第4話
蓮司は神木のことが好きになってしまった。それはいい。内心は自由だ。問題は、神木が振り向いてくれる可能性の有無である。
好きになったからには付き合いたいと蓮司は思う。彼のことをもっと知りたいし、一番に信頼してもらえる人間でありたい。
最大の難関は、神木の中にあるアルファに対する壁だ。
蓮司の自惚れという可能性もあるが、蓮司はアルファの中では最も神木と仲が良いと言えるのではないだろうか。神木が就職して以来、敵意を向けてこなかったアルファは蓮司が初めてだと言っていた。そしてシェルターには来客以外のアルファは存在しない。つまり仕事周りに限っては、蓮司の仮説は正しいだろう。
(いや、そもそも既に恋人が居る可能性もあるな?)
神木はいつも襟のある服装で受付に立っているので、項を確認したことはない。仮に例の能力が番を持つことで消えるのだとしたら、神木にはまだ番が居ないということになる。しかしその場合、神木は能力と番を天秤にかければ必ず能力を取るだろう。
無論、番とまではいかなくても恋人が居る可能性はまだ残っている。神木もまだ若いので、むしろその可能性の方が高いくらいだ。
仮に番も恋人も居なかったとしよう。すると最初の問題に立ち戻る。神木が蓮司を好きになる可能性は存在するのかどうかだ。
神木の態度から考えるに、全く脈が無いわけではないと蓮司は思う。基本的には仕事上の対応だろうが、それだけなら食事に誘った時に断ることもできたはず。つまり最低限の好感度はあると信じたいところだ。
そして更に、どうすれば自分を好きになってもらえるのかという問題もある。
(それが分かれば世の中の人は恋に悩んだりしないんだよな)
プレゼントや差し入れなどは定番だろうが、今の関係性で急に個人的な贈り物をされても困るだろうし、かといってアルファがオメガのシェルターに差し入れを持って行くなど言語道断だ。それに神木は物で心を動かされるタイプには見えない。
蓮司が神木と会えるのは手紙を渡す時だけ。時間があれば少し話もできるが、忙しければ渡して終わり。今のところ蓮司の訪問時は必ず神木が受付に居るが、当然居ない日もあるだろう。偶然にも手紙を渡す以外で会う機会を作れたのは幸いだった。
(そういえば俺、神木さんの連絡先も知らないのか)
やや無謀かもしれないが、次に食事の機会があれば連絡先を聞きたいところだ。それができれば大きな前進になる。逆に、断られた場合はそれ以上の進展がほぼ見込めないということでもあるが。
付き合いたい気持ちは山々だが、立ちはだかる壁が多すぎて蓮司は頭を抱えるばかりだった。
それから程なくして、蓮司はまた手紙を手にシェルターを訪れた。今の蓮司と神木の接点はこれしかない。もちろんそのために書いているわけではないのだが、内容を小出しにするくらいは許されたい。
いつもと同じく手荷物検査を終えて中に入ると、今日は先客が居た。蓮司より少し年上くらいの若いアルファだが、職員に激しく詰め寄っている様子はない。だが後ろに並ぼうと近付いてみると、神木ともう一人の職員が険しい顔をしていた。
「番は一緒に居るべきなんですよ。アンタらから説得すべきじゃないですか?」
「以前にもお伝えしている通り、シェルターでは入居者の方の意思を最優先にしております」
話の途中なのだろうが、どういう状況かはすぐに理解できた。またアルファが番に会わせろと言いに来たのだろう。激昂こそしていないが神木たちへの敵意は感じる。
「アンタには番が居ないから分からないんですよ。ああ、恋人も居なさそうですねえ? アルファを下に見ていい気になってれば当然だ」
「……私はアルファを見下したりはしておりません」
「口では何とでも言えますからね。ま、アンタみたいな可愛げのないオメガには、番と会えない辛さなんて一生理解できませんよ。アイツも俺と会いたいに決まってる」
「ですから、ご本人が面会を拒否されているんです」
「ベータは口を挿まないでもらえます? 番がどんなものか知らないんですから」
あくまでも口調は穏やかな風を装っている。感情を爆発させない分、やり取りが長引いて厄介な相手だ。相手の苛立ちを誘うような物言いは、横で聞いているだけでも腹が立ってくる。
だが、相手はアルファだ。神木が少し圧を出せば黙らせることくらい容易だろう。なのに神木はフェロモンを出さないように我慢しているように見えた。理由は分からないが、職員たちが耐えるしかないのなら蓮司が助けるしかない。
「あの、いつまでここで文句言ってるんですか? 迷惑です」
「……急になんですか?」
「親に手紙持って来たのに、受付時間終わっちゃうじゃないですか。面会できないならあなたも手紙にしたらどうです?」
「ああ?」
すぐに反論が出てこないあたり、男の戸惑いが伝わってくる。まさかシェルターを訪れたアルファが職員の味方をするとは思っていなかったのだろう。蓮司はこのアルファにとって想定外の敵で、相手のペースを乱すには最適だ。
「それに番だなんだって言ってますけど、自分の番がお世話になってる人によくそんなことを言えますね」
「世話? この人達はここで座ってるだけですよ。アルファを追い返すしか能が無いから」
蓮司は神木が具体的にどこまでの仕事をしているのかを知らない。だが彼が蓮司の母の事情をそれなりに詳しく知っているということは察している。つまり内部にも仕事はあるのだ。
本当に知らずに言っているのか、職員を傷つけたくて知らないふりをしているのか。どちらにせよ蓮司には許しがたいことだ。
「人を見下してるのはあなたの方じゃないですか。そんなんだから番に逃げられたんだと思いますよ」
職員を助けるためとはいえ、蓮司がやっていることはこのアルファと同じだ。相手のことを知らないのに勝手な想像で決めつけて、怒りを誘うように攻撃している。向こうに非があるとしてもあまり褒められたことではない。
だが、アルファには最後の一言が決定的に刺さったようだ。
「うるせえ! お前に何が分かる!」
アルファが激昂した瞬間、神木が威圧フェロモンを出した。対象との距離が近い分、蓮司が初めて受けた威圧よりもダイレクトに喰らう。蓮司は足が震えて立っているのがやっとだった。
「他の方を威圧するのはお止めください」
「うっ……!」
男は拳を握りしめていたようだが、今やすっかり固まって冷や汗を流している。もう神木を攻撃してくることはないだろう。
「本日の受付時間は終了です。お引き取りください」
「ぐっ、う」
アルファは心底嫌そうな顔をしているが、神木に睨まれては逆らえない。しばらくは呻きながらその場に留まっていたが、やがて何も言わずに受付に背を向けた。
「後ろの方はお手紙をお預かりします」
「は、はい」
まだ男は声の聞こえる範囲に居る。ここで神木が蓮司にいつも通りの対応をすれば、間違いなく男を刺激してしまうだろう。蓮司は流石の対応に感心しつつ、震える手で手紙を差し出した。
そのまま帰ろうとしたが、手紙を受け取った神木が顔を近付けてきた。好きな人から顔を寄せられて、今度は違う意味でドキッとさせられる。蓮司の心臓は酷使されっ放しだ。
(御堂さん、今日この後お時間ありますか)
(? えーと、はい)
蓮司が頷くと神木がエントランスを確認した。アルファの男はちょうど出て行ったところだ。
「約束通り、僕の愚痴を聞いてもらいますよ」
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