第2話
後日、蓮司は手紙を持って再びシェルターを訪れた。今日も受付には神木が座っており、顔を見てすぐ例の個室に通される。蓮司は手紙を渡したらすぐ帰るつもりだったのだが、お茶を出されたので少し雑談していくことにした。まだ神木からは寒気を感じるが、原因が分かればどうということはない。
「面会日じゃない時って、職員の方は何をされてるんですか?」
「業者の方の対応です。持ち物検査も面会者より厳しいですし、アルファが紛れ込んでいないかチェックしないといけなくて時間がかかるんですよ」
「ああ、建物が大きいですもんね。シェルターはゴミ出しにも気を遣うって聞いたことあります」
「よくご存じですね。どこかで勉強されたんですか?」
「大学で、ちょっとだけですけどね。俺ここの区役所に就職が決まってるんですけど、福祉課希望なんです」
「では春からある意味同僚ですね」
シェルターの職員は公務員である。職場が違えばぜんぜん同僚などではないのだが、区に勤める者同士という意味では間違っていないのかもしれない。
「神木さんはいつからここで働いてるんですか?」
「高校を卒業してすぐです。もうすぐ五年経つことになるので、御堂さんより一歳上ですね」
「え、高卒で⁉」
「この特性を一刻も早く役立たせるために、僕と施設双方の希望で特別に許可を出してもらいました。仕事をしながら通信制の大学にも通いましたし、今は公務員試験も通ってますよ」
年齢は一つしか違わないが、社会人としては蓮司よりかなり先輩だ。若いのに社会人然とした落ち着きが感じられるのも頷ける。
仕事をしながら大学に通うバイタリティはもちろん、十代の時からおそらく圧倒的に年上のアルファと対峙してきたことが窺え、蓮司は神木に尊敬の眼差しを向けた。
「ヒートの時はどうしてるんですか?」
「職員を増やして対応しています。薬を飲むと僕の圧も減っちゃうので」
蓮司にとって、ここは会えなくても母が住む施設だ。対策が立てられていて安心はしたが、一方で後半は聞き捨てならなかった。
「その能力って、弱まることがあるんですか⁉」
蓮司に害意が無いとはいえ、アルファに弱点を教えてしまっていいのか。そんな考えが顔に出ていたようで、神木は困ったように笑った。
「まあ、考えれば分かることです。僕の威圧はフェロモンによるものなので、抑制剤を飲むと自ずと能力も落ちるんです。それにヒートでなくても僕の不在を狙うアルファは後を絶ちませんから」
「じゃあ、神木さんに無理矢理薬を打つか飲ませるかしたら無力化されちゃうってことですか」
「そうなります。ただ、別に僕が居なくても守りは万全ですよ。ここ以外のシェルターに僕は居ないわけですし、それでちゃんと回っていますから」
その返事は蓮司が想像していたものとは少し違った。蓮司は神木の身の安全を心配したつもりだったのだが、神木はこの施設を守れるかどうかしか考えていない様子だ。
「神木さんは入居者第一なんですね」
「ええ……昔はこの能力が好きではなかったんですが、ここでなら人の役に立てます。僕を必要としてくれる人たちのためならいくらでも盾になりますよ」
非常に献身的で、オメガを守る職員としては素晴らしい回答だ。
だが蓮司は、それでは神木のことは誰が守るのだと思わずにいられなかった。アルファ相手ならば撃退できるだろうが、アルファがベータやオメガに命令すれば神木を傷つけることは可能だ。そして、権力を持つアルファがその程度のことを思い付かなかったはずがない。
「神木さんは、危ない目に遭ったことないんですか」
「深刻な怪我をしたことはないです。刃物や危険物は手荷物検査があって持ち込めませんし、せいぜい殴られるくらいで」
「十分危ないじゃないですか!」
「ベータやオメガ相手なら他の職員も対応できます。警備員も居ますし、僕だけが殴られたわけではないですよ」
「そういう話じゃありません。俺は神木さん個人を心配してるんですよ……」
まだ会うのは二回目で、神木に対する畏怖の感覚も体に残っている。それでも蓮司は神木の危うさが気になった。彼以外にできない仕事とはいえ、人を守るために自分が矢面に立ち続けるなど怖くはないのだろうか。
「御堂さんは変わってますね」
「えっ」
「アルファの方に身の安全を心配されたのは初めてです」
「それは神木さんの周りに現れるアルファが特殊だからでは」
「ああ、それは確かにそうですね」
神木は面白そうに笑ったが、笑い事ではない。執着が行き過ぎて暴力になる者も居るが、基本的にアルファはオメガを守ろうとする生き物だ。しかし神木は生まれながらの特性ゆえにアルファからは敬遠される。そして本人がそれを更に加速させるような職に就いているものだから、神木とアルファの間にある溝はとんでもなく深いのではないか。神木の言葉からはその片鱗が感じられた。
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