり、そこにある重箱の隅をつつくような歴史を好む人が来るような、そんななんでもない場所にある。軍とかそういうものの基地と比べたらいいほうなのだろうけれど。
「はぁー…そうだ、新人歓迎会でもする?せっかくなら。」
「…いいですよ。そのほうが入隊者の気分も晴れると思います。」
晴れないと思います。けれども、私にとっては初の入隊者なんだ。それに班員を大切にしたいと思うのは悪くないだろう。
「そうだね。基地にあるものでどれだけ飾り付けできるかなぁ?」
バカみたいな質問だけど、疲れた私の脳じゃもうこれしか言えなかった。
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