第4話 「静かなる脅威と燃え上がる刃」

夜の静寂を切り裂くように、ゴルドの声が響いた。

「 大変だ! すぐに広場へ来てくれ!」


レオンは鉄槌を置き、鍛冶場を飛び出した。

外の空気はひんやりとしていたが、村の広場には異様な緊張感が漂っていた。

村人たちが集まり、何かを囲むようにざわめいている。


「何があった?」

レオンが駆け寄ると、村人の一人が青ざめた顔で答えた。


「井戸の水が……おかしいんだ……」


レオンは眉をひそめ、井戸の縁へと歩み寄った。

村の生活を支える、大切な水源。

その底を覗き込んだ瞬間、彼の表情が険しくなる。


水面は薄く濁り、月明かりの下で鈍く揺らめいていた。

普段の透き通った水とは明らかに違う。


「……誰かが何かを入れたのか?」


ゴルドが拳を握りしめる。

「クソッ! 盗賊どもが仕掛けてきやがったのか?」


レオンは水をすくい、指先で確かめた。

「臭いはない……毒かどうかはわからねぇ」


村人たちは不安げに顔を見合わせる。

「まさか、飲んじまったやつはいないよな?」

「朝は大丈夫だったはずだ……」


レオンは静かに立ち上がり、村人たちを見渡した。


「とにかく、今は水を使うのをやめろ」

レオンは井戸の周りの村人たちにそう告げた。

「誰かがこの水を調べることはできるか?」


村人の一人が手を挙げる。

「俺は昔、薬師の手伝いをしてた。簡単な判別ならできると思う」

「よし、頼む。もし異常があったら、すぐに知らせてくれ」


ゴルドが歯噛みする。

「クソ……奴ら、いきなり攻めてくるんじゃなくて、じわじわと締め上げる気か」

「普通の盗賊なら、こんな回りくどいことはしない」

レオンは腕を組み、村の周囲を見渡した。


「これはただの略奪じゃない。

連中はこの村を奪うつもりで、俺たちの動きを見ている」


村人たちは息をのんだ。

「じゃあ、俺たちはどうすれば……」


レオンは鋭い眼光を向ける。

「まずは防衛を固める。見張りを増やせ。

武器が揃うまでの時間を、できるだけ稼ぐぞ」


ゴルドが力強く頷く。

「……ああ、わかった。俺が手を回す!」


見えない敵の気配が、村を包み込み始めていた。


「見張りは、交代で夜通し続けろ」

レオンは村人たちを見渡しながら指示を出す。

「敵が動く気配があれば、すぐに知らせろ」


「了解!」若者たちが頷き、武器になりそうな木の棒や農具を手にする。


ゴルドが額の汗を拭いながら言った。

「バリケードを作るのはどうだ? 村の入り口に木材を積んで、簡単な防壁にする」


レオンは少し考え、頷いた。

「いい案だ。奴らが夜襲をかけてきても、少しでも時間を稼げる」


村人たちは手分けして、村の入り口や周囲に木材を運び始める。

家畜小屋の補強も進められ、各家には防御用の道具が用意された。


一方、レオンは鍛冶場へ戻り、炉に新しい炭をくべた。

「……こっちも急がねぇとな」


炎が勢いよく燃え上がり、鉄を赤く染める。

レオンは火床の中の金属を見つめ、低く呟いた。


「時間がねぇ……だが、間に合わせる」


村の中には、緊迫した空気が漂っていた。

そして、その夜——村の外れで奇妙な気配が感じられることになる。



夜の静寂が村を包み込んでいた。

焚き火の明かりがゆらめき、見張りの村人たちは緊張した面持ちで辺りを見張っている。


「……おい、何か動いたぞ」


見張りの一人が、小さな声で呟いた。

彼の視線の先——村の外れ、森の中に何かの影が動いた。


「誰だ……?」


別の村人が松明を掲げる。

だが、そこには何もいない。


「……気のせいか?」


そう思いかけたその時、地面に残された足跡に気づいた。

しかし、その足跡は途中で途切れていた。


「なんだ、これ……?」


普通なら、歩いた足跡は続いているはず。

だが、それはまるで“途中で消えた”かのように、地面から突然途切れていた。


見張りの村人は、ごくりと唾を飲み込む。

「……まずいな。これは、ただの盗賊じゃねぇかもしれねぇ」


「鍛冶屋! 起きてくれ!」


鍛冶場の扉が乱暴に叩かれ、レオンは目を開けた。

炉の火はまだ赤く揺れており、夜の静寂が広がっている。


扉を開けると、息を切らした見張りの男が立っていた。

「……何かあったのか?」


「村の外で、誰かの影を見たんだ……でも」

見張りの男は言葉を詰まらせた。


「足跡が、途中で消えてたんだよ……まるで、空に消えたみてぇに」


レオンは目を細める。

「……風で消えたんじゃないのか?」


「違う! さっきまで確かに続いてたのに、突然ぷつっと途切れてたんだ!」


レオンは男の動揺した様子を見て、慎重に息をついた。

「わかった。とにかく、今は落ち着け」


しかし、男の表情からは不安が消えない。

「鍛冶屋……これ、本当にただの盗賊なのか?」


レオンは僅かに目を伏せ、低く呟いた。


「……それを確かめるのは、まだ早いな」



朝になっても、村には重苦しい空気が漂っていた。

見張りをしていた村人たちは、夜の出来事を仲間に伝えた。


「足跡が途中で消えた……?」

「そんなの、人間にできるのか?」


不安げな声が広がる。

「本当に黒牙団なのか? もっとヤバいもんがいるんじゃ……」

「馬鹿言え! そんな化け物じみた奴がいるわけ——」


「まぁ落ち着け」

レオンの低い声が、村人たちの動揺を抑えた。


「どんな相手かもわからねぇうちに、勝手に怖がるのは得策じゃねぇ」

「敵の狙いは、この村を手に入れることだ。じわじわと不安を煽るのも、その手段のひとつだろう」


ゴルドが大きく頷く。

「そうだな……ビビってる場合じゃねぇ。やることをやるしかねぇだろ」


レオンは鋭い視線で村人たちを見渡し、静かに言った。

「まずは、もう一度村の周囲を調べる。昨夜の足跡だけじゃなく、何か異変がないか確認するんだ」


「わかった!」村人たちは動き始める。


レオンは鍛冶場の炉に炭をくべながら、思う。

「ただの盗賊なら、こんなことはしない。やはり、裏がある……」


レオンは鍛冶場に戻ると、炉に新しい炭をくべた。

炎が勢いよく燃え上がり、鉄を赤く染める。


「戦える武器を作る。時間はねぇが、間に合わせる」


彼は作業台に目をやる。

そこには、村人たちが集めた農具や金属の破片が山のように積まれていた。


「これだけの素材があれば……なんとかなる」


レオンは一つの鍬を手に取り、柄を外して鉄の部分を炉に入れる。

「農具としての寿命は尽きてるが、鉄そのものはまだ使える……」


火床の中で鉄が熱せられ、赤く輝き始めた。

レオンは鉄槌を手にし、力強く振り下ろす。


カンッ——カンッ——!


鍛冶場に、鋭い打撃音が響き渡る。

村人たちは作業を手伝いながら、レオンの技を息をのんで見つめていた。


ゴルドが唸るように言った。

「……鍬が剣に生まれ変わるのか」


レオンは打ち続けながら静かに答える。


「剣じゃねぇ。戦うための刃だ」


火床の中で真っ赤に染まった鉄を取り出し、レオンは慎重に叩き始める。

鍬だった鉄は次第に細長く成形され、刃の形を成していく。


カンッ——カンッ——!


打撃のたびに火花が散り、村人たちは目を輝かせながらその様子を見守った。


「……よし」

レオンは十分に叩き上げた刃を水の中へと沈める。

ジュッ……! 高温の鉄が冷やされ、一気に硬度を増した。


「こいつを砥いで、柄をつければ——完成だ」


レオンは仕上げの研ぎを進め、最後に柄を装着した。

それは元の鍬とは似ても似つかぬ、鋭い片刃の剣に生まれ変わっていた。


レオンはその刃を持ち、ゴルドの前に突き出す。

「……試してみろ」


ゴルドは驚きながらも、その刃を慎重に握った。

「お、おい……これ、本当に俺が使っていいのか?」


レオンはニヤリと笑う。

「お前が使わねぇで、誰が使うんだ?」


ゴルドはごくりと唾を飲み込み、

そして、ゆっくりと剣を構えた——。


ゴルドは、レオンから手渡された刃を握りしめた。

驚いたように、その重量を確かめる。


「……なんだ、これ」


普段使っている鍬よりも、ずっと軽い。

それでいて、妙にしっくりと手になじむ。


「軽いのに……力が込めやすい……?」


ゴルドは何気なく剣を振るった。

——シュッ!

空を切る音が、異様なほど鋭く響く。


「なっ……!」

ゴルドは驚いて剣を見つめた。


確かに彼は農具を使い慣れているが、剣などまともに扱ったことはない。

だが、今の一振りは——まるで、長年の剣士が放ったかのような鋭さだった。


レオンは腕を組みながら静かに言う。

「そいつはただの鉄の塊じゃねぇ。お前の力を最大限引き出せるように作った」


ゴルドはごくりと唾を飲む。

「……これなら、本当に戦えるかもしれねぇ……!」


その言葉に、周囲の村人たちがざわめき始めた。


ゴルドの一振りを見ていた村人たちが、ざわめき始める。

「……おい、本当にそんなに違うのか?」

「俺にも触らせてくれ!」


興奮した若者が、レオンが作った別の刃を手に取る。

それは元々はただの鎌だったが、今や戦える武器へと生まれ変わっていた。


「軽い……! なのに、しっかりしてる……!」

男は無意識に構え、ゆっくりと斬撃の動きを試す。


——スッ!


「……なんだ、これ。いつもの鎌とはまるで違う……!」


次々と村人たちが武器を手にし、その違いを実感する。

「これなら……俺たちでも戦えるかもしれねぇ!」

「すげぇ! こんな武器、今まで触ったことねぇよ!」


村人たちの表情が、徐々に希望に変わっていく。


レオンは彼らの様子を見ながら、静かに言った。

「道具は使いこなして初めて意味を持つ。お前たちに合った武器を作った」


ゴルドが剣を握りしめ、力強く言った。

「これで、戦えるな……!」


村人たちは、戦う覚悟を固め始めていた。


レオンは村人たちを見渡し、ゆっくりと頷いた。

「武器は揃った。だが、それだけじゃ勝てねぇ」


ゴルドが剣を握りしめる。

「……つまり、戦い方を覚えなきゃならねぇってことか」


「そういうことだ」

レオンは地面に木の棒を突き刺し、簡単な戦術の図を描き始める。


「お前たちは戦士じゃねぇ。だが、農具を使い慣れている」

「それを活かした戦い方をすれば、十分に勝機はある」


村人たちは真剣な表情でレオンの言葉に耳を傾ける。

もはや彼らの目に、ただの鍛冶師としてのレオンは映っていなかった。


「明日から、戦闘訓練を始める」

レオンは村人たちを見据え、力強く告げた。


「お前たちは、ただの農民じゃねぇ」

「ここを守る戦士だ」


ゴルドが剣を握りしめ、村人たちを鼓舞するように叫ぶ。

「やってやろうぜ! 俺たちの村を、俺たちで守るんだ!」


村人たちの声が夜空に響いた。

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